降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

橘ふみの

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Episode.6

禁断は蜜の味④

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 一気に飲み干した後に気づいた。いや、飲んでる最中にめちゃくちゃ不味いとは思ったけど、勢いで飲んでしまった。

 ・・・これ、水じゃない……お酒だ。不破さんが飲んでたお酒を間違えて一気に飲んだ私の体は火照って、頭がフワフワしてぐわんぐわんする。

「おい、おい! 梓、吐け!」

 吐けって言われても、そう簡単に吐けないよ……。不破さんの声も桐生さんの声も歪んで聞こえて視界がぐるぐるしてる。これはもう、無理だ。

 ── ここでプツンッと意識が飛んでしまった。

「ん」

 あぁ、頭が痛い。重い目蓋をゆっくり上げると、とてもフカフカなベッドの上に寝転んでいる私。しかも、自分のベッドではないのが一目瞭然。

「……この匂い」

 桐生さんのベッドだ。私、なんで桐生さんのベッドで寝てたんだろう。えっと、間違えて不破さんのお酒を一気に飲んじゃって……それからぁ……記憶がない。

「……最っ悪、やらかしたぁ。頭痛いしぃ……」

 ・・・ていうか、こんなにも桐生さんの匂いに包み込まれてると変に意識しちゃうっていうか、めちゃくちゃドキドキしてくる。まるで桐生さんに抱かれてるみたいな、そんな感覚に陥る。

「今、何時だろう」

 起き上がってベッドから立ち上がろうした時、頭がクラッとして、そのまま崩れ落ちるように床へ座り込んでしまった。まだフワフワするし、アルコールが全く抜けてない気がする。全然力入んないし。

 すると、ガチャッと寝室のドアが開いたその先にいたのは、上半身裸の桐生さんだった。

「大丈夫か」

 そう言いながら座り込んでる私のもとへ来た……のはいいんだけど、桐生さんのバッキバキな肉体美が直視できない!!

「だっ、大丈夫です! すみません!」

 慌てて立ち上がったのはいいけど、頭も視界もグラついて、バランスを崩した私は後ろへ倒れた。

「梓!!」
「……っ!?」

 ── なんで……どうしてこうなった……?

 後ろへ倒れた私を桐生さんが助けようとして、私をベッドに押し倒してるみたいな感じになっちゃってる。

「悪い、大丈夫か?」

 私を見下ろす桐生さんがとても色っぽい。胸の高鳴りが激しさを増して、もう桐生さんのことしか考えられない。

 私、桐生さんのことが……好き。

「そんな顔で見んな、抑えが利かなくなる」

 私の頬に優しく手を添えて、壊れ物を扱うよう丁寧に撫でる桐生さん。その手の優しさ、温もり、全てが私を狂わせる。

「桐生さん……」

 私は桐生さんの瞳を見つめて、『あなたのことが好き』と心の中で呟いた。

「悪い、止められそうにねえ」
「お願い、止めないで」

 ── 完全に酔ってる、正常な判断なんてつくはずがない。この場の雰囲気と、お酒と、桐生さんに、ただただ酔いしれていた。

 部屋には私達が唇を重ねる音が響いて、何度も何度も角度を変えながら互いに求め合う。

 “禁断は蜜の味”……心も体も、甘く絆されていく。

「梓」
「桐生さん」

 何度求め合ったか分からない。唇が溶けて無くなっちゃうんじゃないかってほど、私達は口づけを交わし続けた。

 どこまでも優しく、丁寧にキスをしてくれる桐生さん。時々、『大丈夫か?』って気にかけてくれて好きが加速していく。これが“禁断”ってことは、頭では理解している。それでも、心が言うことを聞いてくれない。でも、恋ってそういうものでしょ? 理屈じゃないの、この想いは。

 ── チュッと唇に触れるだけのキスを落として、額にも口づけをした桐生さんは、少し名残惜しそうにゆっくり私から離れる。

「送ってく」

 私の頭を撫でて、ベッドから立ち上がった桐生さん。冷静になればなるほど、お母さんや美冬への罪悪感がのし掛かってくる。それでも私は、桐生さんのことがどうしようもなく好き。

「立てるか?」

 桐生さんが大きな手を私に差し伸べている。私はその手を取って、立ち上がった。

「歩けそうか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか」

 桐生さんの大きな手が私の手から離れて、ポンポンッと優しく頭を撫でる。これがどれだけ私を安心させ、心を満たしてくれているか……きっと桐生さんは分かってないだろうな。

「あれ? 不破さんは?」
「帰った」
「そうですか」

 寝室から出てリビングへ行くと、綺麗に片付けられていて、不破さんの姿はもうなかった。

「アイツのことが気になるのか」
「え?」

 ソファーに掛けてあったTシャツを手に取りながら、そんなことを聞いてくる桐生さん。その横顔は相変わらず何を考えているのか分からないけど、声のトーンがなんとなく……寂しそう。

「それってどういう意味ですか?」
「……いや、いい」

 Tシャツを着て私の頭を上に手をポンッと置くと、髪を少しワシャワシャしてきた。

「悪かったな」

 なに……それ……どういう意味? それは何に対しての『悪かったな』……なの? なんでそんなこと言うの、悪いことなんてしてないのに。喉の奥に何かがつっかえるような、胸がぎゅっとするような……それが苦しくて、もどかしい。

『キスなんかして悪かったな』……そういうことなの? そして、私の脳裏に浮かんできたのは“紗英子”の三文字。

「……ごめんなさい」
「ん?」
「ごめんなさい!」
「……っ!? おい、梓!」

 私は桐生さんの手を振り払って家へ戻った。もちろん桐生さんが追いかけてくることはない。そんなこと分かりきってる。でも……追いかけてほしかった自分もいて、なんか辛い。強引でもいい、引き戻してほしかった。無理矢理でもいい、またキスしてほしかった。

「……もう分かんないよ、桐生さん」

 桐生さんとのキスを思い返して、桐生さんのキスは『お前のことが好きだ』と伝えてくれるような、そんなキスだった。

 あの時、私には余裕なんてものは一切なくて、桐生さんに合わせるのがいっぱいいっぱいだったけど、とても大切にされてるのが伝わってきて、それがすごく嬉しかった。

 私の勘違いかもしれない、ただの自惚れでしかないかもしれない。でも、それでもいい……それでいいじゃん。“私が桐生さんを好きだという事実さえあれば、なんだっていい”。

「それに桐生さんは……」

 中途半端なことをするような人じゃない。恋人がいるなら絶対にあんなことしてこない。そんな人じゃないもん。

「私も中途半端じゃダメだ」
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