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第十一話『光の道のその先に』
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夜の森は、まるで世界そのものが息を潜めているかのように静まり返っていた。
昼間は耳にうるさいほど響いていた虫の声も、風に揺れる葉のざわめきも、今は一切聞こえない。頭上から降り注ぐのは満月の光だけで、その淡い銀色の筋が、祠から延びる光の道を照らし出していた。
アラタは先頭に立ち、胸を高鳴らせながら歩いていた。光の線が奥へ奥へと続いているのを見て、抑えきれない声が飛び出す。
「絶対に宝の場所に近づいてる!」
その言葉は弾むように明るく、夜の静寂を破った。彼の背中には、未知の世界へ飛び込む期待しかなかった。
「おい……ほんまに大丈夫なんか……」
ケンタは後ろから声をかける。彼の足取りは重く、視線は絶えず周囲の闇を警戒している。黒い森の奥に何かが潜んでいるようで、胸が締めつけられた。乾いた唇を舐め、心の奥で“もう引き返したい”という思いがちらつく。
「ケンタ、ビビりすぎやって!」
アラタは振り返って笑う。無邪気な笑顔に、不安を掻き消すような勢いが宿っていた。しかしケンタには、その明るさがかえって危うく見えた。
「アラタ、お前ほんま……怖ないんか? もしここで何か出てきたら……」
「出てきたら、そんとき考えたらええやろ!」
あまりに無鉄砲な返しに、ケンタは肩を落とすしかなかった。けれど、彼の心の奥底には“アラタなら何とかしてくれる”という信頼も確かにあった。
そのやり取りを少し後ろで聞いていたハルトが、立ち止まり足元に目を凝らした。月光に照らされた地面は、他の場所とは違って規則正しく石が並んでいる。草の生え方も不自然に揃っていた。
「……この道、自然にできたもんやないな」
低く冷静な声に、二人は振り返る。ハルトの眼差しは真剣で、淡々とした言葉が夜気の中に落ちる。
「石の並び方も、地形の向きも、人の手が加わっとる。昔の人が通った“跡”やろ」
「人の手……?」
ケンタは思わず呟き、喉を鳴らす。背筋を冷たいものが走った。幽霊よりも怖い、人の歴史の影を感じたからだ。
アラタは一転して目を輝かせる。
「ほら見てみ! やっぱただの偶然ちゃうんや! 宝の道やん!」
興奮で声が上ずり、拳を握りしめる。彼の胸には恐怖よりも好奇心が勝っていた。
ケンタはまだ納得できずに眉をひそめる。「でも……もし危ない場所やったらどうするんや」
「危ないからこそ、行く価値あるんやろ」
アラタの即答に、ケンタは返す言葉を失う。だが、胸の奥では少しずつその勢いに呑まれていく自分を感じていた。
月明かりに照らされた三人と一匹の影が、長く伸びながら森の奥へと続いていく。幻の道は彼らを導き、不安と期待とが入り混じった心臓の鼓動を速めていた。
幻の道を進んでいくと、前方からかすかな水音が耳に届いた。夜の静寂に紛れるように、さらさらと流れる音がする。三人とトラは顔を見合わせ、思わず足を止めた。
「なんや、今の音……」
ケンタが眉をひそめ、小声でつぶやく。夜の森に水の音だけが響くのは、妙に心臓をざわつかせた。アラタは逆に目を輝かせ、声を弾ませる。
「川や! 絶対なんかあるで!」
期待に胸を躍らせるアラタの後ろで、トラが耳を立て、鼻をくんくんと鳴らしていた。水の匂いを感じ取ったのか、しっぽを小さく揺らす。
