降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

橘ふみの

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Episode.7

覚悟はできた 桐生視点

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 ── あん時、梓の唇を奪った俺は感情が溢れて歯止めなんざ一切利かず、どうしようもなく梓を奪い尽くしたくなった。

 やわらかな唇と梓の甘い吐息が俺を駆り立てて、欲がいつ爆発してもおかしくねえ状態ではあったが、『大切にしてやりたい』という気持ちが先行して、ブッ飛びそうになる理性をなんとか繋ぎ止めて抑えつけた。梓の小さな頭に手を回して、唇をより深く重ねた。梓は不慣れながらも俺に応えようと舌を差し伸べてきて、それが死ぬほど愛おしくて心地いい。

 ・・・甘く、どこまでも甘く、何度も何度も欲しくなるような、体の芯から疼くあの感覚。全身が熱を帯びて、どうしようもなく欲しくて、俺だけのモノになっちまえばいい……そう強く思った。

 梓の全てが愛おしくて、愛おしくて、たまらない。

 他の誰かのモンになんてなるなよ、俺だけのモンになってくれ。奪われなくねえ、失いたくねえ。梓、お前の全てを俺にくれ。心も体も、全部俺に。

「……チッ、何やってんだ俺」

 ごちゃごちゃ考えて、俺の手を振り払って出ていった梓を追いかけていいものか俺には分からなかった。追いかけても怖がらせるだけなんじゃねぇか、拒否られるんじゃねぇか……そんなことばかりを考えて、何を臆病になってんだか。

 そもそもキスをしたのが間違えだったのか……? まあ、どう考えても順序っつーもんがあんだろ。アホか、俺は。あんなもん引かれるに決まってんだろ、いい歳こいた男が若ぇ女にがっついて。そりゃきしょくて逃げるわ。

「柄にもなく焦っちまったな、クソだせぇ」

 つーか『ごめんなさい』って、どういう意味だよ。

「はぁ。完全にミスってんだろ、これ」

 やっぱ怖がらせちまったか? 嫌な思いさせちまったか? 俺とのキスは、ただただ不快でしかなかったのか? まあ、高校生からすりゃ俺なんてもうおっさんだろうしな。そりゃ不快になられてもおかしくはねえか。

 ・・・なぁ、梓。お前はどんな気持ちで、どんな思いで、俺のキスを受け入れたんだ。

「なに考えてんだろうな、お前も俺も」

 いや、俺の気持ちなんざどうでもいい。梓の気持ちが一番大切で、梓の思いを第一に考えるのが大前提。俺の気持ちも想いも、二の次であるのには変わりねえ。

 だが、何よりも俺の“覚悟”ができてなきゃ意味がねぇだろうが。

「覚悟……ね。俺にできるか? 今まで逃げ続けてきたろ。そんな俺が本当にできんのか? 覚悟っつーもんが」


 ・・・いや、違ぇな。

「できるか? じゃねぇ、するんだよ」

 もう後戻りはできねぇ、いや……しねえ。覚悟はもうできた。グタグタと御託を並べて自分の感情から逃げんのも、ここで終わりだ。梓……お前はこの俺が手に入れる、必ずな。

 とはいえ、梓は訳あって一人暮らしをしているわけでまだ未成年者だ。その辺しっかりしなきゃなんねえ。俺は大人で梓はまだ大人と呼ぶには少し早ぇ。中途半端なことはできねぇだろうが。

 父親は……まあ、いずれでも問題はねぇか。あまり梓とも関わってる感じでもねぇしな。問題は……母親のほうか。とんぼ帰りになろうがなんだろうが何だっていい。ちゃんと直接会って話すのが筋ってもんだろ。

 スマホを手に取り、木村に電話をかけた。

 【お疲れ様です。どうしました? こんな時間に】
 【月城雫つきしろしずくにアポイントを取ってくれ】
 【と言いますと……それはビジネス的なものですか? それとも、プライベート的なものですか?】
 【あ? 両方だ】
 【そうですか、分かりました】
 【至急頼む】
 【承知しました……ところで誠さん、覚悟は】
 【……ああ、もうできてる】
 【そうですか、それを聞けて安心しました。では、私達も全力でサポートしますよ。誠さんの“特別”は、私達にとっても“特別”ですからね】

 ・・・俺の抑えきれない感情に、コイツらも巻き込むことになる。今までの俺ならそんなことは絶対にしない。だが、こればっかりは譲れねえ、諦めたくねえ。周りに迷惑をかけたとしても、それでも……どうしても……俺は月城梓が欲しい。

 【悪い】
 【そこは『悪い』ではなく、『頼む』ですよ。しっかりしてください】

 クスッと笑いながら優しい声で俺を諭すような木村に、自然と表情が緩んだ。ったく、敵わねぇな。

 俺ひとりの力じゃ守りきれねえ時は必ずくる。これは謙遜でもなんでもねえ。“俺だけの力で何からも守ってやる”……そんなことは口が裂けても言えねえ。言ってやれればいいんだが、そんなこたぁ言えるわけがねえ。

 ダッセェだの何だの言われたってどうでもいい。梓に惚れた時点でプライドなんざ有って無いようなもんだ。梓が笑って楽しく過ごせるなら、それを守るのは俺だけじゃなくてもいいってことだ。そんなくだらねぇプライドは、捨てろ。

 【梓を守ってくれ、頼む】
 【御意】

 木村の決意した声が、グッと胸をアツくする。俺は木村達も、梓も、全部引っ括めて、この命を懸けて守り抜く。この信念を曲げることはしねえ。貫き通す、押し通す。

 ── 覚悟はもう、できてんだ。
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