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第十六話『新たな導き、都へ』
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図書館を出た三人は、夕暮れに染まる街道を並んで歩いていた。
西の空は茜色に染まり、長い影が三人の足元に伸びている。
夏の湿った風が頬を撫で、アスファルトにはじわじわと一日の熱気が残っていた。蝉の声はまだ鳴り止むことなく響き、空気をさらに重たくしていた。
「で……結局、どの史家に会いに行くんや?」
アラタが前を向いたまま口火を切る。
声はどこか浮き立っていて、肩が自然と弾んでいた。
ケンタは背中を丸めて歩きながら、ため息を吐いた。
「岐阜とか愛知は遠すぎるやろ……。子どもだけで行くん、無理や。……ほんまに、会ってくれるんやろか。笑われへんかな」
その弱気な言葉に、アラタは振り返って声を張った。
「行ってみんと分からんやろ! 怖がっとったら、何も始まらん!」
ケンタは眉をひそめて反論した。
「そんなん言うけどな……もし子どもの肝試しかみたいなもんって追い返されたらどうすんねん」
アラタは唇を噛み、言い返そうとしたとき、ハルトが口を開いた。夕日の光を反射した瞳は冷静で、二人を真っ直ぐに見据えていた。
「……どこへ行くにしても、礼儀を忘れたら相手にされん。特に歴史を研究してる人は、無作法な奴を嫌うもんや」
「れ、礼儀ぃ?」
アラタが怪訝そうに眉を上げる。
「そんな堅苦しいこと、子どもにできるんか?」
ハルトはため息をひとつ吐き、足を止めた。
「せやからこそ、きちんとせなあかんのや。俺らは小学生や。相手は大人で、しかも専門家や。ふざけて見えたら、即アウトや」
ケンタは不安げに頷きながらも、少しだけ表情を和らげて言った。
「でも……京都やったらハルトは詳しいしな。地理とか歴史とか、頼りになるわ」
その言葉にアラタも頷いた。
「確かに。京都ならハルトの出番やな」
ハルトは少し肩をすくめた。
「まあ、道とか場所は分かる。けど油断はするなよ。知識だけで相手にされるわけやない」
ケンタは不安げに頷き、「そうや……ちゃんと挨拶して、真面目に話さな……」と呟いた。
アラタは一瞬むっとしたが、やがて視線をそらして鼻を鳴らす。
「……わかったわ。ちゃんとする。けど、まずは行こうや。岐阜も愛知も遠いし、一番近いのは京都やろ?」
ハルトは静かに頷いた。
「ああ。まずは京都市内の史家を訪ねるのが筋やな」
三人はしばし黙り込み、それぞれの胸に緊張と期待を抱えながら歩を進めた。
やがてアラタが拳を振り上げて叫ぶ。
「よっしゃ、決まりや! 京都に行くぞ!」
その勢いに、ケンタも苦笑いしながら小さく頷いた。ハルトは口元にわずかな笑みを浮かべ、
「……なら、しっかり準備して挑もうや」と冷静に釘を刺した。
夏の夕暮れの街道に、三人の声が混じり合う。性格は違えど、目指す先は同じ。京都行きの決意が、確かにそこに固まったのだった。
夏休みの朝、近江八幡駅のホームはすでにむっとした熱気に包まれていた。
蝉の声がけたたましく響き、白い日差しが線路を照らし出している。三人はランドセルではなく、それぞれ肩に掛けた小さなカバンを抱え、落ち着かない様子で電車を待っていた。
「……ほんまに京都まで行くんやな」ケンタが額の汗をハンカチで拭いながら呟いた。声には期待よりも不安が混じり、目は線路の先を何度も泳いだ。
「当たり前やろ! ここでやめたら冒険ちゃうわ!」アラタは胸を張り、靴先でホームの白線を何度も踏み越えては戻り、落ち着かない。目はきらきらと輝き、早く電車に飛び乗りたいと身体全体で訴えていた。
その横でハルトは小さな手帳を開き、静かに鉛筆を走らせていた。木片に刻まれていた線、碑文の言葉、そして証という声。すべてを書き出して整理しているようだった。唇は一文字に結ばれ、額にはわずかな皺が寄っている。