やがて月明かりに照らされて現れたのは小さな川だった。昼間なら気に留めずに跨いでしまいそうなほどの川幅だったが、夜の光で見ると全く違う姿をしていた。水面は青白く光り、闇を鏡のように映し出している。その中央に、苔むした石橋の輪郭が浮かび上がっていた。
「うおっ、橋や!」
アラタが目を丸くして叫ぶ。だが次の瞬間、彼は顔をしかめた。橋は崩れかけ、中央部分がごっそり抜け落ちていたのだ。石はひび割れ、苔がびっしりと張りついている。踏み出せば滑って落ちそうなほど危うい。
「余裕や、渡れるって!」
アラタが胸を張って言う。その声には根拠のない自信が満ちていた。
「アホか! 落ちたらずぶ濡れや! 母ちゃんにばれるやんか!」
ケンタが慌てて叫ぶ。頭の中に、びしょ濡れで帰宅して母親に叱られる自分の姿がよぎり、顔を青ざめさせた。夜の水の冷たさを想像しただけで、体が震える。
「ほんまに大丈夫なんか、これ……」
ケンタの声はかすかに震えていた。アラタの背中を引っ張りたい気持ちと、この先に進みたい好奇心がせめぎ合っていた。
その横で、ハルトは地図を広げて月明かりにかざした。冷静に川の位置と周囲の地形を見比べ、淡々と口を開く。
「ここ、昔の堀の跡やな。城とか砦を守るために掘られた水路や。今は川になって残ってるんやろ」
彼の声は落ち着いていて、説得力があった。アラタは「やっぱりそうか!」と興奮を増し、ケンタはますます不安げに眉を寄せた。三人と一匹は、崩れかけた石橋を前に立ち尽くし、それぞれの胸に違う鼓動を響かせていた。
崩れかけた石橋の前で、三人は立ち尽くしたまま動けなかった。夜の川は静かに音を立てて流れ、その冷たい気配が足元から忍び寄ってくるようだった。川面に映る月明かりは揺らめき、まるで下から覗き込む何者かがいるように不気味に見える。
「誰が先に行くんや……」
ケンタが唾を飲み込みながら呟く。その声はかすれていて、風に消えてしまいそうに弱々しい。喉がからからに乾き、手のひらには汗がにじんでいた。
「そんなもん、決まってるやろ」
アラタが一歩前に出て、胸を張った。恐怖よりも興奮が勝り、足元の危うさより先に挑戦心が顔を出していた。
「俺が見本見したる!」
勢いよく石橋の端に足をかける。苔でぬめる石に靴が少し滑り、ぞわりと背筋に冷たい感覚が走った。それでもアラタは表情を崩さず、歯を食いしばって前へ進む。
「アラタ、ほんまに行くんか!? やめとけって!」
ケンタの声は震えていた。しかしアラタは振り返らず、崩れかけた中央部分に差しかかる。そこは石がごっそり抜け落ち、わずかな足場しか残っていない。川の水音がごうごうと響き、冷たい気配が喉元まで迫る。アラタの心臓は早鐘を打ち、額には玉のような汗が浮かんでいた。
「……っし、大丈夫や!」
気合と共に一歩を踏み出す。体がふらつき、川の闇に引きずられる感覚が走る。ケンタが悲鳴をあげた。
「落ちる! 気ぃつけろ!」
しかしアラタは必死にバランスを取り、なんとか体勢を整えて渡り切った。振り返り、大声を張り上げる。
「ほら見ろ、行けるやろ!」
ケンタは顔を真っ青にしながらも、震える足を前に出す。心臓は喉まで跳ね上がり、息は浅く荒い。自分だけ引き返すわけにはいかない。勇気を振り絞り、一歩、また一歩と石橋に足を置く。
「……しゃあないな」
小さく呟きながら、崩れた部分に差しかかる。水の冷気が頬を撫で、視界が揺れる。思わず目を閉じ、跳ねるように足を踏み出した。
「うわぁっ!」
短い悲鳴が漏れる。だが奇跡的に足は次の石に乗り、体は持ちこたえた。ケンタはへたり込みそうになりながらも、必死に最後まで渡りきった。
