セピア色の恋 ~封印されていた秘め事~

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36 せんせい

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 マスターとはうまくやれていましたからセックスに飢えていたわけではありませんでした。裏口入学と言われてハラが立ったのもあったでしょうし、彼の傲岸不遜な態度にムカついたのもあったかもしれません。正体もなく酔いつぶれた男が面白かったというのもあったでしょう。怖いもの見たさにも似た、不思議な興味が湧いてしまっていたのです。

 臭いのはお風呂に入れてしまえば何とかなりました。というよりも、お風呂に入れただけで、彼は華麗に変身したのです。

 華奢だと思っていた身体は引き締まった筋肉質で、腹筋まで割れていました。

「すごいですね。何かスポーツされてるんですか?」

 彼はもう、酔った勢いでわたしを手籠めにしたと思い込み、意気消沈していました。わたしはここぞとばかりに彼の懐に飛び込み、彼の服を脱がしながら訊いてみました。訊かずにはいられませんでした。

「・・・はは、筋トレ? つーだか、ほれ、勉強疲れっと、腕立てどが、腹筋どが、な。気分転換、つーだか、なんつーだか・・・」

 それに油じみたモジャモジャの髪も、洗ってあげると軽くウェーブのかかったロングヘアに変わりました。それに近くで見るとなかなかのシブい顔でした。これで無精髭さえ剃って、もし金髪に染めでもすれば、おとぎ話の王子様にもなれ・・・るかはわかりませんが、十分にイケてると思えました。

「あー・・・。たまらんなやー。気持づいいなやー・・・」

 浴槽に浸かり、頭だけ湯舟の外に出してわたしに髪の毛を洗われているヤンベさんは、もう開き直ったかのように素直に感想を言ってくれました。快感に素直な男はわかりやすいし、好きでした。

 そして何よりも、彼の持ち物が素敵でした。大きさはさることながら、めちゃくちゃに、硬かったのです。わたしの裸を見て昂奮してくれたのかわかりませんが、ガチガチ、コチンコチンでした。とてもはしたなかったのですが、これで突かれたらどうなるんだろうと思うと、味見したくてたまらなくなっていました。

 彼を湯船から引っ張り出し、すぐにそこに手を伸ばしました。

「おめ、そごはずぶんで洗うがら・・・」

「センセ、ここまで来たら、遠慮なしですよ」

 湯舟の縁に座らせ、両手を石鹸でヌルヌルにして、そこを優しく扱きあげると、もっとカチカチになり、先っぽがぐうっと張り出して段差の落差が大きくなりました。キノコみたいでした。思わずよだれがでてしまい、困りました。

「あう・・・、はう・・・」

 目を細めて快感に耐えるヤンベさんの表情に、萌えました。

 彼を立たせ、自分の身体に石鹸を塗りたくって彼の背中に回り、胸を押し付けてむすこさんをシゴきながら乳首をイタヅラし、首筋に舌を這わせてあげると、

「はあっ、あ、で、出る、・・・っくふう・・・」

 彼の精子さんはぴゅぴゅーっと勢いよく何度か飛んでバスルームの壁まで届いてしまいました。

「いっぱい出ましたね。気持ちよかったですか?」

「・・・おめ、なんつー、娘っ子だ・・・」

「でもセンセ・・・、またシタくなってきたんじゃないですか?」

 それはすぐにムクムク復活してきました。

 ベッドに移って口でしてあげると、またもやカチカチになりました。すかさずゴムを被せて跨り挿入れました。とてもはしたないのですが、入り口を通すときのぐにゅるん、というエグれる感覚がたまりませんでした。もうちょっと大きければ奥まで届きそうでしたが、腰を揺らしたり回したりするとその硬さで中の壁のあちこちにぶつかり、異次元の刺激が得られました。

「あっ、スゴ、ああっ! 当たるぅ、当たるのおォ。・・・センセ、おっぱいイジってえェェん・・・」

「・・・なんつー・・・、娘っ子だ、おめ・・・」

「はあ~ん、だってェ、だってェ・・・、気持ちいいん、ああん・・・、あ、これ、これいいん・・・」

 少し仰け反り気味にすると、一番気持ちのいい所に当たるのです。そこがごりゅごりゅと刺激されるとあそこがキュッと締まり、その状態で上下すると、もうダメでした。大きすぎる段差のせいで引く時の擦れ具合がたまらなく気持ち良過ぎ、ビリビリ来るのに耐えられなくなって、あっという間に、イキました。

