ゼロから千まで

三旨加泉

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「ゼロから千まで」43話

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「ゼロから千まで」43話


 千歳は驚いて反射的に自分の頭を庇った。頭の上にパラパラと何か壁が崩れた破片が庇った手の上に乗る。何が起きたのか混乱していると、頭上から野太い声が降ってきた。
「そこにいるのか?」
 低い男の声にびっくりした千歳は動物の本能の如く一目散にドアを潜り抜けて走った。廊下に勢い良く出てきた千歳を見て驚く生徒もいたが、千歳が走っているのはいつものことだと言わんばかりにみんな気にする様子は無かった。
 千歳は後ろを振り向くのが怖かった。いくら猪突猛進な千歳と言えど、自分が怪我をしたことを忘れたわけではない。たった今、男に襲われた事実にお腹の傷が痛み出した。慌てて階段下の倉庫に入り、積まれた机やバスケットボールなどが入ったボールカゴの後ろに素早く隠れた。
 どんどん夕日で伸びた影が階段を降りてくるのが分かる。千歳は息をすることも忘れ、自分が見えないように必死に隠れた。
 コツン…コツン…と足音が階段を降り終わったのを見計らい、こっそり千歳が音を立てないように男の正体を確かめる。緊張して視界が揺れる。黒いラインが入ったジャンパーが階段下を横切って行ったのが見えた。黒い短髪の男は手には竹刀ではなくバットが握られていた。普段、千歳を叱る時よりも数倍はギラついた目をして辺りを見渡している。千歳は驚きのあまり名前を口に出しかけた。

「防木先生」

 自分の代わりに男の名前を呼んだ者がいた。そして、その声には聞き覚えがあった。
「百合愛。」
 防木は女生徒の名前を呼んだ。千歳はホッとした。なぜ防木に追われたのか分からないが、百合愛と防木は同じ風紀委員の先生と生徒だ。きっと委員会の用事でどこかへ行ってくれるだろう。その隙に自分が逃げれるはずだ、と千歳は考えた。千歳は再びこっそりとボールカゴから顔を少しだけ出して窺う。

「すまない、百合愛。取り逃がしてしまった。本当にすまない。」
 縋るように防木は百合愛に近づき、まるで神に懺悔でもしてるかのように百合愛の腕を掴んで膝をつく。その異様な光景に千歳の背筋が凍る。
「はやく探して。まだ生徒たちがいるんだから、やる時は人目がないところでやって。」
「はい。」
 普段の百合愛の様子からは想像つかないくらい冷たい声色に千歳は耳を疑う。
「風紀を乱してる物には罰を与えないと。ちゃんと事故だと分かるように突き落としなさい。」
「はい。」
 まるで生徒が先生に説教をしているかのようだった。
「できたら、ちゃんとご褒美をあげるから。」
 そんな甘い言葉を囁く百合愛は妖艶で、同じ年齢とはとても思えなかった。防木は恍惚の表情を浮かべ、百合愛の肩を抱いた。そして「待っていろ。すぐ戻ってくるからな。」と百合愛の耳元で囁きながら去って行った。
 あまりにも非現実的な出来事に千歳は唖然とした。この状況が何を指しているのかすら理解できなかった。
 目の前にいるのは本当に友人の百合愛なのだろうか。あんなに学校に行きたがっていた千歳だったが、今となっては一刻も早く家に帰りたい願望でいっぱいだった。

 そんなことを考えていると、隠れて見えないはずの百合愛と目が合った。

「千歳ちゃん。」


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