降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

橘ふみの

文字の大きさ
23 / 31
Episode.8

あの人に傘を貸すのは、この私①

しおりを挟む
 

 ── 土日は桐生さんに会うことはない。

 キス騒動があったからとかじゃなくて、元々土日に会うことなんてなかった。私達は平日の雨降りに傘を貸して、返されての関係。変な関係だって思われるかもしれないけど、私にとってその変な関係が何よりも大切なの。

 この土日で気持ちを整理して、桐生さんへ想いを伝えたい。でも、その前に美冬へ伝えなきゃいけない……私の大切な親友だし、それが筋ってもんでしょ。

「なによ、ボーッとして。美味しくないのー?」
「え? ああ、ごめんごめん。めちゃくちゃ美味しい。ていうか、すんごく可愛い」
「でしょ? 我ながら天才じゃね? って思ったわ」

 ── 『筋ってもんでしょ』とか偉そうなこと言っといてまだ言えてない、というか言えない。美冬が大切だからこそ、言えないよ、こんなの。

「天才だよ、美冬は。本当にセンスある」
「ははっ。褒めても何もねぇよ。つーか、ぼちぼち時間」
「うん……そうだね。ご馳走様でした」
「ほいほい。気をつけて帰りなよ~」
「うん、またね」

 和菓子屋から出て、心の中で“言いたい言えない”の押し問答をしながら歩く。結局、マンションへ帰ってきてしまった。

「……どうしよう」

 テレビも観ず、スマホを構うこともせず、ソファーに座ってただ天井を眺めた。時間も忘れて美冬のことばかりを考えている。

 ・・・怖い、どうしようなく怖い。美冬を失うかもって思うと、寂しくて、悲しくて、辛くて、怖い。

 美冬と離れたくなくて日本に残ったのも、男女交際が禁止されてて、それを破ったら海外行きなのも美冬は全て知ってる。なのに、桐生さんのことを好きになっちゃって、そんなの……美冬が快く思うはずがないって、そう思ってしまう。

『は? なにそれ。あたしのことはどうでもいいわけ? どーぞ、勝手にすれば?』

 なんて言わない、美冬はそんなこと絶対に言ったりしない。むしろ『いいんじゃね?』って、応援してくれると思う。それでも臆病な私は、余計なことを考えてしまう。

「美冬がいなきゃ私は……」

『ねえ、梓。あたしのこと何だと思ってんの? あたしはさ、梓が幸せだったらそれでいいの。あたしを理由に何かを諦めたり、遠慮とかすんのやめろよ』

 都合がいいだけかもしれないけど、美冬がそう言ってくれてる気がした。

「……ごめん、美冬。私、どうしようもなく桐生さんが好き」

 時計を見ると、もう20時を過ぎていた。美冬からこの時間帯はひとりで外出するなって言われてる。危ないからバイト先にも遅くには来るなって。でも、今すぐ……直接美冬に会って伝えたい。

 私は家を飛び出した。そして、美冬の言い付けを守らなかったことを後悔する。

「キミ、月城梓だよね」

 明らかに“普通”ではなさそうな男の人に声をかけられた。

「人違いじゃないですか?」
「桐生がえらく気に入ってるらしいじゃん」
「……すみません、急いでるんで」

 通り過ぎようとした時、腕を強く掴まれた。

「オレさぁ、アイツのこと嫌いなんだよねー」
「離してください」
「ま、恨むならアイツを恨みな? 後悔先に立たずってやつ」

 ── 後悔……? 私は後悔なんてしてないし、しない。

 こういうこともあるかもしれないってそう思ってたし、これが桐生さんのせいではないってことも、ちゃんと分かってる……理解してる。これが私の選んだ道、私自身が望んだ道なんだ。

 ・・・覚悟はもう、できてる。

「あの人に傘を貸すのは、この私」
「は? なに言ってんの?」
「……あの人に傘を貸すのはこの私なの!!」
「ハッ、意味分かんねえ~。そういうのどうでもいいからさぁ、ヤらせろよ」

 瞳に光を宿さない、何も映そうとしない、ただ憎しみに支配されてる……そんな目をして私を見る男。ここで連れ去られたらきっと私は……想像するだけで情けなく体が震えた。

「ククッ。いいね、その怯えた顔」
「は……なして……離して!!」

 周りの人は見て見ぬふり、誰も助けてくれない。

 いや、違う……そうじゃない。私は“覚悟”を決めたんだ。周りに助けてもらおうなんて、そんな甘い考えじゃこの先桐生さんの隣には立てない。自分でなんとかしなきゃ。

 私は男の腕に思いっきり噛み付いた。

「痛っ!!」

 掴まれていた腕が解放され、その隙に走り出す。

「こんのクソアマがぁっ!!」

 後ろでそう叫んでる男、私は振り向くことなく走った。このまま美冬のバイト先へ……いや、それはダメ。美冬を巻き込むわけにはいかない。

 ── 美冬……。

 私は和菓子屋の手前にある路地裏に入って先を進み、上がる息を必死に抑えて物陰に身を隠した。どうしよう、焦ってこんな場所へ来ちゃったけど、ここに入るのを見られてたかもしれない。こんなの逃げ場がっ。

「み~つけた」
「ひっ!?」
「馬鹿だねえ、キミ」

 胸ぐらを掴まれて、無理やり立たされると、ドンッ!! と壁に押し付けられて口を塞がれた。

「んぐっっ……!?」
「桐生のお気に入りは、どんな味かなぁ?」
「んんっーー!!」
「なあ、あの桐生を虜にしちゃうスゲぇテクニックとかあんの~? オレにもシしてよ」

 体をベタベタと触られて、それが気持ち悪くて仕方ない。

 触んないで。桐生さん以外に触れられたくない、触らせたくない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

番など、今さら不要である

池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。 任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。 その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。 「そういえば、私の番に会ったぞ」 ※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。 ※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...