「ああん、そ、そんなあああん、あいく、イキそあああん、あいくっ!・・・んんんん」

 わたしが何度かイキ、ヤンベさんが二回目を出して、彼の上にばたっと倒れました。

「センセ、すごいよ・・・。こんなの初めて・・・」

「・・・なんつー・・・、娘っ子だ、おめ・・・」


 

 繰り返しになりますが、特に確たる考えがあってヤンベさん、ヤンベ先生と寝たわけではありません。その場の成り行きと言えばそれまでですが、その成り行きのおかげで、結果的にわたしは苦手な数学の手解きを受け、難局を乗り切ることができたのです。

 週に二三回、数学と基礎物理の演習の指導をしてもらいました。それだけでもだいぶ助かりました。その二つに関しては良を貰えるまでになりました。さすが赤門出身。アメリカ留学は伊達じゃないと知りました。

 学校ではできませんから、大学の近くの彼のアパートで、彼とのエッチのあと、二人で並んで枕を抱え腹ばいになり、チラシの裏に数式を書きながらです。彼の書く数式は文字が汚くてしかも省略が多すぎて閉口しましたが、わたしが最初に何本か罫線を引き、二三行置きに書いてくれるようにお願いしてその隙間に展開を補足するようにしてゆくとなんとか理解出来ました。

 そして、専門のサイクロトロンでも、他の講義の合間を縫ってしょっちゅう実験室に出入りし先生に付いていたお陰で、その操作については院生の先輩たちを唸らせるほど習熟をすることができました。彼女たちはヤンベ先生を敬遠していたのか、ほとんど触ったことがない人たちばかりでした。

「オメが本気で本流の核物理やりでっつうなら、この大学ではダメだぞ。今がらでも東大か京都に移ったほうがいいげんとも、オメは違(つ)がうべ? オメはどう見でも研究者っつうタイプではねえもんなあ。だがら原理と操作だけ、しっかり覚えれ。いづが役に立つごどもあんべ。今研究室にあるやづは古いげんとも原理覚えるには一番(いづばん)いいんだ」

「要はいがぬビームを収束させで粒子にぶつけっか。最新式は磁場の設定を電子制御すんだげんとも、こいづはゲージで観測しながらつまみで調整する。だがら、学生どが、初心者にとって原理さ分がりやすいんだべ」

 実験や機械の調整の合間にもいろいろ教わりました。

「サイクロトロン。こいづはな、今はただこんだけの機械だ。でもな、あと十年もすればありとあらゆるいろんなものに応用できるようになる。

 種苗の品種改良、産業用什器の殺菌、核医学医療機器の開発、炭素14による年代測定を用いる考古学、それど物質解析、・・・。今じゃキリスト教の聖書の記述の検証にも使われでる。本流の原子核物理の他に、そんだげ様々な応用分野が広がることがもう、わがってる。これの原理を徹底的に理解しておくといろんな研究分野が広がる。就職にも有利っつーわげだ。

 ユカワセンセとミナミセンセは、本流ではねえげども、女子大ならではの核物理っつーのを作ろうとしてんだっちゃ」

「え、でもお二人は仲悪いんだよね」

「はあ? 誰がら聞いた?」

「いえ、・・・それは・・・」

「おめ、仲悪ぃどごろか、ミナミセンセを一番頼りにすてんのが、ユカワセンセだべや」

「・・・そうなんですか?」

「そうなんですかもなにも、おめ・・・」

 と、さも当然と言わんばかりにヤンベ先生は滔々とまくしたてました。

「普通、学閥ってのがあんべした。ユカワセンセなら京都がら引っぱってくればいいのにわざわざオラのセンセに頼みごんでミナミセンセ引っぱって来たんだよォ。で、ミナミセンセが、ヤンベ君も一緒なら行きます、そうじゃなきゃヤですって言っちゃったもんで、オラもここさ来るハメになっつまっただ・・・。

 誰に聞いだのがわがんねげど、おおがだ院生のヤツらだべ。ユカワセンセもミナミセンセも必死なんだすぺおん。両方とも一生懸命だがら、傍から見でっとケンカすてるように見えんのっしゃ。表面だげ見で勝手なごど言ってるようでは、こごの院生もまだまだだなや・・・」

