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第二十三話『森の奥の囁き』
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落ち武者の列を抜けた三人とトラは、胸を張る余裕もなく、さらに深い森の中へと足を進めた。背後で霧が閉じていく音はもう遠ざかっていたが、その響きがまだ耳の奥に残り、じわじわと胸を圧迫していた。まるで「戻る道はもうない」と告げられたようで、息苦しささえ覚える。
森の奥は、異様なほどの静寂に包まれていた。さっきまでかすかに感じていた風のそよぎも、木の葉のざわめきも消え失せ、音という音がすべて吸い取られてしまったようだった。残されたのは自分たちの靴音と、緊張で速くなった鼓動の音だけ。そのわずかな響きさえ、森全体に反響しているかのように耳に重くのしかかってくる。
空気は冷たく、肌にまとわりつく。夏の蒸し暑さとは無縁の冷気が、骨の芯にまで忍び込んでくるようで、三人の肩は自然と竦んだ。木々は不自然にねじれ、絡み合った枝が空を塞ぎ、月夜の光さえ閉ざしていた。木の幹は人の顔のような模様を浮かび上がらせ、まるで無数の視線が背後からも前からも突き刺さってくるような圧迫感があった。
「ここ……ほんまに生き物おらんのか……?」
ケンタが声を絞り出した。いつものおどけた調子は影もなく、震えを帯びた声が霧に吸い込まれていく。普段なら森の中は蝉や虫の声で騒がしいはずなのに、この場所には一匹の気配すらない。それが逆に恐怖を際立たせ、彼は両腕をぎゅっと抱きしめて小刻みに震えた。
「気持ち悪ぃ……なんか、誰かに見られてるみたいや」
言葉が漏れるたびに喉が乾き、足取りが鈍くなる。後ろを振り返りたい衝動に駆られたが、背後にはさっき通り抜けた落ち武者たちの姿がまだあるような錯覚がまとわりつき、振り向くことすらできなかった。
アラタは唇を強く結び、視線を前へと向けた。鼓動は激しく、心の奥には同じ恐怖が渦巻いていたが、それを押し殺すように声を張った。
「戻られへんやろ。進むしかない」
強気に言い切ったその声は、かすかに震えていた。だが仲間を鼓舞する力は十分にあった。ケンタはアラタの横顔を見つめ、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。
ハルトは二人のやり取りを黙って見守り、冷静な表情を崩さなかった。だがその胸の内でも、冷たい緊張が張り詰めていた。それでも彼は短く「行くぞ」と言い、迷いのない足取りで前へ踏み出した。
三人と一匹は互いの気配を頼りに、音を飲み込む森の奥へと進んでいった。
不気味な静寂の中を進んでいくと、やがて森の闇がふっと開けた。そこには、苔むした石灯籠が左右にずらりと並ぶ小径が姿を現していた。長い年月を経て角が削れた灯籠は、ひび割れや欠けを抱え、ところどころは苔と蔦に覆われている。それなのに、灯りを入れた痕跡のない空洞の中で、淡い薄青色の光がゆらゆらと揺らめいていた。まるで幽霊火が灯籠に宿り、彼らを待ち受けていたかのように。
「……なんや、これ……勝手に光ってる……?」
アラタが思わず足を止め、目を見開いた。青白い光が霧に反射して、小径全体が別世界に変わったように見える。
「こわ……気味悪いで……」
ケンタは唇を噛みしめ、灯籠から視線を逸らそうとした。だが目を逸らせば逸らすほど、背後から無数の目でじっと見られているような感覚に襲われ、心臓がばくばくと音を立てる。
ハルトは冷静に目を細め、灯籠をひとつひとつ観察した。「これは……道しるべやろうな。けど、導くためか、それとも惑わすためか……」
淡々とした分析だったが、その声にはかすかな緊張が滲んでいた。
アラタとケンタは顔を見合わせ、言葉を失った。導かれるべきか、罠なのか、判断がつかない。
