完結『矢野アラタの大冒険。近江の悪ガキ、埋蔵金伝説に挑む』

カトラス

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第八話『消えた地図とハルトのひらめき』

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 朝の秘密基地には、蝉の声とともに、いつもと違う張り詰めた空気が流れていた。

 ブルーシートの屋根から差し込む光が、ほこりを舞わせながら足元を照らす。その光の中、アラタが段ボール箱をひっくり返しながら、焦燥をにじませて叫んだ。

「ない! ないってば! 昨日まで、ここに絶対あったんや!」

 その声に、ケンタも眉をひそめながらあちこち探す。「風で飛んだんちゃう?」

「それなら、外に落ちてるはずやろ?」

 二人はあたりをひっくり返しながら、心の奥にじわじわと不安を募らせていた。なくなったのは、三人で描いた“埋蔵金探索ルート地図”。川沿いのルート、小さな陶片を見つけた場所、怪しい切り株の位置……夢と期待を詰め込んだ、大事な大事な冒険の設計図だった。

 アラタは唇を噛んでつぶやいた。「誰か、盗ったんちゃうん……?」

 空気が凍る。

 ふと、奥で静かに懐中電灯を磨いていたハルトが顔を上げた。「ちょっと、静かにしてくれる?」

 いつもより少し低めの声。その一言に、アラタとケンタの動きが止まる。

「昨日、最後に地図を見たのって、いつやったっけ?」

 ハルトは視線を上に向けながら、思い返すように言った。

「えーっと……昼過ぎ?」とケンタ。

「それから、アラタがアイス買いに行って……」

「そうや、俺、水くみに行ったあと、地図を丸めてトラの水皿の下に敷いたんや!」

 アラタの声に、ケンタとハルトが同時に立ち上がる。

 三人はトラの寝床に駆け寄った。毛布の下をめくると、しわくちゃになった紙が出てくる。

「これや!」アラタが叫ぶ。

「ちょっと破けてるけど……字はまだ読める!」ケンタが安堵の声を漏らす。

 アラタは顔をほころばせて、「さすがやな、ハルト!」と笑った。

 ハルトは一瞬だけ目をそらしながら、「当然や」と小さく呟いた。その頬が、ほんのり赤く染まっているのを誰も指摘しなかった。

 トラが小さく「にゃあ」と鳴いた。

 その声が、ちょうどいい区切りのように秘密基地の空気を和らげる。夏の陽光が射し込み、地図の上にちらちらと葉の影が揺れる。

 昼下がりの秘密基地。ブルーシートの屋根の下、陽射しが柔らかく差し込み、段ボールで組まれた床がほんのりと温まっていた。

 アラタは鼻歌まじりにマジックを走らせ、自作の宝の地図に最後の仕上げを加えていた。

「よーし、ここが川で、ここが竹やぶやな! それから……隠し通路も描いといたる!」

 少し斜めに引かれた線、雑に描かれた○印。子どもらしい地図だけれど、アラタにとっては冒険のすべてが詰まった宝だった。

 ケンタはその隣でお菓子を頬張りながら、身を乗り出してのぞきこむ。

「すごいやん、アラタ。ほんまに探検隊の地図っぽい!」

「せやろ? これで俺ら、絶対に埋蔵金見つけられるって!」

 そのときだった。

 風が一陣、ふわりと基地を通り抜けた。

「うわっ!」

 アラタの手元から、地図がふわっと舞い上がった。紙は一瞬、空を泳ぐ魚のようにひるがえり、そのままブルーシートの隙間から外へ飛んでいった。

「地図ぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 アラタの叫びが秘密基地を揺らす。ケンタが先に飛び出し、アラタも慌てて追う。ハルトは一瞬遅れて、立ち上がった。

 地図は、川沿いの草むらに向かって飛ばされていた。風に流され、くるくると踊るように舞っている。

「どっち行った!? あっちか!? いや、こっち!?」

 アラタが右往左往するなか、ハルトは足を止め、空を見上げ、風の流れと地形をじっと観察していた。

「アラタ、左や。風、あっちに流れてる。川沿いの竹の根っこに引っかかってるかも!」

 アラタとケンタがハルトの指さした方向へ走る。

「おお、あった! 紙や! ちょっと枝に引っかかってる!」

 アラタが手を伸ばし、勢い余って草むらに突っ込んでいく。ばさばさっと音がして、次の瞬間には歓声が響いた。

「とったぁああああっ!!」

 顔や腕に草をつけたままアラタが立ち上がり、しわくちゃになった地図を高々と掲げた。

「ナイスアラタ!」とケンタが笑いながら背中を叩く。

 ハルトは静かに微笑んだ。その顔には、少しだけ誇らしげな色が浮かんでいた。

「ハルト、あれすごいな。風の流れとか見てたんか?」

「うん……まあ、ちょっとだけな」

 そう答えながらも、ハルトの胸の中にはふんわりとあたたかい感情が広がっていた。

 自分が役に立てた。仲間に頼られた。そのことが、嬉しくてたまらなかった。

(……俺も、チームの一員や)

