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第三章
夢の続き
しおりを挟む朝の5時半に目が覚めた美晴。
弁当箱にご飯をつめる。
フライパンの中で、
はねてきたウインナーを
菜箸で転がしながら美晴は、ふと、思い出すように顔を上げる。
昨日の夜……
「俺と結婚する気ある?」
真面目な顔で言った
佐伯の顔を思い出していた。
(夢だったのかな?)
ベッドサイドへ行き、
携帯電話を手にした美晴。
連絡帳の欄を開く。
「えっと、サ行は」
サ行の欄、一番上に
佐伯隆の名前が入っていた。
(夢じゃなかった。
彼の連絡先が
確かに入っている)
(少し、飲みすぎたかな?
左の目の奥がズキズキする)
こめかみに手をやる美晴。
(二日酔いじゃなければいいな)
(昨日の彼との運命みたいな再会は、
私の人生において最高の瞬間だし、
最高の思い出となるべき日だったもの。
最高の思い出を
二日酔いなんかで
台無しにしたくない)
うっとりと
写真でも見るかのように
携帯に表示された彼の連絡先に
じっと見入っている美晴。
思わずにやけそうな顔を
ひきしめる為、
美晴は頬と口元に力を入れた。
それでも、ずっと
美晴は、
飽きることなく
彼のアドレスを見ていた。
顔洗って簡単な化粧を施し
身支度を整えてから、
朝ごはんを食べる。
スモーキーオレンジのプルオーバーを着て、
レースのロングスカートを
履くと美晴は外へ出た。
(今日は気分的に
ふんわりしたスカートを
履いて行きたい気分だった)
マンションの廊下に
出てところで、
バッグの中にある
携帯が鳴った。
紺色のトートバッグを
かき回して携帯を探した。
やっとの事で
携帯を見つけ画面を見て、
美晴は、はっとして立ち止まった。
画面には、
佐伯さん、
と出ている。
慌てて通話ボタンを押す。
「お、おはようございます」
完全に上ずった声。
「おはようございます。
佐伯です。
朝から申し訳ありません。
昨日はお疲れ様でした」
(あまりに律儀な言い方をされると、
なんだか仕事みたい)
「いえ、こちらこそ。
ありがとうございました。
あの、どうかされましたか?」
「今夜、時間ありますか?」
「今夜ですか?」
「良ければ、
食事でも一緒に出来たらって」
(願っても無い
夢の続きのお誘いだわ)
「はい。
でも仕事が終わるのが
遅いんですけど」
「でも、夕飯は食べるでしょ?」
「はい」
「じゃあ、新木さんの仕事場の近くまで
車で迎えに行きます」
「そんな、ご面倒では?」
「いえ、
迎えに行きたいんですよ。
俺が」
佐伯の言葉に美晴は、
胸を抑える。
(どうしよう。
彼のなにげない一言に
こんなに胸が躍る)
(彼とまた会えることが
すごく嬉しい)
「では、失礼します」
見えないにも関わらず
美晴は、お辞儀をしていた。
話し終えてから、
携帯をバッグにしまうと
マンションの廊下から見える景色を眺める美晴。
(まるで
引っ越してきたばかりで
初めて眺めた景色ようだわ)
駅までのアスファルトの道。
回転寿司チェーン店の大きな駐車場に立つノボリ。
行きかう人々。
いつもなら
ごく普通で
なんの変哲もない風景。
(今日は、なにもかもが新鮮で、
誰もがいい人そうに見えるわ)
美晴の足取りは、
軽く浮き上がりぎみ。
いつも通りがかる
グレーの建物の印刷会社。
その建物の庭に
ひまわりが数本植えられていた。
今は、蕾が出てきた状態で
上を向いて伸びている。
あと、二十日くらいたてば黄色い花が見られそうだった。
(私の心にも
新しくて青々した
緑の葉が育ってきたようだわ)
(このひまわりが
咲く頃には、
敬語を使わなくても会話が
自然に出来るようになっているかしら?)
