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1章

13話 スキルと想像力

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「ごふっ! ゲホッ! ゲホッ!」
「……何やってるんだ」

 扉を開いて、ケイは盛大にむせ返っているカズハと、「あ……」と言葉を詰まらせているパトリックが固まった。
 顔の青いパトリックはオロオロしているだけで、説明はすると言葉を小刻みに伝えて、落ち着くまで噎せ続けたカズハ。
 落ち着いた頃に、驚かせたことを謝罪した。
 パトリックがいるだけで、大体予想はつく。

「水、入ったのか」
「あぁ。だから、今直接喉に流し込めないか挑戦してもらっている」

 もっと小さくしないと喉を通っていかないらしい、と呟いた。

「しかし、それは仕方がないとして少量過ぎるな。これだと連続的に行うパトリックさんの集中力の負担が大きい……」
「さすがに、それ以外の変形はできないんじゃないか」
「ホースを直に突っ込むみたいにできたら……」

 話を聞いていない。

「あ、そうだ。そのシャボン玉、細長くできないか?」
(それはシャボン玉にならないだろう)
「シャボン玉の元の液剤は、洗剤だ。大量の洗剤液を人がすっぽり入れるほどのリング状の針金に漬けて持ち上げると、洗剤液は筒上の形を保つ……あぁいや、でもそれだと上が塞がらないか……? 表面張力が」

 謝るパトリックに気にしなくていいと言ったカズハは、ケイに針金はないかと尋ねてきた。あるにはあるが、一階だ。それを取ってきてほしいと頼んでくる。
 彼は、簡単な材料でシャボン液の方を作るという。こちらも休みたいが、この男は自分の好奇心が収まるまでやり続けるに違いない。

 研究者気質というのだろう。学生時代にそういう何事も根詰めて調べなければ気が済まないような奴が、帝国の研究室へと所属した。

 振り回されていた学生が疲れた顔をしていたのを思い出す。まさか自分も似たようなことをする羽目になるとは。

 少し太めの針金を持ってきた頃には、彼は固形石鹸を熱心に溶かしていた。指で作った輪の中に薄い被膜が出来上がるほどの石鹸水を作った。手際よく針金を丸くして持ち手のついたリングを作り上げる。それを液体に漬けて持ち上げる。そうすれば、リングとつながってシャボン液が筒状になっている。

「こんな感じだ。パトリックさんのシャボン玉は、想像力に寄るところが多い。君は、スキルを半円状に展開したそれは、君が『こうできるかも』と思ったからじゃないか?」
「そう、ですね……」

 彼は手に持っていた筒状のシャボン液を手で割ると、軽く膜が張ったままのリングを軽く振れば、シャボン玉になった。今度はリングを星形にして振るう。すぐに丸いシャボン玉になった。
 
「君の想像力は、この針金の枠のようなものだ。君が『こうしたい』という考えれば、それを形作ることができると思う。すべての形に適応しているかどうかは分からないが、筒状にできるかやってみよう」

 そのシャボン液を使えば、瞬く間に細長いシャボン玉になっている。
 これ以上は細長くならないと彼はしょげる――直径五ミリほどの細長い液体が、彼の手元で浮かんでいる。

「十分細い。次は水で作ってみて、直接流し込んでみてほしい……そうだな、君が液体から生成するシャボン玉は、おそらく水の体積分しか作れないだろう。水を補充してくるから、持ってきたポーションで今ぐらい細長く作れるか、試しておいてほしい」

 カズハは、浮かんだままのそれに指を差してから、部屋へと戻る。水を入れたボトルの隣に並ぶ四種類のポーションを見て、ケイはカズハを睨んだ。

「お前、その四種類どこから持ってきた」
「備品室だ。ハウルさんに使っても良いポーションを分けてほしいと頼んだら、プレゼントしてくれるって。やっぱり、高級品か? それなら、給料から差し引いてくれれば良いが」
「その赤い上級ポーションはお前の給料約一年分だ」
「そうなのか。ハウルは太っ腹だな。でも、あの時間に備品在庫確認を一人に任せて大丈夫なのか? 夜になれば集中力が落ちるだろう」
「ハウルは専属で備品管理をしているんだ。備品個数を数えるのが上手いから問題はない。俺達の数え間違いをよく見付けてもらっている」
「……君が、数え間違いを? 何か、ケイさんの生真面目なイメージに合わないが。一〇回ぐらい数えてそうだ」
「さすがにそんな時間をかけてられるか。せいぜい三回だ……それでも、念入りに数えても、間違えるものは間違える……」
 
 五回数えても間違えた時はさすがにケイも凹んだ。冒険者ギルドの仕事を始めたばかりの頃、数えるだけでも大変なんだなと痛感した。

「備品管理は、彼一人でやっているのか?」
「あぁ、一人でやっている」
「一人でか……昔から?」
「あぁ。最初は私も、一人に任せるのは不安だったから、何度もハウルと共に確認してきたが……ハウルの方が在庫管理に適任であると、私も納得だ」

 パトリックに使っても良いポーションを教えるようケイに頼むと、カズハは部屋を出て行った。彼がいなくなると途端に不安そうになる。

 いたたまれず、パトリックに練習を促した。 
 しかし、やるだけやってもらったが、カズハがいつまで経っても戻ってこなかった。
 ギルド内で何かあるとは思えないが、パトリックが余計不安そうに落ち着かない。見てくると彼に言い残して、厨房へ向かう。

「……何で手伝ってるんだ」
「ギルマスが私に酒場の手伝いをしてくれと無理難題を吹っ掛けたからだ。ちなみに、試用期間の人間に支払われる給金はいくらだ?」
「小銀貨八枚だ」

 礼を言ったカズハはパトリックに実験は明日に延期することと、眠くなったら寝かせるようにと伝えたカズハは水の入っているボトルを押し付けると、手際よく肉を切り分ける作業に戻った。
 その姿に疲れは見て取れたが、再度ベッドで寝かせるように念を押してケイを厨房の外へと押し出した。
 部屋に戻ってから事情を説明すると、パトリックは寂しそうに、そうですか、と呟く。明らかにしょんぼりしている。

「その……――パトリックに提案があるんだが……」
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