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第二十一話 激おこぷんぷんドリーム
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ケイside
蒼は瞳を逸らさず、俺の目を見てる。まっすぐで綺麗な目。
本当に話していいのかわからないまま、口が勝手に喋る。
「俺とその子は恋人じゃなかった。求められるまま応えて、だんだん好きになっていった」
ツインテールの、ふわふわした服を着ていたあの子。
両手にたくさん傷があった。
自称傷っていう、あれだ。
精神的に不安定で、組織の厄介者だった。
殺しの腕は一流だったから殺すか矯正して使うしかなくて。
精神科にも行ったけど、全部無駄だった。
たくさん勉強して、いい方に向かわないかと期待しては見たけれど無駄な知識が増えただけだった。
彼女は闇に染まった自分が好きだったんだ。
「古典的な方法で、子供ができちゃった。コンドームに全部穴が空いてた。
油断してたんだよね。生まれて初めてそう言う人ができてさ。
俺は小さな頃から組織にいて、途中から組織に入ってきたボスに可愛がってもらって、マシな人間になった。
だから、組織を抜けるなんてできなかった。
その子のお腹が大きくなって、赤ちゃんの足や手がお腹からにゅって伸びたりして。
命がここにいる、俺の子がいるって…愛おしくなった」
お腹の中から小さな手が、足の指がくっきり見えた。
あの時赤ちゃんは生きてた。
「お腹の子が愛おしくなると共に、元々不安定だった彼女がもっと不安定になった。
手首だけじゃなくて全身を切りつけて、俺が怒って、そんなことするなって言ってもやめてくれなかった。
むしろ、怒ると喜んでたな。
私とお腹の子どっちが好きなの?って言われて、二人とも好きだよって言ったけど納得はしてくれなかった。
ある日、帰ってきたら彼女はお風呂で氷水に沈んでた。真っ赤に染まった水の中で、真っ白な顔をして…お腹にもあざが沢山あった。
お腹の子が憎くなったんだって。
俺の愛情が取られると思って、そうしたって言ってた」
蒼の瞳が揺らぐ。
琥珀色の瞳がゆらゆらと揺れ始める。
「それで『私の事が好きなら殺して』って言われた。
俺のことが好きだから殺してくれって。
だから、首を絞めて、殺した。
限界だったのは俺の方かもしれない。
浴槽から引き上げて温めて、好きだから死なないで、って泣けばあの子は生きられたかもしれない。
でも、俺は殺したんだ。
その後、ボスが来て、チヒロが来て、コープシングが死体を持っていった。
あの子は、自分の誕生日を迎えるごとに俺にピアスを開けてた。
死んでからは俺が自分で二人分、開けた。
だから沢山ついてる。俺が殺したあの子と赤ちゃんを忘れないように、毎年増やして今はこんなジャラジャラになってる」
ゆらゆら揺れる琥珀から鋭い光が発せられる。
たくさん溜まった涙は溢れることなく、見開かれた瞳にだんだん吸い込まれていく。
「慧の話はそこで終わり?」
強い声で、蒼が名前を呼ぶ。
「終わり、だよ」
頬に両手が添えられて、真っ赤な顔の蒼が近づいてくる。
えっ??な、何この顔。
怒ってる?
「私は、とっても怒ってる。その子のやったことがとてもじゃないけど、許せない」
「え…?」
「その子自身の生き死にに関して、全部を慧に押し付けたの、自分勝手すぎ。
命は自分のもので、行き先を決めるのは自分の責任。
殺してくれなんて、傲慢な考え方許せない」
「ご、傲慢…?」
こくり、と頷いた蒼がキリリと双眸を引き締める。
「好きならそんな事させない。私なら勝手に自分で死ぬ。
その子が好きだったのは自分だけで、慧のことを最初から好きじゃない。その資格もない。
結果だけ見てもわかる。慧を閉じ込めて、所有して、傷つけて、生きている慧をまだ苦しめてる。
死んで楽になったのは誰?
