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しおりを挟むその瞬間、星川の表情が綻ぶ。
額を合わせ、甘えるような仕草で鼻先を擦り付けられる。唇以上に、星川の高い鼻はひんやりとしていた。伊織は自分から、彼の薄い唇を啄んだ。ちゅっ、と小さな音を立てて離れ、今度はどちらともなく唇を合わせる。こんなにドキドキするのは何年ぶりだろうか。一昨日、駅までの道を全速力で駆けたときだって、こんなに胸は苦しくならなかった。
伊織は全身震えそうなほど、嬉しくて、緊張して、ドキドキしているというのに、星川はその美貌に色気を滲ませ、悠然と微笑んでいる。彼がなぜ、キスをしてくれたのかわからない。酔っているだけ? それとも、期待していいのだろうか。
「なんで、俺にカットモデル声掛けてくれたんですか」
鼻先を触れ合わせたままの距離で、思い切ってたずねてみた。
星川はうっとりするほど綺麗な笑みを浮かべて「なんでだと思います?」と聞き返す。
なんでか、なんて、聞かれても自惚れた回答しか出てこない。提案されるままに引き受けてみたものの、予約が常にいっぱいの星川に、正直ただのカットモデルが必要だったとは思えない。
「切っ掛けなんて、何でもよかったんです」
と、星川は素直に白状した。
それから「遠田さんの髪が綺麗だなと思ったのは本当です」と慌てたように付け加える様子がなんだか可愛くて、伊織は微笑んだ。
「遠田さんは、なんで俺とキスしてくれるんですか」
そんなの、理由なんて決まっている。
しかし酔った勢いで気が大きくなっているのか。伊織は勿体ぶってニヤニヤしながら「なんでだと思います?」と星川を真似て返したのだが、思いのほか星川が真剣な顔をしていたので驚いた。
「俺のこと、好きになってくれませんか」
「……もう、好きです」
この言い方はズルい。あっさり伊織が観念すると、思わずといった様子で「やった」と小さな声で呟いたあと(この距離ではしっかり伊織の耳にしっかりと届いているのだけれど)星川は「俺も、大好きです」ととろけるような笑みを浮かべた。
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