そのとき、トラが低く唸り声をあげた。耳をぴんと立て、しっぽを膨らませながら前方をにらみつけている。毛が逆立ち、背中が弓なりになっていた。まるで、この先に見えない敵が潜んでいると告げているようだった。
「トラまで……こんなん初めてや」
ケンタがか細い声を漏らす。背筋がぞくりと冷え、足先から力が抜けそうになる。
小径の脇に、苔に覆われた巨大な石垣の断片が転がっているのが見えた。
崩れかけながらも規則正しく積まれたその石は、ただの自然の岩肌ではなかった。
人の手で築かれたものの名残――それは安土城の石垣に酷似していた。
「……これは、安土城の残骸や」
ハルトが小さく呟いた。歴史の残滓がこの異様な森の奥で姿を現し、現実と幻想の境目を曖昧にする。アラタとケンタは息を呑み、言葉を失った。
「ほんまに……信長の時代とつながっとるんかもしれん……」
ケンタの声は震えていたが、その目には恐怖と同時に好奇心の光もわずかに宿っていた。
アラタは拳を握りしめ、前を見据えた。
「……もう引き返せへん。ここまで来たら行くしかないんや」
「わ、分かってるけど……ほんまに怖いな……」
ケンタは肩をすくめながらも、足を止めなかった。
ハルトは冷静な声で言った。「足を止めたら、余計に呑まれる。進むぞ」
三人は互いに視線を交わし、息を合わせるように恐る恐る石灯籠の並ぶ道へと足を踏み入れた。青白い光がゆらめき、まるで彼らを誘うように奥へ奥へと続いていた。
青白い灯籠の光に導かれて進むにつれ、森の空気は一層重苦しさを増していった。霧は濃く、吐く息さえ白く溶ける。湿った匂いが鼻を突き、まるで土の中に閉じ込められているかのような圧迫感があった。三人の靴音だけがぬかるんだ土に沈み、心臓の鼓動と混ざり合ってやけに大きく響く。
最初は風のざわめきかと思った。けれど、その音はだんだんと形を持ちはじめ、はっきりした言葉へと変わっていった。
「……戻れ……」
「……命を……捨てるな……」
湿った囁きが、四方八方からじわじわと迫ってきた。声は男とも女ともつかず、老人にも子どもにも聞こえる。何十もの声が重なり、耳の奥を這いまわるように響いてくる。
「や、やめろ……! 聞きたない……!」
ケンタは両手で耳を塞ぎ、しゃがみ込むように叫んだ。肩は小刻みに震え、目尻には涙がにじむ。心の奥底に隠していた弱さを見透かされ、突きつけられるようで、全身がすくみあがっていた。
「惑わすための幻や! 気にすんな!」
アラタは喉が裂けそうになるほど声を張った。実際には自分も恐怖で喉が詰まりそうだったが、必死に仲間を守るように叫ぶ。拳を強く握りしめ、声を響かせることで心の震えを抑え込もうとしていた。
その横で、ハルトが低く呟いた。「……誰かの声に似せてる。たぶん、親とか、友達とか……心の奥に残っとる声や。これは精神を試す罠や」
アラタとケンタは一瞬顔を上げ、ハルトを見た。彼の言葉は冷静に聞こえたが、その瞳の奥にも不安の影が揺れていた。それでも、彼の分析が二人を現実へ引き戻す支えになった。
「……罠やったら、負けたら終わりやな」
アラタが息を切らしながら言う。唇は強く噛み締められ、血の味が口の中に広がった。
「怖い……けど、俺ら……一緒や」
ケンタは震える声でそれだけを言い、耳を塞いでいた手を少しずつ離した。囁き声はまだ続いていたが、仲間の存在が恐怖を押さえ込んでくれていた。
「そうや。一人やったら呑まれる。でも三人で進めば……越えられる」
ハルトは短く言い切り、前を睨んだ。
囁き声はなおも絡みつくように「戻れ」「死ぬぞ」と繰り返していたが、三人の足は止まらなかった。互いの存在が、重苦しい森の中で唯一の道しるべとなっていた。