「……なあ、ハルト。もう質問考えてるん?」アラタが覗き込んで聞いた。
「要点を絞るんや。証が何を意味してるか。それさえ聞ければええ」ハルトは視線をノートから外さず答えた。
「すげぇ……俺、緊張して口から変なこと言いそうやわ」ケンタは苦笑しながら、手の中の文庫本をぎゅっと握った。
電車がホームに滑り込んでくると、アラタが勢いよく立ち上がった。
「来た! よっしゃ、行くぞ!」
三人はドアが開くと同時に乗り込み、並んで座席に腰を下ろした。車両がゆっくりと動き出すと、窓の外には夏の光に照らされた田んぼや小川が広がった。
遠くには緑の山並みが連なり、青い空に白い雲が流れている。
「うわ、めっちゃ広いな……。はよ着けへんかな。京都ってどんなとこやろ!」
アラタは窓に顔を押しつけて、景色が流れていくのを子どものように見つめ続けた。
ケンタは膝の上に本を開いてみたが、ページの文字は頭に入らない。指で押さえた紙が何度もめくれ、視線は外に逸れてばかりだった。「……集中できへん。心臓がばくばくしてる」
「気にしすぎや」アラタが笑う。「もし変なこと言ったら俺がフォローしたるわ!」
「余計不安になるわ……」ケンタは肩を落とした。
ハルトはノートを閉じ、窓の外に視線を向けた。
「大事なんは、ちゃんと相手を敬うことや。俺らが遊び半分やなくて、本気で聞きたいって伝わればええ」
「……うん」ケンタは小さく頷いた。アラタも真剣な顔をして、「わかった」と短く答える。
電車はやがて琵琶湖のきらめきを横に映し出し、湖面が太陽の光を反射して目を射るように輝いた。三人は思わず声を上げて窓にかじりつく。
「すげえ! 光ってる!」アラタの興奮が車内に響いた。
「……きれいやな。夏休みって感じや」ケンタの声は震え気味だったが、心の奥に小さな高揚感が芽生えていた。
大津を過ぎると、車窓の景色は田畑から次第に街並みへと変わり、ビルや道路が立ち並ぶ都会の風景が広がった。三人は思わず顔を見合わせる。
「なんか急に都会になったな」アラタが目を丸くする。
「ほんまや……さっきまで山とか湖やったのに」
ケンタは驚きと不安を混ぜた声で呟いた。
「これが京都や。かつての都やで。東京なんか東の京都やからな」
ハルトのどや顔からの自慢。
その言葉に二人の表情が少し緩んだ。
近江八幡を出てから一時間弱。電車は速度を落とし、いよいよ京都駅へと滑り込んでいく。
三人の胸の奥で鼓動が高鳴り、窓に映る自分たちの顔も、少し強ばって見えた。
「……着いたな」ケンタが呟いた。
「よっしゃあ!」アラタは立ち上がり、拳を握る。
ハルトは冷静に立ち上がり、ノートを鞄に仕舞った。
「ここからが本番や」
冒険の舞台は、ついに京都へと移ろうとしていた。
京都駅に降り立った瞬間、三人はその圧倒的な光景に息を呑んだ。巨大なガラス張りの駅舎が夏の太陽を反射し、ホームから溢れ出す人の波が途切れることなく続いていた。日本語だけでなく英語や中国語、フランス語など多言語のざわめきが耳に飛び込み、旅行鞄を引く音が床を震わせる。駅構内はまるで祭りの会場のような熱気で、空気に圧倒されるようだった。
「うわっ……なんやこれ、まるで外国やん!」アラタが思わず声を張り上げ、目を丸くする。人の背中と肩に押されて、何度もよろけながら進んだ。
「ひ、人多すぎる……。俺ら、迷子になるんちゃうか……」ケンタは胸に本を抱きしめ、視線をきょろきょろと泳がせていた。背中には汗が流れ落ち、不安で足取りが重い。
「落ち着け。観光地やから当たり前や」ハルトは冷静に言い、スマホを取り出して画面を確認した。「グーグルマップの指示では、ここからバスで移動や。二回乗り継ぐらしい」
「えぇ……二回も? ちゃんと着けるんか?」ケンタが不安げに問いかける。
「道に迷ったらハルトに任せよ。京都はハルトの庭やろ?」アラタがニヤッと笑う。
ハルトは少しだけ肩をすくめた。「まあ、知っとる方やな。けど油断は禁物や」
三人は案内板を頼りに人波をかき分け、ようやくバスターミナルにたどり着いた。
