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1 花の妖精姫は男がお嫌い
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その日、セイレンティア王国のお膝元、王家がすまう王宮では煌びやかな夜会が催されていた。
王国中から貴族が集い、舞踏会を開いては催し物がなされる社交界の季節は、四季を巡る王国において一番華やかな季節となる。
貴族の令息は未来の妻となる令嬢を見定めるため、令嬢は素敵な殿方を射止めようと艶やかな装いで談笑し、ダンスに興じる。
そんな色とりどりの艶やかな装いを身にまとった令嬢の中でも、一際注目を集める令嬢がいた。
ストロベリーブロンドの髪はシャンデリアに当たってキラキラと輝き、横に添えられた瑞々しい百合の生花は控えめながらも彼女の美しさをより引き立てている。
髪から覗く翡翠の双眸は長い睫毛によって物憂げに伏せられ、扇子で隠された部分を見なくとも、それだけで整った目鼻立ちと分かる美貌。
一体その扇をとったらどれだけ美しいのだろうかと人々の興味を掻き立てる。
しかしそれらの有象無象の好奇の視線をものともせず、令嬢は人で溢れかえった広間から遠ざかろうとして――一人の青年に声をかけられた。
「アルテシア・ヴィード・イグネス伯爵令嬢。どうか私と踊っていただけないだろうか」
令嬢が振り返ると、そこに居たのはこれまた一際眩しい光を放つ美貌の青年。歳は令嬢と同じくらいで二人が並ぶとまるで絵画のような美しい光景となり、人々は感嘆の溜息をもらす。
「きゃあああ! ヴィクトール殿下よ!」
端で行く末を見守っていた子女達が黄色い悲鳴をあげる。それもそのはず、一際美しいその令嬢に声をかけたのは今宵夜会が催されている王宮に住むことを許された王族。
セイレンティア王国王太子ヴィクトール・フォン・セイレンティアだったのだ。
今宵の夜会は彼の婚約者となる人物を選定するために行われたもの。王子の最初のダンスの栄光を賜るために、必死に着飾ってきた令嬢達もすくなくない。
並々ならぬ努力の末にこの会場に集った令嬢たちの中で、その栄誉を受けた彼女はしかし扇をひろげたまま、興味なさげに輝かしい笑みを浮かべた王太子殿下を見上げる。
そしてその美貌を誰よりも近くで見ることになった令嬢は王太子を一瞥し、しかし何事も無かったかのように視線を外した。
まるで興味が無い、と言わんばかりに。
「大変光栄な申し出ですが、ご遠慮申し上げますわ。気分が優れませんの」
誰もが固唾を呑んで見守る中、令嬢――アルテシアは愛想笑いでそれだけを告げるとそそくさと広間から去っていく。後には驚きに固まる群衆と、同じくらい笑顔のまま固まった王太子殿下だけが残されていた。
「ふぅ、ここまででいいでしょう」
そうして誰もいないテラスへと避難した彼女はようや手に持っていた扇を下ろす。
扇で頑なに隠されていた顔は顔面蒼白になっていた。
ようやく息をすることができた。
飲み物を持ってきたかったがそんな暇はなかった。壁の花を決め込もうとしたのに、とつぜん王太子に話しかけられたのだ。礼を失する訳にも行かない。
セイレンティア王国随一と呼ばれる美貌は伊達ではなかった。あの王子に間近に迫られて愛を囁かれればどのような令嬢だって陥落するだろう。
――普通ならば。
しかしアルテシアはその普通におさまらない部類の令嬢だった。
「うわ、まだ鳥肌がおさまらない……」
王子の輝かしい美貌を思い出してしまい思わず身震いする。アルテシアはドレスに覆われた自分の身体をさすった。レースの手袋から覗く白い肌にはポツポツと先程の出来事に対する拒否反応が浮かんでいた。
「勘弁してよね。ただでさえ男が嫌いなのに、美貌を目の前に持ってくるなんて……」
アルテシア・ヴィード・イグネス。
ふわふわとしたストロベリーブロンドと丸い大きな翡翠の瞳。そして愛らしい容姿から『花の妖精姫』と呼ばれる社交界の花である彼女は、
「もうこれだから男は嫌いなのよ! 見知らぬ令嬢にあんな近くで声をかけて。距離感ってものを考えてよね! 誰もが貴方を好きなわけじゃないのよ!」