囁き声はなおも森全体にまとわりつき、三人の耳を侵していた。低く湿った声が「戻れ」「命を捨てるな」と繰り返し、足を止めさせようとする。胸の奥に重しが乗ったようで、一歩踏み出すたびに全身が軋む。冷たい汗が背中を伝い、喉はからからに乾いていた。
「……もう、無理や……! 耳から離れへん……!」
ケンタが半ば泣き声で叫び、両手で頭を抱えた。膝ががくがく震え、足が地面に縫いつけられたように動かない。
「俺らには御朱印がある!」
アラタが声を張り上げ、拳を突き上げた。心臓は爆発しそうに高鳴っていたが、その声には必死の気迫が宿っていた。自分自身に言い聞かせるように叫びながら、仲間を奮い立たせるために全力で声を響かせた。
「三人で来たんや! 一人やない、怖がるな!」
ケンタは涙目でアラタを見つめ、唇を噛んだ。「……ほんまに……一人やないんやな」弱々しい声だったが、そこには仲間に支えられた勇気があった。
ハルトは二人を見据え、低く、しかし強い声で告げた。「立ち止まったら呑まれる。進むしかない!」
その言葉は氷のように冷たく鋭かったが、同時に心の奥を照らす炎のようでもあった。三人の胸に、小さな勇気の火が確かに灯った。
そのとき、トラが先へ駆け出した。白い霧をかき分け、小径の先で立ち止まり、振り返って「ニャー」と鳴く。青白い光を背に受けた小さな姿は、まるで道を示す灯火のように見えた。
「……トラが呼んでる!」
アラタが声を張り上げた。ケンタは涙を拭い、必死に足を前へと踏み出した。「……行こう……! もう怖がらへん!」
「ここを抜けたら、次が見えるはずや」
ハルトが短く言い、三人は互いに頷き合った。足元はまだ震えていたが、心には確かな力が宿っていた。
三人と一匹は最後の力を振り絞り、囁き声の道を突き進んだ。囁き声はなおも「戻れ」「死ぬぞ」と絡みついてきたが、その言葉はもう彼らの耳には届かなかった。仲間の声と気配が、恐怖を押し返す壁となっていた。
やがて足元の霧が薄れ、出口の光がぼんやりと見えてきた。三人は荒い息を吐きながらも、その光へと駆け抜けた。霧の向こうには、さらに広がる舞台が待ち受けていた。
額から汗が滴り落ち、胸は上下に激しく波打っていた。それでも三人の目には、恐怖を超えた決意が宿っていた。囁き声の試練を越えた彼らは、次なる冒険の段階へと踏み出していた。
森の奥は、異様なほどの静寂に包まれていた。さっきまでかすかに感じていた風のそよぎも、木の葉のざわめきも消え失せ、音という音がすべて吸い取られてしまったようだった。残されたのは自分たちの靴音と、緊張で速くなった鼓動の音だけ。そのわずかな響きさえ、森全体に反響しているかのように耳に重くのしかかってくる。
空気は冷たく、肌にまとわりつく。夏の蒸し暑さとは無縁の冷気が、骨の芯にまで忍び込んでくるようで、三人の肩は自然と竦んだ。木々は不自然にねじれ、絡み合った枝が空を塞ぎ、月夜の光さえ閉ざしていた。木の幹は人の顔のような模様を浮かび上がらせ、まるで無数の視線が背後からも前からも突き刺さってくるような圧迫感があった。
「ここ……ほんまに生き物おらんのか……?」
ケンタが声を絞り出した。いつものおどけた調子は影もなく、震えを帯びた声が霧に吸い込まれていく。普段なら森の中は蝉や虫の声で騒がしいはずなのに、この場所には一匹の気配すらない。それが逆に恐怖を際立たせ、彼は両腕をぎゅっと抱きしめて小刻みに震えた。
「気持ち悪ぃ……なんか、誰かに見られてるみたいや」
言葉が漏れるたびに喉が乾き、足取りが鈍くなる。後ろを振り返りたい衝動に駆られたが、背後にはさっき通り抜けた落ち武者たちの姿がまだあるような錯覚がまとわりつき、振り向くことすらできなかった。
アラタは唇を強く結び、視線を前へと向けた。鼓動は激しく、心の奥には同じ恐怖が渦巻いていたが、それを押し殺すように声を張った。
「戻られへんやろ。進むしかない」