照りつける太陽に汗が滲み、アスファルトから立ち上る熱気が靴底を焼くように感じられる。バスに乗り込むと、冷房の風が吹きつけてきて、三人同時にほっと息を吐いた。
「ふぅ……生き返るわ」アラタが背もたれにどかっと体を預ける。
「俺、もうここで帰りたなってきた……」
ケンタは窓の外を見ながら小声で呟いた。
「弱音吐くな。ここまで来たんやぞ」
ハルトが冷たく言い放ち、ノートを膝に広げた。
車窓から流れる景色は、観光客で賑わう土産物屋やカフェ、古風な旅館に洋風の建物が混ざり合い、独特のリズムで過ぎていく。やがて視界の先に五重の塔が現れた。黒々とした瓦を重ね、空へ突き出すその姿は、周囲の街並みを圧倒していた。
「おおっ! あれ、五重塔やんか!」
アラタが食い入るように窓に顔を寄せる。
「ほんまや……写真と違って迫力あるな」
ケンタは目を見開き、喉の奥から感嘆の声を漏らした。胸の奥にぞくりとするような高揚感が広がる。
「京都はこういう町や。古いもんと新しいもんが隣り合わせや」
ハルトの声は淡々としていたが、その眼差しには誇らしさが宿っていた。
バスを降り、さらに指示通りに乗り継ぐと、やがて人通りの少ない住宅街に入った。
喧騒は遠ざかり、蝉の声と風鈴の音が響く静かな路地へと変わっていく。
細い道を抜けると、大通りに出て前方に京都歴史博物館の建物が現れた。
近代的で整った外観の中に、どこか重厚で厳かな気配が漂っていた。入口の前に立った瞬間、三人の足は自然と止まった。
「……ここやな。手がかりが得られれるかも知れない場所」
ケンタがごくりと唾を飲み込む。
「よっしゃ、突撃や!」アラタは拳を握りしめ、勇ましい声を上げたが、その足はわずかに震えていた。
「アホ、突撃って……。まずはきちんと挨拶や」ハルトが鋭い声で制した。
三人は互いに顔を見合わせ、深呼吸をひとつ。汗ばんだ手をズボンで拭い、意を決して自動ドアをくぐった。冷房の冷たい風が頬を撫で、外の熱気が嘘のように消える。重々しい空気が漂う館内には、これから出会う歴史のエキスパートの存在が待ち構えているようだった。
西の空は茜色に染まり、長い影が三人の足元に伸びている。
夏の湿った風が頬を撫で、アスファルトにはじわじわと一日の熱気が残っていた。蝉の声はまだ鳴り止むことなく響き、空気をさらに重たくしていた。
「で……結局、どの史家に会いに行くんや?」
アラタが前を向いたまま口火を切る。
声はどこか浮き立っていて、肩が自然と弾んでいた。
ケンタは背中を丸めて歩きながら、ため息を吐いた。
「岐阜とか愛知は遠すぎるやろ……。子どもだけで行くん、無理や。……ほんまに、会ってくれるんやろか。笑われへんかな」
その弱気な言葉に、アラタは振り返って声を張った。
「行ってみんと分からんやろ! 怖がっとったら、何も始まらん!」
ケンタは眉をひそめて反論した。
「そんなん言うけどな……もし子どもの肝試しかみたいなもんって追い返されたらどうすんねん」
アラタは唇を噛み、言い返そうとしたとき、ハルトが口を開いた。夕日の光を反射した瞳は冷静で、二人を真っ直ぐに見据えていた。
「……どこへ行くにしても、礼儀を忘れたら相手にされん。特に歴史を研究してる人は、無作法な奴を嫌うもんや」
「れ、礼儀ぃ?」
アラタが怪訝そうに眉を上げる。
「そんな堅苦しいこと、子どもにできるんか?」
ハルトはため息をひとつ吐き、足を止めた。
「せやからこそ、きちんとせなあかんのや。俺らは小学生や。相手は大人で、しかも専門家や。ふざけて見えたら、即アウトや」
ケンタは不安げに頷きながらも、少しだけ表情を和らげて言った。
「でも……京都やったらハルトは詳しいしな。地理とか歴史とか、頼りになるわ」
その言葉にアラタも頷いた。
「確かに。京都ならハルトの出番やな」
ハルトは少し肩をすくめた。
「まあ、道とか場所は分かる。けど油断はするなよ。知識だけで相手にされるわけやない」
ケンタは不安げに頷き、「そうや……ちゃんと挨拶して、真面目に話さな……」と呟いた。
