完結 元エリート刑務官、転移先は異世界のブラック監獄!? 下っ端スタートから囚人たちと更生改革します!』

カトラス

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第53話『動き出す影──北方の黒き軍団

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 帝都の空を覆う灰色の雲は、いまだ晴れずにいた。

 魔王を退けたというのに、街は沈黙と混乱の只中にある。瓦礫の山、血と煙の臭い、怯える人々……そんななかで、俺は再び剣の柄を握る。



「……ここを立て直すだけでも相当時間がかかるな」



 俺は崩れかけた中央広場の石畳を見下ろしながら呟いた。

 かつて祭りと歓声で賑わった場所は、今や軍靴の音と泣き声だけが残っている。



 血の跡がまだ拭いきれない石畳。倒壊した建物の影には、怯えた民たちが隠れるように身を寄せ合っている。その中には、幼い子どもを抱いた母親の姿もあった。どれだけの命が、あの戦いで奪われたのか。



「隼人、緊急の報告だ」



 その声に振り返ると、クルスが駆け寄ってきた。深く眉をひそめ、常の冷静さをわずかに崩した彼の表情には、切迫したものが滲んでいた。



「……北の大地に、正体不明の武装集団が出現した」



「魔物じゃないのか?」



「違う。人間だ。それも──武装と編成が整っている。報告書には、“終焉の書庫ジ・アーカイブ”の名が記されていた」



「……あの禁忌の魔術師集団か」



 胸の奥がざわつく。あの名は、古文書の中でしか目にしたことがなかった。

 かつて禁術を操り、世界に災厄をもたらした異端の魔術師たち。その残党が、今──。



「なぜ今、奴らが動き出す……」



「おそらく、帝都の混乱を狙っていた。魔王が討たれ、指導者が不在のいま、この帝国は最も脆い。そこを突かれた」



「狙いは帝都の掌握か?」



「それだけでは済まないかもしれん。奴らの背後には、もっと根深い“意思”があるようだ」



 クルスの言葉には、珍しく不安の色が浮かんでいた。



「隼人……」



 美優が俺の袖を掴んで声を漏らす。その表情は青ざめ、震える指がかすかに俺の腕を揺らした。



「あの軍団の背後にいる“何か”……私は、夢の中で見た気がするの。全てを黒く染める影……この世界とは異質な、もっと深く冷たい“何か”が」



 都陥落から数日。

 復興作業に追われるガランツァの一角にて、聖女・美優は静かに日記を綴っていた。



「終焉の書庫……その名を、私はかつて見た夢の中で聞いた気がする」



 彼女の語る夢。それはただの幻視ではない。

 それは異世界に転移した彼女が、聖女としての力に目覚めた夜に見た、深い深い闇の中の映像だった。



 炎の海に沈む大地。

 漆黒の塔が天を貫き、空はまるでひび割れた鏡のように音もなく砕けていく。

 その中を、灰のように漂うローブの集団がいた。



 ──終焉の書庫ジ・アーカイブ。



 かつて帝国が誕生するよりさらに昔、世界の均衡を乱した“知識の異端者”たち。

 彼らは万物の理に挑み、自然の法則さえ書き換える「魔術の書式アークスクリプト」を編纂していた。



 世界に許されぬ叡智。

 帝国はその危険を察知し、最大級の魔導軍を用いて彼らを北方の永劫氷原に封印した。



 だが今、彼らは戻ってきた。

 ただの魔術師としてではない。

 魔王の死によって解かれた封印の裂け目から、“何か”が彼らを呼び戻したのだ。



「夢の中にいた……もうひとつの影。あれは人ではなかった。意思でもない。もっと根源的な……“空白”のような存在」



 美優はそう呟いた。

 その影は形を持たず、ただ世界の輪郭を滲ませるように存在していた。



 声はなかった。

 だが確かに、世界そのものに対して何かを“上書きしよう”とする、そんな意志だけがあった。



 終焉の書庫が復活した理由。

 それはこの世界に存在しない“もう一つの法則”を押し付けるため──

 まるで、全てを黒く染める「反転の書」を記すように。



「隼人……あなたが見ている世界と、私が感じている世界は、たぶん同じじゃない。

 でも、私はそれでも、あなたと一緒にこの世界を守りたい」



 美優は筆を置き、夜明け前の空を見上げた。

 そして、夢で見た“黒き塔”が北方に実在していることを、まだこの時は知らなかった。



 ──それが、すべての始まりだった。



 その声に、俺の背筋が凍った。幻視ではなく、かつての聖女が受けた神託のような言葉に似ていた。



「……ならば、俺たちは動かなきゃならない。新たな戦いが始まる前に」



「帝都を守る戦いは終わっていない……むしろ、ここからが本当の戦いなのかもしれないな」



 レオンが傍らで静かに頷いた。彼の瞳もまた、かつての仲間を失い、多くを犠牲にしてきた覚悟が宿っていた。



 空から、冷たい雨が降り始めた。

 まるで、この大地のすべてが、これから訪れる新たな災厄の前に、ひとときの涙を流しているようだった。



 俺たちは、濡れた広場の中心に立ったまま、その雨音の中に、新たな戦乱の足音を確かに聞いていた。
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