「……心臓止まるか思た……」
川岸に着地した瞬間、膝から力が抜け、息も絶え絶えになった。その横を、トラが軽やかにひょいと石橋に飛び乗り、尻尾を揺らしながら簡単に渡ってきた。まるで「お前ら大げさやな」とでも言っているようで、ケンタは苦笑を漏らした。
「お前は……なんでそんな平気なんや」
最後に残ったハルトが、ゆっくりと橋に足をかけた。月光に照らされた表情は落ち着いていて、声も穏やかだった。
「ここは一歩ずつや。焦らんと」
その言葉は不思議な安心感を与え、アラタとケンタは無意識に息を合わせて見守った。ハルトは足場を確認しながら、慎重に一歩一歩進む。崩れた部分に差しかかっても慌てず、体を低くしてバランスを取りながら渡っていく。その姿は落ち着き払っていて、夜の森の緊張を和らげるようだった。
やがて無事に川を渡りきったハルトは、淡々とした声で言った。
「ほらな。落ち着いたら何とかなる」
三人と一匹はついに崩れかけた石橋を越えた。胸を撫で下ろしながら見上げると、その先に苔むした石の門が闇の中に浮かび上がっていた。月明かりに照らされたその姿は、彼らをさらに深い冒険へと誘う関門のように見えた。
川を渡りきった三人とトラは、荒い息を整えながら前方を見つめた。夜風が一瞬吹き抜け、汗ばんだ額を冷やす。だがその風すらも、目の前の光景にかき消される。
月明かりに照らされた先に、苔むした石の鳥居のような門が静かに立っていた。二本の石柱と、横に渡された石の梁。人の背丈をはるかに超える高さで、森の中に突如として現れたその姿は、ただの遺跡というより、長い時間を越えて眠っていた“結界”のようだった。
石の表面には濃い緑色の苔がびっしり張りつき、ところどころに深い亀裂が走っている。指で触れれば崩れてしまいそうな古さと、それでもなお失われない威圧感が同居していた。目を凝らすと、その表面に薄く光の線が走り、祠から続いてきた幻の道がここで再び示されているのが分かる。
「……なんや、これ……」
ケンタが息を呑み、か細い声を漏らした。心臓が高鳴り、背筋に冷たいものが走る。ここまで来てしまった自分たちを思うと、不安で胸がいっぱいになる。
「絶対に何かあるで!」
アラタが一歩前に踏み出し、目を輝かせた。声は夜の森に響き、彼の興奮は隠しきれなかった。恐怖よりも先に何かが見つかるという期待が彼を突き動かしていた。
「アラタ……お前、ほんまに怖ないんか……? ここまで来たら、もう引き返せん気がする……」
ケンタの声は震えていた。心の奥底では、この先に踏み込んだら二度と戻れないのではという恐怖が渦を巻いていた。母親の顔が頭をよぎり、罪悪感と不安で胃が縮むようだった。
「これは第二の関門やろな。次はもっと本格的かもしれん」
ハルトが冷静に口を開いた。月光に照らされた横顔は落ち着いていて、視線は苔むす門の細部を追っていた。苔の隙間から覗く刻み目を見つけ、「これ、昔の印やな」と呟く声は静かだが重みがあった。
「第二の関門……」
ケンタが思わず言葉を繰り返す。背筋をさらに冷たい汗が伝った。
「そんなん上等やろ! ここまで来たんや、行くしかないやん!」
アラタは拳を握りしめ、声を張り上げた。恐怖を打ち消すようなその勢いに、ケンタは言葉を詰まらせる。
トラが小さく鳴いた。まるで「行こう」と背中を押すように、門の方へ歩みを進める。しっぽを振りながら、月光に照らされた姿が先導するように見えた。
