婚約破棄で処刑? いいけど、死ぬのは其方です

富士山のぼり

文字の大きさ
1 / 6

王太子の婚約者

しおりを挟む
 今でも夢に見る幸せな光景がある。
 場所は屋敷の広い庭、あるいは遠くの領地にある広い草原だ。
 そこを私と幼馴染の男の子が歓声をあげて無邪気に駆け回って遊んでいる光景である。
 勿論、私達の傍には両家の家族が勢ぞろいしている。誰も亡くなってはいない。
 
 私は当時、両親とそのお供達の温かい目にいつまでもずっと見守られていると思っていた。
 しかし、今は誰も居ない。
 仲の良い幼馴染もどことなく遠い存在になってしまった。
 それが辛い現実だ。


「あら、今日も居るのね。あの呪われ女」

「何であんな方が王太子の婚約者なのかしら」

「何か王家の弱みでも握っているんじゃないのか?」

「おかしいわよね。あんな方よりよほどふさわしい方はいくらでもいるわ」

「あんな方が婚約者だというなら私達だって……ねえ?」


 王立学園の廊下を歩いていると堂々と陰口が聞こえて来た。
 わざと私に聞こえる様に噂している。
 そんな性格の悪さだから相手にされないんだとなぜ気づかないのだろうか。
 私としては殿下などよりこの娘達の頭の中身に興味がある。

 侯爵令嬢という高貴な肩書と地位を持つものの、私が学園でその扱いを同級生から受けた記憶は無い。
 あったとしても表面上のものだ。
 
 なぜなのかは理解している。
 私が王太子殿下の婚約者だという事実を認めない者が多数存在するからである。

 王家が決めた婚約であるのになぜその様な状況が発生するのか?
 一言で言うと王太子殿下ご自身がその状況に納得していない事が大きい。
 その証拠に殿下は明らかに耳に入っている私への中傷を止めようとはしない。
 先に述べた同級生達が私を軽んじる事はその事が遠因となっている。

 確かに王太子の側から私に文句を言いたいことはあるだろう。
 王家直系の代々されてきた美しい容貌。そして文武両道の見事な才能は万人の認める所である。
 翻って、卑下するつもりは無いが私の容姿は貴族令嬢としては至って凡庸である。
 少なくとも王太子と釣り合う器量とまでは言えない。

 更に私自身に他者との協調性が欠けている事も原因なのだろう。
 尤も、意見を言わせてもらえばこれは後天的なモノだ。
 貴族間で我が侯爵家を忌避する傾向があるからである。

 この事に関しては何も言えない。
 実際、お爺様の代に我が家で凄惨な猟奇殺人事件があったからだ。

 殺人者はお父様の実家である当時の侯爵家嫡男。
 そして被害者はお母様の実家である伯爵家の令嬢。
 つまり現侯爵家は外部から貴族の配偶者を娶る事が難しくなった両家が結びついた結果という訳だ。

 殺人者と被害者が同じ家族になる異様さは当時大分話題になったらしい。
 おそらく貴族にとどまらず平民達の間でも呪われた家として騒がれた我が家を知らぬ者はいないだろう。
 かくして私は生まれた時から『呪われ令嬢』の異名を世間から賜った訳である。
 
 だが幼少期にはつらい思いをする事も無かった。
 当時の侯爵家・伯爵家の交友関係で付き合いを切らす事が無いごく少数の家もあった。
 私の幸せな記憶は大部分がそういう方達の間で育まれたものだ。
 その時の記憶があるから私は絶望せずにいられるのである。

 廊下の先から人の形を纏った今の現実が歩いてきた。
 学園でも特に親しくしていない私の婚約者である。 
 恭しく後ろに付いてくる未来の側近達の中に、私の幼馴染が居た。
 そして私の立場ととってかわる気満々のアルタウス伯爵令嬢も。
 その指には学生に似つかわしくない家紋をあしらった豪華な指環が嵌っている。


「やあ、ごきげんようカミラ。今日も研究室かい?」

「はい、殿下。失礼いたします」 


 特に親しげに言葉交わす事も無く五秒ほどで会話は終わる。
 いつもの光景だ。
 周囲の生徒達もその親も著しく勘違いしているが、別に私に殿下への愛情がある訳では無い。
 あるのは愛情でなくである。
 私は立ち去る王太子殿下の華やかな空気を背に研究室へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸せな人生を送りたいなんて贅沢は言いませんわ。ただゆっくりお昼寝くらいは自由にしたいわね

りりん
恋愛
皇帝陛下に婚約破棄された侯爵令嬢ユーリアは、その後形ばかりの側妃として召し上げられた。公務の出来ない皇妃の代わりに公務を行うだけの為に。 皇帝に愛される事もなく、話す事すらなく、寝る時間も削ってただ公務だけを熟す日々。 そしてユーリアは、たった一人執務室の中で儚くなった。 もし生まれ変われるなら、お昼寝くらいは自由に出来るものに生まれ変わりたい。そう願いながら

公爵令嬢の一度きりの魔法

夜桜
恋愛
 領地を譲渡してくれるという条件で、皇帝アストラと婚約を交わした公爵令嬢・フィセル。しかし、実際に領地へ赴き現場を見て見ればそこはただの荒地だった。  騙されたフィセルは追及するけれど婚約破棄される。  一度だけ魔法が使えるフィセルは、魔法を使って人生最大の選択をする。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

reva
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅
恋愛
 公爵令嬢はとある夜会で婚約破棄を言い渡される。  非常識なだけの男ならば許容範囲、しかしあまたの罪を犯していたとは。 「あなたの罪はいくつかしら?」 ・・・ 認証不要とのことでしたので感想欄には公開しておりませんが、誤字を指摘していただきありがとうございます。注意深く見直しているつもりですがどうしても見落としはあるようで、本当に助かっております。 この場で感謝申し上げます。

婚約破棄するんだったら、その代わりに復讐してもいいですか?

tartan321
恋愛
ちょっとした腹いせに、復讐しちゃおうかな? 「パミーナ!君との婚約を破棄する!」 あなたに捧げた愛と時間とお金……ああっ、もう許せない!私、あなたに復讐したいです!あなたの秘密、結構知っているんですよ?ばらしたら、国が崩壊しちゃうかな? 隣国に行ったら、そこには新たな婚約者の姫様がいた。さあ、次はどうしようか?

処理中です...