降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

橘ふみの

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Episode.9

大嫌いだったはずなのに①

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 ── 美冬に私の気持ち、『桐生さんのことが好き』と伝えると『だろうね~。いいんじゃなーい?』みたいな軽いノリで拍子抜けしたのは言うまでもない。

 万が一、海外行きになったとしても『友情に距離なんて関係ねぇだろ』だってさ。

「てかさ、雫さんに言ったら?」
「……え」
「黙ってんのしんどくね? コソコソすんのもダルいじゃん」
「ま、まぁ……そうだけど。あ、ごめん。何か飲み物……何がいい?」
「ああ、なんか甘いもんで」
「おっけ~」

 なんて会話をしながらリビングにいた時だった。玄関のほうからガチャガチャッと物音が聞こえて、私と美冬は目を合わせた。さっきのこともあってか、美冬はすぐ臨戦態勢になって、私を隠すように前に立った。

「こんな時間に来客……なわけねぇよな」

 ありえない。ここのセキュリティを難なく通り抜けてきたってこと? 緊張と恐怖で心拍数が跳ね上がる。

「梓、どっかに隠れて」
「……い、嫌だ」
「は?」
「私も戦う」
「ったく、黙って守られとけよ」
「美冬がピンチの時、誰が助けるのよ。私しかいないでしょ」
「はっ、そもそも負けねぇし。舐めんなっつーの。とりあえずちょっと後ろにいてくんない? 動きづらいから」
「うん」

 美冬から数歩後ろへ下がって、役に立つかは不明だけど吸引力が凄まじいで有名な掃除機を手に取って構えた。

 ガチャッとドアが開いて、そこに居たのは──。

「たっだいまぁ~!!」
「「お母さん/雫さん!?」」
「サップラァイ~ズ!! って、なによアンタ達。何と戦おうとしてたわけ?」
「「はぁぁ」」

 私と美冬は深いため息を吐いて、お母さんをジトーッとした目で見つめる。

「なによ。嬉しくないわけ?」
「せめて梓には帰るよってくらい伝えといてくださいよ、びっくりするんで。あ、お邪魔してます」
「それじゃあサプライズになんないでしょ? それにしても美冬、アンタほんっと可愛いわね」

 お母さんが突然帰ってくることは過去にもあった。でも、大概が忙しくて帰ってこれないのが当たり前の人だから……。まあ、帰れる時に帰らないとってやつなのかもしれないけど。

「おかえり、お母さん」
「うん。ただいま」
「梓、あのこと雫さんに話したら? あたしも加勢するし」
「ええ? なんのこと? 何か大切な話?」

 ── うぉい、美冬。ありがたいんだけど、心の準備ってものが全くできてないのよぉ。

 いや、でも……いつまで経っても整うはずがない。今言わなかったらきっと言えずに終わってしまう。お母さんにも認めてほしい。桐生さんのことを隠してコソコソして、桐生さんとの関係を“イケナイこと”にするのは嫌だ。

「お母さん……あのね? 私、好きな人ができたの」
「……梓、うちの“掟”を忘れたとは言わせないわよ」
「分かってる、分かってるけど……もう、止めらんないの。どうしても好きで諦められない、諦めたくないの。私、桐生さんのことが好き!」

 お母さんは荷物をその場に置いて、私のほうへ向かってきた。

「ちょっ、雫さん!!」

 美冬も私も多分考えていることは同じだと思う。これは“即、海外へ連行パターン”だって。慌ててお母さんを止めようとする美冬。

「私、美冬から離れるのも桐生さんから離れることもしたくない。桐生さんへの気持ちを無かったことにするなんて……もうできない」
「梓、約束は守る為にあるの」
「まぁまぁ、雫さん」

 ── 世界一重い空気が流れている……と言っても過言ではない雰囲気。

「なぁぁんてねっ! もういいのよ、それは~」
「「……」」

 お母さんのリアクションに、どう反応していいか分からず固まる私と美冬。

「ちょ、待って。雫さん……どういうこと?」
「誠君ならいいよ~」

 “誠君”……? え、どういうこと?

「お母さん……もしかして……桐生さんのこと知ってるの?」
「会ったのは今日が初めてだけどね~?」
「へ……へえ……」
「実はね? 誠君のお母さんと私、お友達なのよ~!」
「「うぇえ!?」」

 美冬と私は全く同じ反応をして、開いた口が塞がらない。何々、どういうこと!? 意味分かんない! ていうか、そんな偶然ある!?

「このマンションも誠君のお母さんから勧められたのよ?」
「なによそれ! もっと早く言ってよ!!」
「言おうとしたのに梓が『ふーん。へえー』とか興味無さそうだったんだもーん」

 ── あ、ああ、たしかにそうだったかもしれない。

「で、雫さん」
「ん~?」
「いいんですか? あんだけ“鉄則”だのなんだのって、グチグチうるさかったのに」
「美冬、アンタ嫌な言い方するわね。誠君となれば話は別よ」

 ・・・拍子抜けもいいとこだよ、これ。でも、お母さんがそう言ってくれるのなら、もう迷う必要なんてどこにもない。

「お母さん、私……当たって砕けるから」
「いや、なんでフラれる前提なんだよ」
「フフッ、フフフッ……ま、成功を祈るわ。ということで、はい。ちょっと早いけど誕プレ~。美冬はかなりのフライングだけど、はい。誕プレ~」

 お母さんは毎年、私の誕生日にはいない。どうしても仕事の都合がつけられないから。だからこうして帰国した時に誕プレをくれる。

「もお、あたしのはいいって言ってんのに……」
「なーに言ってるの! アンタもうちの子同然でしょ!?」
「……ありがとう、雫さん。大切にするね」
「あぁもうっ!! 可愛いっ! ちゅっちゅっ~!」

 美冬に抱きついて、美冬の頬に自身の頬をスリスリと擦り付けているお母さん。美冬は“仕方ねえーな”と言わんばかりな顔をして、その行為を受け入れてる。

「んもぉ、お母さん……程々にしなよ」
「ほら、梓もおいで!!」
「いいや、そんな子供でもないし」
「いいから!! ほら!! 早く!!」
「もぉ……」

 結局、私も美冬もスリスリされまくった。

「よぉぉしっ! ようやく恋ばな解禁ね~! いやぁ、してみたかったのよ~。娘達と恋ばなとか超エモくなーい!?」
「それを許さなかったの雫さんでしょ。いい加減にしてほしいわー」
「もぉ~、美冬ったら辛辣ぅ!!」
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