「・・・なんか、センセ、ここにいるの、イヤそうですね」

「あだりまえだべよ、おめ!」

 彼はちょっと怒ってるみたいでした。

「研究者なら誰だって同ずだべ。ずぶんの研究さ途中でおっぽりだして来たんだどわ。あと一年、契約あっがらここさ居ねばなんねげど、向こうさ帰(けえ)ったらオラ、直径5キロのアクセレーターさ建設すんべ」

「あくせれーたー?」

「粒子加速器。このサイクロトロンも広義では particle accelerator だべ。サイクロトロンとシンクロトロンとあんだ・・・」

 彼の英語の発音は驚くほどきれいなものでした。そこに感動しました。

 彼のアパートに行ったりホテルに行ったりした時は必ずわたしが身体や髪を洗ってあげました。でもわたしがマスターの部屋に行ったときや部活の合宿で会えなくなるとすぐに元通りの臭い先生になっていました。

 そして、髪や見てくれと同じで、言葉も決して直そうとはしませんでした。

 東北の人やわたしの故郷である北の国の人が東京に出てくると、ほとんどの人が関東風の発音やイントネーションに直そうとします。訛りが恥ずかしいのだと思います。

 ですがヤンベ先生は違いました。考えてみればアメリカの大学に留学していた人です。表音言語である英語をあれだけ喋れる人が標準語を喋れないはずがないのです。

 彼は強烈な自信家だったのでしょう。

「言葉が聞き辛かろうが身体が臭かろうが髭面だろうが髪がモジャモジャだろうが全く関係ない。重要なのはオレの頭脳で、見てくれじゃない。オレの頭脳が欲しければ、お前らがオレに合わせろ」

 彼は一言もそんなことは言いませんでしたが、それはいつも態度に現れていました。

 スゴイ男でした。あんな男はそんじょそこらにはいませんでした。結局告白はしませんでしたが、わたしは彼に惚れていました。

 告白しなかったのは、彼にとって、わたしなどはただの小便臭い小娘であることがわかっていたからです。片思いが明らかだったからです。それに彼は必要とあれば世界のどこへでも行くでしょうし、現に行ってました。もし奇跡が起こって彼と添うことができたとしても、わたしはいつも待ちぼうけの人生を送ることになっていたでしょう。そしてわたしはそれに耐えられなかったと思うのです。

 つい先日、ヤンベ先生が滞在先のスイスで亡くなったのを知りました。ジュネーブにある、直径三十キロの粒子加速器の施設に客員教授として招かれていたとニュースが伝えていました。実験物理学者として稀有の存在で、その死は世界の物理学にとって非常に大きな損失だとどこかのエライ人がコメントしていました。彼のことですから死の間際まで「オラは絶対日本に百キロのアクセレーターさ作ってやんべ!」と息巻いていたかもしれません。

 そんなスゴイ男を騙して身体の関係になり、しかも初歩的な数学や物理を手解きさせて利用していたなんて・・・。

 今思い出してもかつての自分のあまりな怖いもの知らずに鳥肌が立ちます。


 

 話を大学時代に戻します。


 

 エッチが終わると彼に添い寝しながらさらにいろんなことを教えてもらいました。

「理論と実験はどう違うんですか」

「昔はな、紙とエンピツってゆってだのっしゃ。それだけあればいいっつー考えだ。だげんとも今はつがう。理論と実験と、どっつも大事だ。

 理論は言ってみれば『説明と予言』。対して実験は『検証と発見』。説明は必ず検証されねばダメだ。予言は事実として発見されて初めて価値がある。そうでないと単なる戯言と一緒だがらな。

 オラの先生はサガネ先生っつー有名な先生の弟子の弟子だったひとだ。サガネ先生は理化学研究所のニシナ先生の下で原子爆弾の研究してた。実験物理の人でサイクロトロンの専門家だった。ナガオカ先生って人の息子でもある。ナガオカ先生も帝大の先生で理論物理の人だ。

 ある時、そのナガオカ先生が水銀を金に変えられるって言った。予言したわけだな。水銀は原子番号80、金は79。んだがら水銀から原子一個取れば金になるっつうだな。だが、これは言うまでもなく、間違いだった。だけど、ナガオカ先生は帝大のエライ先生だったがら、誰も批判したり検証したりできねがった。それではダメだっつー、これはいい見本だっちゃ。

 そのナガオカ先生の弟子にテラダ先生っつー人がいた。オラの専門は核物理だげんとも、オラは元々どっちかっつーど、テラダ先生や、先生の弟子のナカヤ先生の研究の方がやりでがった」