 秘密基地に戻った三人。しわだらけの地図は、もう一度大切に板の上へと広げられた。

 しわくちゃになった地図をそっと広げた。アラタが息を飲み込みながら、地図の表面を指でなぞった。

「……まあ、破けてへんし、大丈夫やな」

 地図のあちこちには泥のシミがにじんでいるが、線や文字はまだ読み取れる。ケンタがペットボトルの水を取り出して、そっと地図の角を濡らした布で拭った。

「よし、明日はこの地図を使って、川の下流を探ってみよ」

「賛成。竹やぶのあたり、まだちゃんと見てへんしな」

 アラタの目はもう次の冒険を見つめていた。地図が戻ってきたことで、彼の中の情熱は再び燃え上がっているようだった。ハルトはそんな二人の様子を、静かに見守っていた。

 ふいにハルトが呟く。

「なあ……この地図、誰かに見られたらまずいよな」

 その一言で空気がピリッと引き締まる。ケンタも真剣な顔でうなずいた。

「確かに。俺らだけの秘密やもんな」

「隠しとかなあかん」

 そう言ってハルトがポケットから取り出したのは、赤いクリップと小さなビニール袋だった。

「水に濡れても大丈夫なように、これに入れとこ。あと、風で飛ばんように、これで固定して……」

「え、すご!」

「どこで手に入れたん、それ?」

 ハルトは少しだけ照れたように笑った。

「母さんが使ってたやつ、もらった」

 三人の視線がビニール袋に入れられた地図に集まる。地図はまるで宝物のように見えた。

 しばらくの沈黙の後、ケンタが静かに言った。

「明日、ぜったい埋蔵金見つけような」

「おう!」

 アラタとハルトが声を揃える。夕暮れの光が秘密基地の中を橙色に染め、ブルーシートの影が揺れていた。

 屋根の上では、トラがごろりと横になり、尻尾をゆっくりと揺らしている。

 静かに、けれど確かに、彼らの夏の冒険はまた一歩、前に進んでいた。

 翌朝――。

 まだ蝉の声すら聞こえない早朝、ケンタはふと目を覚ました。薄明かりが窓の外をほのかに照らし、まるで今日という特別な一日をそっと迎えてくれているようだった。

 「……今日、いよいよやな」

 小さく呟いて起き上がると、寝間着のまま少しだけ伸びをした。母親を起こさないように、音を立てずに着替えを済ませ、そっと玄関を開ける。

 ひんやりとした朝の空気が肌に心地よい。

 家の前には、もうアラタが立っていた。

 「お、早いなケンタ」

 「そっちこそ。気合い入りすぎやん」

 アラタは麦わら帽子にTシャツ、腰には軍手。背中のリュックには昨日詰めた道具がずっしり詰まっているらしく、肩に食い込んでいた。胸元には、三人で作った“埋蔵金探検隊バッジ”が光っている。

 二人が顔を見合わせ、ニヤリと笑った瞬間、小走りでハルトがやって来た。

 「おはよう……もう来てたんや」

 ぶっきらぼうな口調だが、手には水筒と折りたたまれた地図がしっかり握られている。目元には少し眠気の残る影があったが、それ以上にワクワクが滲んでいた。

 「じゃあ、出発やな!」

 三人は拳を軽く突き合わせ、まだ人の気配が少ない朝の町を抜け、秘密基地へ向かって歩き出した。

 秘密基地では、昨日準備した道具が整然と並べられていた。スコップに懐中電灯、虫よけスプレー、折りたたみ式のコンパス、そして非常食のラムネとビスケット。

 「準備完了やな!」
 「冒険って感じ、マジでしてきたな」

 アラタが広げた地図を三人で囲む。その地図の中央に記された、赤い「?」マーク。川沿いを下った先、地図上では詳細がわからない場所が、今日の目指す場所だった。

 「ここやな……川の下流のカーブ地点」

 ハルトが指でなぞりながら呟く。

 「早く行こうぜ!俺、夢にまで見たからな、埋蔵金!」

 「夢、見たんかい」

 ケンタのツッコミに、三人は笑い合う。

 トラがその様子を基地の梁の上からじっと見つめていた。まるで、自分も冒険隊の一員だとわかっているかのように、耳をピクリと動かし、しっぽをふんわり揺らしている。

 川辺は朝露に濡れていて、ところどころ滑りやすい。だが三人は、それすらも冒険の一部として楽しんでいた。

 「うわっ、カニおった!」
 「こいつ、挟んできよるぞ!」

 騒ぎながらも、歩を進めていく。途中、石の下をのぞいたり、木の根元を調べたり、目に映るすべてが“宝の手がかり”に見えてくる。

 そんな時だった。

 「おーい、ここ見てみ!」

 アラタの声が先を行く風に乗って響く。

 三人が集まったのは、川が緩やかに蛇行している湾曲地帯。土の色が他と違い、やや柔らかく見える。

 「ここ、なんか……掘れそうな感じせえへん?」

 ケンタがスコップを手に、真剣な表情で地面を見つめる。

 「よし、試してみよ」

 地図を確認し、三人は円を描くようにその場所を囲んだ。

 「第一発掘ポイント、ここに決定!」

 アラタが叫ぶと、トラが「ニャー」と短く鳴いた。まるで合図のように。

 そして三人は、それぞれの手でスコップを地面に突き刺した。

 朝の光が彼らの肩越しに差し込み、風が優しく草を揺らす。静かな川の流れが、彼らの決意を見守るように寄り添っていた。

 “冒険は、今ここから始まったばかりだ――”


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