三人はそれぞれ違う感情を抱きながら、石の門を見上げて立ち尽くした。
夜の森は再び息を潜め、ただ月の光だけが彼らと門を照らしていた。心臓の鼓動が重なり合い、冒険がさらに深い場所へと進む予感が胸を締めつける。
昼間は耳にうるさいほど響いていた虫の声も、風に揺れる葉のざわめきも、今は一切聞こえない。頭上から降り注ぐのは満月の光だけで、その淡い銀色の筋が、祠から延びる光の道を照らし出していた。
アラタは先頭に立ち、胸を高鳴らせながら歩いていた。光の線が奥へ奥へと続いているのを見て、抑えきれない声が飛び出す。
「絶対に宝の場所に近づいてる!」
その言葉は弾むように明るく、夜の静寂を破った。彼の背中には、未知の世界へ飛び込む期待しかなかった。
「おい……ほんまに大丈夫なんか……」
ケンタは後ろから声をかける。彼の足取りは重く、視線は絶えず周囲の闇を警戒している。黒い森の奥に何かが潜んでいるようで、胸が締めつけられた。乾いた唇を舐め、心の奥で“もう引き返したい”という思いがちらつく。
「ケンタ、ビビりすぎやって!」
アラタは振り返って笑う。無邪気な笑顔に、不安を掻き消すような勢いが宿っていた。しかしケンタには、その明るさがかえって危うく見えた。
「アラタ、お前ほんま……怖ないんか? もしここで何か出てきたら……」
「出てきたら、そんとき考えたらええやろ!」
あまりに無鉄砲な返しに、ケンタは肩を落とすしかなかった。けれど、彼の心の奥底には“アラタなら何とかしてくれる”という信頼も確かにあった。
そのやり取りを少し後ろで聞いていたハルトが、立ち止まり足元に目を凝らした。月光に照らされた地面は、他の場所とは違って規則正しく石が並んでいる。草の生え方も不自然に揃っていた。
「……この道、自然にできたもんやないな」
低く冷静な声に、二人は振り返る。ハルトの眼差しは真剣で、淡々とした言葉が夜気の中に落ちる。
「石の並び方も、地形の向きも、人の手が加わっとる。昔の人が通った“跡”やろ」
「人の手……?」
ケンタは思わず呟き、喉を鳴らす。背筋を冷たいものが走った。幽霊よりも怖い、人の歴史の影を感じたからだ。
アラタは一転して目を輝かせる。
「ほら見てみ! やっぱただの偶然ちゃうんや! 宝の道やん!」
興奮で声が上ずり、拳を握りしめる。彼の胸には恐怖よりも好奇心が勝っていた。
ケンタはまだ納得できずに眉をひそめる。「でも……もし危ない場所やったらどうするんや」
「危ないからこそ、行く価値あるんやろ」
アラタの即答に、ケンタは返す言葉を失う。だが、胸の奥では少しずつその勢いに呑まれていく自分を感じていた。
月明かりに照らされた三人と一匹の影が、長く伸びながら森の奥へと続いていく。幻の道は彼らを導き、不安と期待とが入り混じった心臓の鼓動を速めていた。
幻の道を進んでいくと、前方からかすかな水音が耳に届いた。夜の静寂に紛れるように、さらさらと流れる音がする。三人とトラは顔を見合わせ、思わず足を止めた。
「なんや、今の音……」
ケンタが眉をひそめ、小声でつぶやく。夜の森に水の音だけが響くのは、妙に心臓をざわつかせた。アラタは逆に目を輝かせ、声を弾ませる。
「川や! 絶対なんかあるで!」
期待に胸を躍らせるアラタの後ろで、トラが耳を立て、鼻をくんくんと鳴らしていた。水の匂いを感じ取ったのか、しっぽを小さく揺らす。
やがて月明かりに照らされて現れたのは小さな川だった。昼間なら気に留めずに跨いでしまいそうなほどの川幅だったが、夜の光で見ると全く違う姿をしていた。水面は青白く光り、闇を鏡のように映し出している。その中央に、苔むした石橋の輪郭が浮かび上がっていた。