生粋の、男嫌いだった。
しかも美貌の男はさらに嫌いだったのである。
王国中から貴族が集い、舞踏会を開いては催し物がなされる社交界の季節は、四季を巡る王国において一番華やかな季節となる。
貴族の令息は未来の妻となる令嬢を見定めるため、令嬢は素敵な殿方を射止めようと艶やかな装いで談笑し、ダンスに興じる。
そんな色とりどりの艶やかな装いを身にまとった令嬢の中でも、一際注目を集める令嬢がいた。
ストロベリーブロンドの髪はシャンデリアに当たってキラキラと輝き、横に添えられた瑞々しい百合の生花は控えめながらも彼女の美しさをより引き立てている。
髪から覗く翡翠の双眸は長い睫毛によって物憂げに伏せられ、扇子で隠された部分を見なくとも、それだけで整った目鼻立ちと分かる美貌。
一体その扇をとったらどれだけ美しいのだろうかと人々の興味を掻き立てる。
しかしそれらの有象無象の好奇の視線をものともせず、令嬢は人で溢れかえった広間から遠ざかろうとして――一人の青年に声をかけられた。
「アルテシア・ヴィード・イグネス伯爵令嬢。どうか私と踊っていただけないだろうか」
令嬢が振り返ると、そこに居たのはこれまた一際眩しい光を放つ美貌の青年。歳は令嬢と同じくらいで二人が並ぶとまるで絵画のような美しい光景となり、人々は感嘆の溜息をもらす。
「きゃあああ! ヴィクトール殿下よ!」
端で行く末を見守っていた子女達が黄色い悲鳴をあげる。それもそのはず、一際美しいその令嬢に声をかけたのは今宵夜会が催されている王宮に住むことを許された王族。
セイレンティア王国王太子ヴィクトール・フォン・セイレンティアだったのだ。
今宵の夜会は彼の婚約者となる人物を選定するために行われたもの。王子の最初のダンスの栄光を賜るために、必死に着飾ってきた令嬢達もすくなくない。
並々ならぬ努力の末にこの会場に集った令嬢たちの中で、その栄誉を受けた彼女はしかし扇をひろげたまま、興味なさげに輝かしい笑みを浮かべた王太子殿下を見上げる。
そしてその美貌を誰よりも近くで見ることになった令嬢は王太子を一瞥し、しかし何事も無かったかのように視線を外した。
まるで興味が無い、と言わんばかりに。
「大変光栄な申し出ですが、ご遠慮申し上げますわ。気分が優れませんの」
誰もが固唾を呑んで見守る中、令嬢――アルテシアは愛想笑いでそれだけを告げるとそそくさと広間から去っていく。後には驚きに固まる群衆と、同じくらい笑顔のまま固まった王太子殿下だけが残されていた。
「ふぅ、ここまででいいでしょう」
そうして誰もいないテラスへと避難した彼女はようや手に持っていた扇を下ろす。
扇で頑なに隠されていた顔は顔面蒼白になっていた。
ようやく息をすることができた。
飲み物を持ってきたかったがそんな暇はなかった。壁の花を決め込もうとしたのに、とつぜん王太子に話しかけられたのだ。礼を失する訳にも行かない。
セイレンティア王国随一と呼ばれる美貌は伊達ではなかった。あの王子に間近に迫られて愛を囁かれればどのような令嬢だって陥落するだろう。
――普通ならば。
しかしアルテシアはその普通におさまらない部類の令嬢だった。
「うわ、まだ鳥肌がおさまらない……」
王子の輝かしい美貌を思い出してしまい思わず身震いする。アルテシアはドレスに覆われた自分の身体をさすった。レースの手袋から覗く白い肌にはポツポツと先程の出来事に対する拒否反応が浮かんでいた。
「勘弁してよね。ただでさえ男が嫌いなのに、美貌を目の前に持ってくるなんて……」
アルテシア・ヴィード・イグネス。
ふわふわとしたストロベリーブロンドと丸い大きな翡翠の瞳。そして愛らしい容姿から『花の妖精姫』と呼ばれる社交界の花である彼女は、
「もうこれだから男は嫌いなのよ! 見知らぬ令嬢にあんな近くで声をかけて。距離感ってものを考えてよね! 誰もが貴方を好きなわけじゃないのよ!」
生粋の、男嫌いだった。
しかも美貌の男はさらに嫌いだったのである。
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