あの子だけでしょ。子供まで巻き込んで。
自分の死を押し付けて、慧の人生を貶めて、トラウマを植え付けて、満足して望み通りの死を手に入れた。最低よ。」
「…蒼…」
「ピアス外したい。いい?」
「えっ?あ、あの」
「こんなのもうしないで。全部捨てて。こんな、こんな…その子のために慧を消費されるのなんか我慢できない」
たくさんついたピアスをゆっくり、ゆっくり蒼が外していく。
かちゃかちゃと無造作に床に落ちて、転がっていくピアスを呆然と眺める。
かわいそうに、辛かったねって言われると思ってた。
もしくは俺がやった事をなじられて、怖がられて、出ていくって言われると思ってたたのに。
カラカラとピアスの輪っかが転がる。
小さな宝石がついたピアスははじめてもらった物だ。鎖のピアスは最後にもらったもの。
ピアスが重たくて、慢性化していった頭痛。
大切にしていたピアスが床に転がって行くのに、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。
全部が床に転がって、散らばって、蒼がそれを乱暴に遠ざける。
「全部取れたよ。もう大丈夫。慧、こっち見て」
もう一度頬を優しく挟まれて、額がふれる。
大粒の涙がパタパタ瞳からこぼれた。
「こんな風に自分を痛めつけて。もうやめて。
慧が殺したのは相手じゃない。自分だよ。その子が死んでからもずっと苦しむ必要なんかない。
慧のせいじゃない。
自分の命を押し付けるなんて、本当に腹が立つ!最低!バカちん!!」
「あ、蒼…あの…ちょっと予想外の反応でびっくりしてるんだけど…」
「なんで?激おこぷんぷんドリームなんとかなんだけど!」
「ふはっ。なにそれ…あはは…」
思わず笑ってしまう。
怒った顔のまま蒼がボロボロ涙をこぼして顔を覗き込むもんだから、涙が顔に落ちてくる。
瞳の中に蒼の涙が落ちて、俺の眦から溢れる。
「……でもね。殺したのは事実だけど、その子の救いになったのは、間違いないの。
赤ちゃんはかわいそうだったけど、赤ちゃんを殺したのは慧じゃない。
人として、相手に対しての誠意を見せたのは慧だけだよ」
蒼の涙を追いかけるように、熱が迫り上がってくる。
喉が痛い。胸がズキズキする。
今更、どうして…。
「こわく、ないの?」
「慧の事?怖いわけないでしょ?
その子にあの世で会ったら、グーパンチするから。後で教えてね」
泣いたままにこっと笑われて、俺の涙腺が壊れる。
蒼がくれる涙の粒が、哀れみや恐怖でないことが……嬉しい。
抱きついて、溢れる涙が顔中を濡らしていく。蒼が力強く受け止めてくれて、優しく頭を撫でてくれる。
「慧のそう言うところ、好きだなぁ。優しすぎるよ…大好き」
思い切り目をつぶって、蒼に回した手の力を強める。
なんなの、この子。本当になんなの。
柔らかい体にしがみついて、ひたすら衝撃に耐える。
ゆらゆら体を揺らされて、震える声が子守唄を紡ぐ。
俺が知ってる中で、一番優しい子守唄。
組織の人間で子守唄なんか知ってるやつ、いるのかな。
俺は、赤ちゃんに歌ってあげようと思って覚えたんだ。
日本のはちょっと悲しい歌が多いから。
ただ、安らかに。
ただ、穏やかに。
今からでも、俺が殺したあの子に届くだろうか。
忘れることはないよ。
でも、俺の全部はもう、蒼のものだ。
俺は蒼のために、生きて死にたい。
蒼をそっと覗き見る。
すぐに目が合って、優しく微笑みながら包帯に包まれた指が涙を拭ってくれる。
「慧、かわいい」
「ぐすっ…かわいいとか、初めて言われた。」
お互い微笑んで、もう一度体をくっつける。
蒼の気持ちを整理するとか言っといて、俺の方がスッキリしちゃったじゃないか。
ふと、コープシングのニヤリと笑う顔が浮かんでくる。
あぁ、そうだな。すっかり救われてしまった。完敗だよ。
━━━━━━
「慧~?お鍋そっち持ってっていーい?」
「あっ、いいよ。重たいから俺が持つ」
「このくらい平気だよ」
「ダメダメ。危ないでしょ」
「ふふ、ありがとう」
今日は俺が作るはずだった夕食。
べそべそに泣いた俺と、蒼と二人で一緒に作った。新婚さんみたいだよね。
ちょっと浮ついた気持ちを必死で抑える。
鍋敷の上に置いて、蒼がエプロンを外しながらキッチンから出てくる。
自分の気持ちを自覚してしまうと、これは大変危ない状況な気がしてきた。
ボス、よく手出ししないでいるな…?