強気に言い切ったその声は、かすかに震えていた。だが仲間を鼓舞する力は十分にあった。ケンタはアラタの横顔を見つめ、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。
ハルトは二人のやり取りを黙って見守り、冷静な表情を崩さなかった。だがその胸の内でも、冷たい緊張が張り詰めていた。それでも彼は短く「行くぞ」と言い、迷いのない足取りで前へ踏み出した。
三人と一匹は互いの気配を頼りに、音を飲み込む森の奥へと進んでいった。
不気味な静寂の中を進んでいくと、やがて森の闇がふっと開けた。そこには、苔むした石灯籠が左右にずらりと並ぶ小径が姿を現していた。長い年月を経て角が削れた灯籠は、ひび割れや欠けを抱え、ところどころは苔と蔦に覆われている。それなのに、灯りを入れた痕跡のない空洞の中で、淡い薄青色の光がゆらゆらと揺らめいていた。まるで幽霊火が灯籠に宿り、彼らを待ち受けていたかのように。
「……なんや、これ……勝手に光ってる……?」
アラタが思わず足を止め、目を見開いた。青白い光が霧に反射して、小径全体が別世界に変わったように見える。
「こわ……気味悪いで……」
ケンタは唇を噛みしめ、灯籠から視線を逸らそうとした。だが目を逸らせば逸らすほど、背後から無数の目でじっと見られているような感覚に襲われ、心臓がばくばくと音を立てる。
ハルトは冷静に目を細め、灯籠をひとつひとつ観察した。「これは……道しるべやろうな。けど、導くためか、それとも惑わすためか……」
淡々とした分析だったが、その声にはかすかな緊張が滲んでいた。
アラタとケンタは顔を見合わせ、言葉を失った。導かれるべきか、罠なのか、判断がつかない。
そのとき、トラが低く唸り声をあげた。耳をぴんと立て、しっぽを膨らませながら前方をにらみつけている。毛が逆立ち、背中が弓なりになっていた。まるで、この先に見えない敵が潜んでいると告げているようだった。
「トラまで……こんなん初めてや」
ケンタがか細い声を漏らす。背筋がぞくりと冷え、足先から力が抜けそうになる。
小径の脇に、苔に覆われた巨大な石垣の断片が転がっているのが見えた。
崩れかけながらも規則正しく積まれたその石は、ただの自然の岩肌ではなかった。
人の手で築かれたものの名残――それは安土城の石垣に酷似していた。
「……これは、安土城の残骸や」
ハルトが小さく呟いた。歴史の残滓がこの異様な森の奥で姿を現し、現実と幻想の境目を曖昧にする。アラタとケンタは息を呑み、言葉を失った。
「ほんまに……信長の時代とつながっとるんかもしれん……」
ケンタの声は震えていたが、その目には恐怖と同時に好奇心の光もわずかに宿っていた。
アラタは拳を握りしめ、前を見据えた。
「……もう引き返せへん。ここまで来たら行くしかないんや」
「わ、分かってるけど……ほんまに怖いな……」
ケンタは肩をすくめながらも、足を止めなかった。
ハルトは冷静な声で言った。「足を止めたら、余計に呑まれる。進むぞ」
三人は互いに視線を交わし、息を合わせるように恐る恐る石灯籠の並ぶ道へと足を踏み入れた。青白い光がゆらめき、まるで彼らを誘うように奥へ奥へと続いていた。
青白い灯籠の光に導かれて進むにつれ、森の空気は一層重苦しさを増していった。霧は濃く、吐く息さえ白く溶ける。湿った匂いが鼻を突き、まるで土の中に閉じ込められているかのような圧迫感があった。三人の靴音だけがぬかるんだ土に沈み、心臓の鼓動と混ざり合ってやけに大きく響く。
最初は風のざわめきかと思った。けれど、その音はだんだんと形を持ちはじめ、はっきりした言葉へと変わっていった。
「……戻れ……」
「……命を……捨てるな……」
湿った囁きが、四方八方からじわじわと迫ってきた。声は男とも女ともつかず、老人にも子どもにも聞こえる。何十もの声が重なり、耳の奥を這いまわるように響いてくる。