アラタは一瞬むっとしたが、やがて視線をそらして鼻を鳴らす。
「……わかったわ。ちゃんとする。けど、まずは行こうや。岐阜も愛知も遠いし、一番近いのは京都やろ?」
ハルトは静かに頷いた。
「ああ。まずは京都市内の史家を訪ねるのが筋やな」
三人はしばし黙り込み、それぞれの胸に緊張と期待を抱えながら歩を進めた。
やがてアラタが拳を振り上げて叫ぶ。
「よっしゃ、決まりや! 京都に行くぞ!」
その勢いに、ケンタも苦笑いしながら小さく頷いた。ハルトは口元にわずかな笑みを浮かべ、
「……なら、しっかり準備して挑もうや」と冷静に釘を刺した。
夏の夕暮れの街道に、三人の声が混じり合う。性格は違えど、目指す先は同じ。京都行きの決意が、確かにそこに固まったのだった。
夏休みの朝、近江八幡駅のホームはすでにむっとした熱気に包まれていた。
蝉の声がけたたましく響き、白い日差しが線路を照らし出している。三人はランドセルではなく、それぞれ肩に掛けた小さなカバンを抱え、落ち着かない様子で電車を待っていた。
「……ほんまに京都まで行くんやな」ケンタが額の汗をハンカチで拭いながら呟いた。声には期待よりも不安が混じり、目は線路の先を何度も泳いだ。
「当たり前やろ! ここでやめたら冒険ちゃうわ!」アラタは胸を張り、靴先でホームの白線を何度も踏み越えては戻り、落ち着かない。目はきらきらと輝き、早く電車に飛び乗りたいと身体全体で訴えていた。
その横でハルトは小さな手帳を開き、静かに鉛筆を走らせていた。木片に刻まれていた線、碑文の言葉、そして証という声。すべてを書き出して整理しているようだった。唇は一文字に結ばれ、額にはわずかな皺が寄っている。
「……なあ、ハルト。もう質問考えてるん?」アラタが覗き込んで聞いた。
「要点を絞るんや。証が何を意味してるか。それさえ聞ければええ」ハルトは視線をノートから外さず答えた。
「すげぇ……俺、緊張して口から変なこと言いそうやわ」ケンタは苦笑しながら、手の中の文庫本をぎゅっと握った。
電車がホームに滑り込んでくると、アラタが勢いよく立ち上がった。
「来た! よっしゃ、行くぞ!」
三人はドアが開くと同時に乗り込み、並んで座席に腰を下ろした。車両がゆっくりと動き出すと、窓の外には夏の光に照らされた田んぼや小川が広がった。
遠くには緑の山並みが連なり、青い空に白い雲が流れている。
「うわ、めっちゃ広いな……。はよ着けへんかな。京都ってどんなとこやろ!」
アラタは窓に顔を押しつけて、景色が流れていくのを子どものように見つめ続けた。
ケンタは膝の上に本を開いてみたが、ページの文字は頭に入らない。指で押さえた紙が何度もめくれ、視線は外に逸れてばかりだった。「……集中できへん。心臓がばくばくしてる」
「気にしすぎや」アラタが笑う。「もし変なこと言ったら俺がフォローしたるわ!」
「余計不安になるわ……」ケンタは肩を落とした。
ハルトはノートを閉じ、窓の外に視線を向けた。
「大事なんは、ちゃんと相手を敬うことや。俺らが遊び半分やなくて、本気で聞きたいって伝わればええ」
「……うん」ケンタは小さく頷いた。アラタも真剣な顔をして、「わかった」と短く答える。
電車はやがて琵琶湖のきらめきを横に映し出し、湖面が太陽の光を反射して目を射るように輝いた。三人は思わず声を上げて窓にかじりつく。
「すげえ! 光ってる!」アラタの興奮が車内に響いた。
「……きれいやな。夏休みって感じや」ケンタの声は震え気味だったが、心の奥に小さな高揚感が芽生えていた。
大津を過ぎると、車窓の景色は田畑から次第に街並みへと変わり、ビルや道路が立ち並ぶ都会の風景が広がった。三人は思わず顔を見合わせる。
「なんか急に都会になったな」アラタが目を丸くする。
「ほんまや……さっきまで山とか湖やったのに」
ケンタは驚きと不安を混ぜた声で呟いた。
「これが京都や。かつての都やで。東京なんか東の京都やからな」
ハルトのどや顔からの自慢。