「うおっ、橋や!」
アラタが目を丸くして叫ぶ。だが次の瞬間、彼は顔をしかめた。橋は崩れかけ、中央部分がごっそり抜け落ちていたのだ。石はひび割れ、苔がびっしりと張りついている。踏み出せば滑って落ちそうなほど危うい。
「余裕や、渡れるって!」
アラタが胸を張って言う。その声には根拠のない自信が満ちていた。
「アホか! 落ちたらずぶ濡れや! 母ちゃんにばれるやんか!」
ケンタが慌てて叫ぶ。頭の中に、びしょ濡れで帰宅して母親に叱られる自分の姿がよぎり、顔を青ざめさせた。夜の水の冷たさを想像しただけで、体が震える。
「ほんまに大丈夫なんか、これ……」
ケンタの声はかすかに震えていた。アラタの背中を引っ張りたい気持ちと、この先に進みたい好奇心がせめぎ合っていた。
その横で、ハルトは地図を広げて月明かりにかざした。冷静に川の位置と周囲の地形を見比べ、淡々と口を開く。
「ここ、昔の堀の跡やな。城とか砦を守るために掘られた水路や。今は川になって残ってるんやろ」
彼の声は落ち着いていて、説得力があった。アラタは「やっぱりそうか!」と興奮を増し、ケンタはますます不安げに眉を寄せた。三人と一匹は、崩れかけた石橋を前に立ち尽くし、それぞれの胸に違う鼓動を響かせていた。
崩れかけた石橋の前で、三人は立ち尽くしたまま動けなかった。夜の川は静かに音を立てて流れ、その冷たい気配が足元から忍び寄ってくるようだった。川面に映る月明かりは揺らめき、まるで下から覗き込む何者かがいるように不気味に見える。
「誰が先に行くんや……」
ケンタが唾を飲み込みながら呟く。その声はかすれていて、風に消えてしまいそうに弱々しい。喉がからからに乾き、手のひらには汗がにじんでいた。
「そんなもん、決まってるやろ」
アラタが一歩前に出て、胸を張った。恐怖よりも興奮が勝り、足元の危うさより先に挑戦心が顔を出していた。
「俺が見本見したる!」
勢いよく石橋の端に足をかける。苔でぬめる石に靴が少し滑り、ぞわりと背筋に冷たい感覚が走った。それでもアラタは表情を崩さず、歯を食いしばって前へ進む。
「アラタ、ほんまに行くんか!? やめとけって!」
ケンタの声は震えていた。しかしアラタは振り返らず、崩れかけた中央部分に差しかかる。そこは石がごっそり抜け落ち、わずかな足場しか残っていない。川の水音がごうごうと響き、冷たい気配が喉元まで迫る。アラタの心臓は早鐘を打ち、額には玉のような汗が浮かんでいた。
「……っし、大丈夫や!」
気合と共に一歩を踏み出す。体がふらつき、川の闇に引きずられる感覚が走る。ケンタが悲鳴をあげた。
「落ちる! 気ぃつけろ!」
しかしアラタは必死にバランスを取り、なんとか体勢を整えて渡り切った。振り返り、大声を張り上げる。
「ほら見ろ、行けるやろ!」
ケンタは顔を真っ青にしながらも、震える足を前に出す。心臓は喉まで跳ね上がり、息は浅く荒い。自分だけ引き返すわけにはいかない。勇気を振り絞り、一歩、また一歩と石橋に足を置く。
「……しゃあないな」
小さく呟きながら、崩れた部分に差しかかる。水の冷気が頬を撫で、視界が揺れる。思わず目を閉じ、跳ねるように足を踏み出した。
「うわぁっ!」
短い悲鳴が漏れる。だが奇跡的に足は次の石に乗り、体は持ちこたえた。ケンタはへたり込みそうになりながらも、必死に最後まで渡りきった。
「……心臓止まるか思た……」