「や、やめろ……! 聞きたない……!」
ケンタは両手で耳を塞ぎ、しゃがみ込むように叫んだ。肩は小刻みに震え、目尻には涙がにじむ。心の奥底に隠していた弱さを見透かされ、突きつけられるようで、全身がすくみあがっていた。
「惑わすための幻や! 気にすんな!」
アラタは喉が裂けそうになるほど声を張った。実際には自分も恐怖で喉が詰まりそうだったが、必死に仲間を守るように叫ぶ。拳を強く握りしめ、声を響かせることで心の震えを抑え込もうとしていた。
その横で、ハルトが低く呟いた。「……誰かの声に似せてる。たぶん、親とか、友達とか……心の奥に残っとる声や。これは精神を試す罠や」
アラタとケンタは一瞬顔を上げ、ハルトを見た。彼の言葉は冷静に聞こえたが、その瞳の奥にも不安の影が揺れていた。それでも、彼の分析が二人を現実へ引き戻す支えになった。
「……罠やったら、負けたら終わりやな」
アラタが息を切らしながら言う。唇は強く噛み締められ、血の味が口の中に広がった。
「怖い……けど、俺ら……一緒や」
ケンタは震える声でそれだけを言い、耳を塞いでいた手を少しずつ離した。囁き声はまだ続いていたが、仲間の存在が恐怖を押さえ込んでくれていた。
「そうや。一人やったら呑まれる。でも三人で進めば……越えられる」
ハルトは短く言い切り、前を睨んだ。
囁き声はなおも絡みつくように「戻れ」「死ぬぞ」と繰り返していたが、三人の足は止まらなかった。互いの存在が、重苦しい森の中で唯一の道しるべとなっていた。
囁き声はなおも森全体にまとわりつき、三人の耳を侵していた。低く湿った声が「戻れ」「命を捨てるな」と繰り返し、足を止めさせようとする。胸の奥に重しが乗ったようで、一歩踏み出すたびに全身が軋む。冷たい汗が背中を伝い、喉はからからに乾いていた。
「……もう、無理や……! 耳から離れへん……!」
ケンタが半ば泣き声で叫び、両手で頭を抱えた。膝ががくがく震え、足が地面に縫いつけられたように動かない。
「俺らには御朱印がある!」
アラタが声を張り上げ、拳を突き上げた。心臓は爆発しそうに高鳴っていたが、その声には必死の気迫が宿っていた。自分自身に言い聞かせるように叫びながら、仲間を奮い立たせるために全力で声を響かせた。
「三人で来たんや! 一人やない、怖がるな!」
ケンタは涙目でアラタを見つめ、唇を噛んだ。「……ほんまに……一人やないんやな」弱々しい声だったが、そこには仲間に支えられた勇気があった。
ハルトは二人を見据え、低く、しかし強い声で告げた。「立ち止まったら呑まれる。進むしかない!」
その言葉は氷のように冷たく鋭かったが、同時に心の奥を照らす炎のようでもあった。三人の胸に、小さな勇気の火が確かに灯った。
そのとき、トラが先へ駆け出した。白い霧をかき分け、小径の先で立ち止まり、振り返って「ニャー」と鳴く。青白い光を背に受けた小さな姿は、まるで道を示す灯火のように見えた。
「……トラが呼んでる!」
アラタが声を張り上げた。ケンタは涙を拭い、必死に足を前へと踏み出した。「……行こう……! もう怖がらへん!」
「ここを抜けたら、次が見えるはずや」
ハルトが短く言い、三人は互いに頷き合った。足元はまだ震えていたが、心には確かな力が宿っていた。
三人と一匹は最後の力を振り絞り、囁き声の道を突き進んだ。囁き声はなおも「戻れ」「死ぬぞ」と絡みついてきたが、その言葉はもう彼らの耳には届かなかった。仲間の声と気配が、恐怖を押し返す壁となっていた。
やがて足元の霧が薄れ、出口の光がぼんやりと見えてきた。三人は荒い息を吐きながらも、その光へと駆け抜けた。霧の向こうには、さらに広がる舞台が待ち受けていた。
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