その言葉に二人の表情が少し緩んだ。
近江八幡を出てから一時間弱。電車は速度を落とし、いよいよ京都駅へと滑り込んでいく。
三人の胸の奥で鼓動が高鳴り、窓に映る自分たちの顔も、少し強ばって見えた。
「……着いたな」ケンタが呟いた。
「よっしゃあ!」アラタは立ち上がり、拳を握る。
ハルトは冷静に立ち上がり、ノートを鞄に仕舞った。
「ここからが本番や」
冒険の舞台は、ついに京都へと移ろうとしていた。
京都駅に降り立った瞬間、三人はその圧倒的な光景に息を呑んだ。巨大なガラス張りの駅舎が夏の太陽を反射し、ホームから溢れ出す人の波が途切れることなく続いていた。日本語だけでなく英語や中国語、フランス語など多言語のざわめきが耳に飛び込み、旅行鞄を引く音が床を震わせる。駅構内はまるで祭りの会場のような熱気で、空気に圧倒されるようだった。
「うわっ……なんやこれ、まるで外国やん!」アラタが思わず声を張り上げ、目を丸くする。人の背中と肩に押されて、何度もよろけながら進んだ。
「ひ、人多すぎる……。俺ら、迷子になるんちゃうか……」ケンタは胸に本を抱きしめ、視線をきょろきょろと泳がせていた。背中には汗が流れ落ち、不安で足取りが重い。
「落ち着け。観光地やから当たり前や」ハルトは冷静に言い、スマホを取り出して画面を確認した。「グーグルマップの指示では、ここからバスで移動や。二回乗り継ぐらしい」
「えぇ……二回も? ちゃんと着けるんか?」ケンタが不安げに問いかける。
「道に迷ったらハルトに任せよ。京都はハルトの庭やろ?」アラタがニヤッと笑う。
ハルトは少しだけ肩をすくめた。「まあ、知っとる方やな。けど油断は禁物や」
三人は案内板を頼りに人波をかき分け、ようやくバスターミナルにたどり着いた。
照りつける太陽に汗が滲み、アスファルトから立ち上る熱気が靴底を焼くように感じられる。バスに乗り込むと、冷房の風が吹きつけてきて、三人同時にほっと息を吐いた。
「ふぅ……生き返るわ」アラタが背もたれにどかっと体を預ける。
「俺、もうここで帰りたなってきた……」
ケンタは窓の外を見ながら小声で呟いた。
「弱音吐くな。ここまで来たんやぞ」
ハルトが冷たく言い放ち、ノートを膝に広げた。
車窓から流れる景色は、観光客で賑わう土産物屋やカフェ、古風な旅館に洋風の建物が混ざり合い、独特のリズムで過ぎていく。やがて視界の先に五重の塔が現れた。黒々とした瓦を重ね、空へ突き出すその姿は、周囲の街並みを圧倒していた。
「おおっ! あれ、五重塔やんか!」
アラタが食い入るように窓に顔を寄せる。
「ほんまや……写真と違って迫力あるな」
ケンタは目を見開き、喉の奥から感嘆の声を漏らした。胸の奥にぞくりとするような高揚感が広がる。
「京都はこういう町や。古いもんと新しいもんが隣り合わせや」
ハルトの声は淡々としていたが、その眼差しには誇らしさが宿っていた。
バスを降り、さらに指示通りに乗り継ぐと、やがて人通りの少ない住宅街に入った。
喧騒は遠ざかり、蝉の声と風鈴の音が響く静かな路地へと変わっていく。
細い道を抜けると、大通りに出て前方に京都歴史博物館の建物が現れた。
近代的で整った外観の中に、どこか重厚で厳かな気配が漂っていた。入口の前に立った瞬間、三人の足は自然と止まった。
「……ここやな。手がかりが得られれるかも知れない場所」
ケンタがごくりと唾を飲み込む。
「よっしゃ、突撃や!」アラタは拳を握りしめ、勇ましい声を上げたが、その足はわずかに震えていた。
「アホ、突撃って……。まずはきちんと挨拶や」ハルトが鋭い声で制した。
三人は互いに顔を見合わせ、深呼吸をひとつ。汗ばんだ手をズボンで拭い、意を決して自動ドアをくぐった。冷房の冷たい風が頬を撫で、外の熱気が嘘のように消える。重々しい空気が漂う館内には、これから出会う歴史のエキスパートの存在が待ち構えているようだった。
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