降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

橘ふみの

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Episode.6

禁断は蜜の味③

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「不破さん」
「ん?」
「私に興味ありますか」
「え?」

 予想外の質問だったのか、少し焦ってる様子の不破さん。

「私に興味があるようには見えませんけど。私が『不破さんがいい』そう言ったら私の相手してくれますか?」
「……いやぁ、参ったなぁ」

 なんて言いながら苦笑いをしてる不破さんを見て、『やっぱりな』としか思えない。

「思ってもないこと、言わないほうがいいかと」
「ははっ。勉強になったよ、ありがとう」
「……結局、何が言いたかったんですか?」
「んー、なんだろうね。まあ、一つ言えるのは……僕が誠の“特別”に手を出すことは無いよ。絶対に」
「は、はあ……」
「だから安心して?」
「そう、ですか」

 ・・・さっぱり意味が分からない。

「それにしても遅いね、誠」

『紗英子さんって知ってますか?』なんて、聞けるわけがないよね。

「そうですね」
「ん? どうしたの? 浮かない顔して」
「いや……その……」
「言ってごらん? 僕でよければ相談とかも乗るよ?」

 ニコニコしながら私の顔を覗き込んできた不破さん。この距離感、どうにかなんないかな。イケメンって距離感はかるの下手くそ説。

「不破さん。あの、近っ」
「おい、何してんだ」

 不機嫌そうな声が聞こえて、私と不破さんがそっちを向くと、無表情で私達を見ている桐生さんが立っていた。

「ん? 見ての通り、何もしてないよ? ね、梓ちゃん」
「え、あ、はい」
「近ぇ」
「はははっ。そうかな? ごめんごめん」

 すると、ズカズカと近づいてきた桐生さんが、私と不破さんの間に割り込んできて、何食わぬ顔をしている。それを見て不破さんはお腹を抱えて爆笑してるし、私はどう反応していいか分からなくて、とりあえずキャベツを切ることにした。

 ジーッと、突き刺さるような視線を桐生さんから感じる。それに気づいてないふりをしてたけど、その視線があまりにも痛すぎて、ゆっくり上を見上げた。

 ・・・仏頂面の桐生さんが私をガン見してらっしゃる。

「な、なんでしょうか」
「別に」

『別に』とか言いながらも私をガン見し続ける桐生さん。私はダラダラと冷や汗を流して、ひきつった笑みを浮かべる。

「……あの、なにか?」
「別に」

 ダメだ、桐生さんが何を考えているのかさっぱり分かんない。それに、あの電話もなんだったのか……。

「……あの、電話大丈夫でしたか?」

 私がそう言うと、ほんの一瞬だけ少し目を大きくした桐生さん。

「……ああ」
「そうですか」

 私は視線を落として、再び包丁を握った。

 ・・・何を聞いてるんだろう私……え? 桐生さんの大きな手が包丁を握ってる私の手にそっと触れ、すっぽり覆って包み込む。

「やる」
「……?」
「俺がやる」
「……あ、ああ、いや私がっ」
「いい。いつもやってんだろ」
「ありがとう……ございます」
「ん」

 触れられた手がアツくて、心臓が飛び出ちゃうんじゃないかってほどドキドキする。ときめきが止まらない。桐生さんにこの想いが伝わることも、届くこともないんだろうな。

 ── それから桐生さんの手際よさに圧倒されながら、少しモヤモヤを残しつつ、謎なメンツでのタコパが始まった。

「旨いか?」
「はい! めちゃくちゃ美味しいです!」
「いやぁ、梓ちゃんって何をしてても可愛いね。食べてる姿に癒されるよ」
「オメェは黙って食ってろ」
「ははっ。誠も思ったことや考えていることは、ちゃんと“言葉”にしないと伝わんないよ~?」

 なんて言った不破さんの口に大量のたこ焼きを詰め込み始めた桐生さん。

「んっ! んんっ! んんんっ!」
「あ? うめぇか? そうか、ならもっと食えよ」
「んんっっ!!」

 こういうところは少し子供っぽいな。

「はいはい、もうやめましょうね」

 今にも窒息死しそうな勢いの不破さんを救うべく立ち上がって桐生さんと不破さんの間に立つと、涙目で私に縋る不破さん。

「おい、雄大っ」

 私へ覆い被さる勢いで立ち上がった桐生さんの胸元をベシッと押すと、ピタリと止まって私を見下ろす桐生さん。

「なんだ」

 ・・・いやぁ、めちゃくちゃ怒ってるぅぅ。

「お、落ち着いてください。不破さん窒息死寸前ですよ、桐生さん」
「あ? 知らん。テメェ、梓から離れろ……殺すぞ」
「ちょっ……!?」

 私に縋っていた不破さんを無理矢理ひっぺがした桐生さんは鬼そのもの。

「お前もお前だ、梓」
「え?」
「簡単に触れられてんなよ」
「……え? あ、はい……すみません……?」

 ── えっと、なんで怒られてるんだろう私。

「だぁぁーーっ!! 死ぬかと思ったぁぁ」

 なんとか甦った不破さんにホッとする。

 ・・・ホッとしたのも束の間。

「だいたい危機管理がなってねえ」
「危機感欠如しまくってんだろ」
「自覚ねぇのか」

 などなど、なぜか説教モードに入ってしまった桐生さん。けど、説教しながらも着々とたこ焼きは焼くし、私の口へたこ焼きを運んでくるし、その度に『旨いか?』って聞いてくるし。『美味しいです』って言ったら、満足げな顔をして『ん』って……これ、どういう情緒でいるのが正解なのかぶっちゃけ分からない。喜んでいいのか、反省してなきゃいけないのか。

「分かったか?」
「あ、はい」
「気安く男に触らせんなよ」
「はい」
「分かってんのか?」
「はい」
「誰にも触れさせんな」
「はい」
「指一本触れさせんなよ。分かったか?」

 ── あぁもうっ! めっちゃクドい!

「はいはい! 分かってますよ、分かってます! だったら桐生さんも触んないでくださいね!」
「あ? 俺はいい」

 とびっきりの矛盾キタァァーー!!

「矛盾してません!?」
「してねえ」
「してますよ!」
「俺はいい。俺以外はダメっつってんだ」
「なんですかそれ!」

 いやいや、意味分かんないよ!? どういうこと!? なんて思いつつ私はコップへ手を伸ばし、自分が飲んでいた水を一気に飲み干した。

「あっ!! それ!! 僕の!!」
「おい、梓! 吐け、今飲んだもん全部吐け!!」
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