「そのテラダ先生とかナカヤ先生はどういう研究をしてたの?」

「テラダ先生はⅩ線回折。それから、ひび割れの研究とかコンペイトウの角の研究とか線香花火の研究とか・・・。ナカヤ先生は北大で雪の結晶の研究をした。有名だべや」

「なんか、かわいい研究だね」

「当時は派手な核物理に比べるとはるかに地味な研究だったげんとも、重要な研究だべ。今、この研究のおかげで非破壊検査とか、物の内部構造が分がるようになってる。みんな派手な核物理に走りたがるげんとも、目先の派手さに惑わされで物事の本質を明らがにするっつー科学者の使命を忘れっと、ヒロシマになる。自分の研究が何なのか。実現すると世の中はどうなるのかっつー検証を忘れっと、ナガサキになる」

 ヤンベ先生は天井の一点を見つめたまま身じろぎもしませんでした。

 わたしはヤンベ先生にキスしました。一緒に居る時は歯を磨いてもらっていたので臭くはありませんでした。

「じゃあなんで先生は核物理やることになったの?」

「なんでもそうだべや。自分のやりでー事と、自分に合ってる事っつーのは、必ずしも同じとは限らねすぺおん。世の中のほとんどの人はそういうのさ折り合いさつけで生きでるんでねが・・・」

「ふ~ん・・・」

「ひとづ、わがらね事あるんだげんともっしゃ・・・」

「どんなこと?」

「オメはオラよりデカいし、重い。バレーやってるがらチカラもある。そのオメをオラが手籠めしたっつーのが、いまだによくわがんねーんだげんとも・・・」

 わたしはすぐに寝たふりをしました。


 

 定期的に連絡しておかないと、不意を襲われた場合に困ると思い、いつもの通り、実家に連絡を入れた時のことです。母から、そう言えば三年次の専攻科目を何にしたのか聞かれ、

「原子核物理」

 と答えたら、修羅場になってしまいました。

「げんしかく~っ?」

 かく、の後の語尾が一オクターブぐらい上がった後、母は電話口でまくしたててきました。

「あんたはなにをやってるの?! なんなの『核』って! 日本の大学でそんなものを教えていいと思ってるの? 高い授業料払って爆弾の作り方習ってるなんて。ヒロシマやナガサキの人たちに申し訳ないと思わないの? 情けない。そんな娘に育てた覚えはないのに。だいいち放射能出てたらどうするのあんた女の子でしょう赤ちゃん産めなくなっちゃったらどうするのっ!・・・」

 そんな感じで延々とヒステリーが続きました。

 母の世代は戦争が終わった年にちょうどその時のわたしぐらいだった人たちです。多感な時期に青春をズタズタにされ、その後も若いみそらで地獄のような戦後を生き抜いてきた人たちなのです。人一倍戦争を憎む気持ちが強く、「核」という言葉にアレルギー反応を示すのもやむを得ないのでした。そういう人に、

「原子核物理というのは原子核の構造を解き明かして、がんの治療に役立てたり、新しい品種の種を開発したり、放射線を測定して古代の製品の年代を判定したり、素粒子の秘密を探る学問なんだよ・・・」

 そうした正論をどれだけ説明したところで無駄なのです。

「・・・わかった。とにかく、今度のお正月は帰るから。帰ってちゃんと説明するから。くれぐれも先走って大学に電話したりしないでね。わたし、立場なくなるから・・・」

「あんたもね。・・・そうそう。お正月は無理らしいけどそろそろお父さん帰って来るって。今度は長くいられるらしいわよ」

「へえ・・・。いつ?」


 

 航空会社に勤めている長兄に頼んで往復のチケットを取ってもらい、かつエアー代をたかりました。このころから北の国に帰省するのに列車ではなく飛行機を使う人が増えて行きました。断然時間が違うのです。

「大兄(おおにい)は帰らないの? 」

「・・・ううん。でもなあ、毎年年末年始はかきいれ時なんだよ。前後に帰ろうと思うんだが、なんだかんだで、面倒臭くなっちゃうんだよなあ・・・。

 ミオ、悪いけど、オフクロによろしく言っておいてくれよ」

 長兄は七つ年上でしたからその時三十手前でしたでしょう。まだ独身でした。そのころにはわたしも、東京に出てくると帰るのが面倒になる、という彼の気持ちがわかるようになっていました。
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