美晴の勤める歯科医院は、
自由が丘の駅を降りて、
正面口から徒歩10分程の所にポツンと存在する。
洋風の白い壁の建物で外観。
(院長先生は、
体力も若い人には負けていないし、
視力も少しも衰えてないと
本人は常日頃豪語している。
何を根拠に言っているのか、
さっぱり見当がつかないけど)
歯科医院内の診察台前に立つ美晴。
(歯科衛生士の専門学校を
卒業してから長年勤務してこれたのは、
居心地のよさも関係するだけど
院長先生の優雅さと
ゆったり性格が
好きだったからなのよね)
院長が患者さんが帰った後、
ため息交じりに美晴に言った。
「新木くん、
きみには申し訳ないが、
もうそろそろ引退を考えておるんだよ」
心なしか切なそうで、
寂しげな笑顔の院長先生は、少し美晴に頭を下げた。
白い髪の毛がさらりと揺れた。
「引退……ですか。
あの、いえ、私の方こそ大変お世話になって」
(いずれ来る話だと
覚悟をしていたけれど。
でも、それが今日だとは考えていなかった)
「今年いっぱいにするつもりなんだよ。
そこで、新木くんが良ければ
知り合いの歯科医院を紹介するよ」
(院長先生は、今後の私のことまで
考えてくれていたんだわ)
「少し考えてもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
院長先生は、ゆったりと微笑んだ。
院長室へ戻っていく
後ろ姿を見ていた。
院長の小さな肩。
(なんだかやりきれないわ)
ふうっと
ため息をついてから、
美晴は残っていた拭き掃除の続きを始めた。
夜の自由が丘駅前。
キョロキョロと
辺りを見回していた美晴。
「お待たせしました」
息を弾ませて
南国の海のような風景の描いてあるTシャツに
ブルージーンズ姿で爽やか過ぎる彼が目の前に現れた。
思わず顔を
ほころばせる美晴。
「あっ、いいえ。
今日はお仕事、お休みですか?」
「ええ、交代制の勤務なので」
「車は、近くの駐車場に
置いてきました」
「それなら自由が丘で
夕飯を食べましょうか」
「そうしますか」
(見慣れた街を
彼と並んで歩くって、
なんだか新鮮な野菜を
手に入れた時の喜びに
少しだけ似ているわ)
彼の横顔をちらっと
盗み見る美晴。
(長い睫毛。奥まった目。
フェイスラインのたるみが
無いのも奇跡だわ。
30歳近くになると
男女問わず、
顎のラインが
たるんできたりしそうなものだけど
彼は違うようだわ)
向こうから来る人を
避けようとして、
彼の方に寄った時に
彼の逞しい腕に
美晴の肩が
ほんの少し触れた。
美晴は、触れた右肩を
特別なものみたいに
左手で擦る。
(呼吸をすることも難しい)
(歩き方すら
ぎこちなくなくないかしら?
当たり前のことが、
すごく難しいわ)
「ここです」
ステーキとハンバーグの美味しいお店。
(値段も手ごろだし、
アメリカンな店の雰囲気も悪くないのよね)
店内は、ほとんど席が
埋まっていた。
「ウェルカム!
おかけになって
お待ちくださーい」
カウボーイハット、
胸の部分に
派手な刺繍をあしらった
ブルーのウエスタンシャツ、
スリムなジーンズにウエスタンブーツの若い男の店員が、
明るい笑顔を振りまき、
席を待つ客の為に
用意された木の椅子を
手で示した。
「どうぞ、先に座って」
勧められるままに
座った美穂の隣に
彼が座る。
店内には、
明るめのカントリーミュージックが流れていた。
「楽しそうな店ですね」
彼は、笑顔で
店内を見回している。
「新木さんは、
休みの日に
何をやってるの?」
椅子が近くて、
予想以上に彼の顔が
美晴に近づく。
(どうしよう。
ドギマギしない訳がなかった。
ただの異性でも
肩の触れ合う距離にいて、
向こうが自分の方を見ていたら、
緊張するのに)
(彼は、ただの異性ではなく、
特別な異性だもの)
「や、休みですか?
ええっと」
(一番、マシな答えをしたい)
「うん。そう、日曜とか」
彼は頬を緩めて頷いた。
「一人暮らしなので、
まとめて買い物とかします」
美晴は下を向いた。
(本当の事しか
思い浮かばなかったわ)
「俺もそう」
彼が微笑む。
注文して、終始、話をするのは彼。
(彼にどう答えれば
一番好かれるかしら?)
(かと言って、
考え込んですぐ返事を
出来ないようであれば、
きっと頭の回転の遅い女と
思われてしまうわ)
冷や汗をかきながらも
笑顔を絶やさなかった美晴。
(むっとしていたら、
愛想のない女と思われてしまうもの)
(食べ方にも
細心の注意をしないと。
音を立てて食べないように。
姿勢が悪くならないように。
こぼさないように)
「送りますよ。車で」
首を縦に振る美晴。
(本音を言えば、
彼と会えた今日と言う日を
もっと味わいたい)
車内に目立った物は
置いていなくて、
至ってシンプル。
試乗する車みたいだった。
少し走ったあと、
信号で停まる車。
「週末にうちに
遊びに来ない?」
佐伯の横顔が微笑んでいる。
「お、おうちに?」
「忙しいよね。急だし」
美晴は俯いてしまう。
(展開が速すぎやしないかしら?)
(でも、彼に会えることは、
いい夢の続きを
見られるのと同じくらいに
楽しみな事に違いないもの)
「いえ。大丈夫です」
(それしかない。
わずかでも躊躇したら、
こうして
せっかく出会えた彼と
二度と会えなくなるかもしれないもの。
その方が怖い)
(もっと会いたかったし、
もっと話したい。
結婚するとか、
しないとかではなくて
彼を知りたかった)
「良かった。
じゃあ、迎えに来るよ」
(彼の何気ない言葉が
心地よかった。
私のために
彼が動いてくれる事が、
もはや奇跡だって思えた)
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