いや、してるか。うん、してるな。
「はー、お腹すいたね!」
「ん、じゃあいただきましよ」
かぱっと蓋を開けると、たくさんの鳥肉団子と白菜、にんじん、謎の白い物体。
塩味の鶏団子鍋なんだけど、蒼が食べたいと言った謎の食べ物が入ってる。
「いただきます!」
「いただきます。ねぇ、蒼これ何?食べたことあるの?」
「えっ!?ま、まさか知らないの??
ちくわぶ様を!?」
「様付けするほど好きなのね、理解した。
材料としては小麦粉なんだけど、見た目はちくわみたいだね」
「本当はおでんに入れて食べるんだよ。茹でたてのもちもちしたのも美味しいし、煮込んでほろほろ味がシミシミなのも美味しいの。
生麩が原型だったかな。精進料理として使われたらしい?と言うことしか知らないんだけど。とにかく美味しいから、食べてみて!」
斜めに切った真っ白なちくわぶと、野菜と肉団子を取り分けてくれる。
「ありがとう。蒼は鍋奉行似合うな」
「ふふ。いっぱい食べよー!」
ちくわぶを山盛りで食べてるし。
そんなに美味しいの?
なんとなく抵抗感のある白いギザギザ。
恐る恐る口にすると、もちもちした食感と薄く染みた出汁の味。
あー、これはすいとんみたいな感じかな。出汁の味がよくわかってこれは美味しい。
歯ごたえが癖になる。
「これ美味しいね。すいとんみたいな感じ?」
「そうだね、うどんとも同じかも?」
「あぁー!それだよ。なるほど。だからご飯はいらないんだね」
「うん。お腹に溜まるから気をつけてね」
「蒼もね…」
さっきからちくわぶしか食べてない。
好きなものにはとことんなんだな。
「幸せだなぁ。蒼が家にいて、一緒にご飯食べれるなんて」
「ふふ。大袈裟だねぇ。慧は食べたら目を冷やしてね」
「蒼もだよ」
ふふ、と二人で微笑み合う。
黙々と食べ進めて、あっという間に鍋がカラになる。
最後の方のちくわぶもまた格別だった。ほろほろになったおでん種としても食べてみたいな。
「お茶入れようか」
「あっ、わたしお水が欲しいな。東条さんが代謝を良くするためにお水たくさん飲みなさいって言ってたの」
「お、そうなの?じゃあ持ち歩き用の水筒明日持って行こう」
キッチンに鍋を片付けて、テーブルの上のお椀を重ねてる蒼を見つめる。
後ろから見ても可愛い。
俺は無事朝を迎えられるんだろうか。
お水を大きめのグラスに注いで、蒼の前に置き、重ねたお椀を持って行く。
「あー!わたしがやるよぉ」
「いいの。座って。お水飲んでて」
お椀をざっとすすいで、食洗機にセットする。
「やっぱり食洗機もあるんだねぇ」
「普通備え付けであるよね?」
「普通はないんだよ…庶民の家には…」
そうなの?俺も世間から外れてるからよくわかんないけど。
「お風呂どうする?お湯溜めてしっかり温まった方がいいと思うんだけど」
「そうしまーす」
「おっけー」
キッチンの脇にあるボタンを押して、食洗機を回す。
「ボタンひとつでお湯張るのも普通とか言わないよね?」
「普通じゃないんだね、その言い方は」
「うぅ。私の普通が通じない」
他愛無い話をしながら、自分も水を汲んで蒼の向かいに座り直す。
「毒の授業は明日のチヒロに引継いでもらおうか。今日はもう頭入らないでしょ」
「お腹いっぱいで若干眠気が…明日でも平気?」
「うん。大丈夫。メッセージしておく」
水を飲みながらポチポチとメッセージを送ると、了解とともに「蒼の気持ちがハッキリしないうちは手を出すなよ」と追加の返事が来る。
わかってますよっと。
蒼がパジャマを取り出して「しまった」と呟いてる。
「ん?どしたの?」
「あのぉ、手袋とか、ある?」
すっかり忘れてた。
指先に巻かれた包帯。さっき涙を拭ってたから、消毒もし直さないと。
そして、お風呂…。
「無いなら慧と一緒に入るしかなさそうだねぇ」
「はっ!?えっ!?」
「洗えないんだもん。昴も洗ってくれたよ」
「まじか」
こくり、と頷く。
いや、三助をすると思えばいい。服を脱ぎさえしなければいける。
大丈夫。多分。
「し、しかたない。お手伝いしましょう」
「よろしくお願いします!」
思わずニヤつく顔を蒼から逸らした。
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