川岸に着地した瞬間、膝から力が抜け、息も絶え絶えになった。その横を、トラが軽やかにひょいと石橋に飛び乗り、尻尾を揺らしながら簡単に渡ってきた。まるで「お前ら大げさやな」とでも言っているようで、ケンタは苦笑を漏らした。
「お前は……なんでそんな平気なんや」
最後に残ったハルトが、ゆっくりと橋に足をかけた。月光に照らされた表情は落ち着いていて、声も穏やかだった。
「ここは一歩ずつや。焦らんと」
その言葉は不思議な安心感を与え、アラタとケンタは無意識に息を合わせて見守った。ハルトは足場を確認しながら、慎重に一歩一歩進む。崩れた部分に差しかかっても慌てず、体を低くしてバランスを取りながら渡っていく。その姿は落ち着き払っていて、夜の森の緊張を和らげるようだった。
やがて無事に川を渡りきったハルトは、淡々とした声で言った。
「ほらな。落ち着いたら何とかなる」
三人と一匹はついに崩れかけた石橋を越えた。胸を撫で下ろしながら見上げると、その先に苔むした石の門が闇の中に浮かび上がっていた。月明かりに照らされたその姿は、彼らをさらに深い冒険へと誘う関門のように見えた。
川を渡りきった三人とトラは、荒い息を整えながら前方を見つめた。夜風が一瞬吹き抜け、汗ばんだ額を冷やす。だがその風すらも、目の前の光景にかき消される。
月明かりに照らされた先に、苔むした石の鳥居のような門が静かに立っていた。二本の石柱と、横に渡された石の梁。人の背丈をはるかに超える高さで、森の中に突如として現れたその姿は、ただの遺跡というより、長い時間を越えて眠っていた“結界”のようだった。
石の表面には濃い緑色の苔がびっしり張りつき、ところどころに深い亀裂が走っている。指で触れれば崩れてしまいそうな古さと、それでもなお失われない威圧感が同居していた。目を凝らすと、その表面に薄く光の線が走り、祠から続いてきた幻の道がここで再び示されているのが分かる。
「……なんや、これ……」
ケンタが息を呑み、か細い声を漏らした。心臓が高鳴り、背筋に冷たいものが走る。ここまで来てしまった自分たちを思うと、不安で胸がいっぱいになる。
「絶対に何かあるで!」
アラタが一歩前に踏み出し、目を輝かせた。声は夜の森に響き、彼の興奮は隠しきれなかった。恐怖よりも先に何かが見つかるという期待が彼を突き動かしていた。
「アラタ……お前、ほんまに怖ないんか……? ここまで来たら、もう引き返せん気がする……」
ケンタの声は震えていた。心の奥底では、この先に踏み込んだら二度と戻れないのではという恐怖が渦を巻いていた。母親の顔が頭をよぎり、罪悪感と不安で胃が縮むようだった。
「これは第二の関門やろな。次はもっと本格的かもしれん」
ハルトが冷静に口を開いた。月光に照らされた横顔は落ち着いていて、視線は苔むす門の細部を追っていた。苔の隙間から覗く刻み目を見つけ、「これ、昔の印やな」と呟く声は静かだが重みがあった。
「第二の関門……」
ケンタが思わず言葉を繰り返す。背筋をさらに冷たい汗が伝った。
「そんなん上等やろ! ここまで来たんや、行くしかないやん!」
アラタは拳を握りしめ、声を張り上げた。恐怖を打ち消すようなその勢いに、ケンタは言葉を詰まらせる。
トラが小さく鳴いた。まるで「行こう」と背中を押すように、門の方へ歩みを進める。しっぽを振りながら、月光に照らされた姿が先導するように見えた。
三人はそれぞれ違う感情を抱きながら、石の門を見上げて立ち尽くした。
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