Hope Man

如月 睦月

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高校編

売られた喧嘩

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一服から戻ると、見慣れない印刷物が教壇の上に置かれている。

通り過ぎながら目線を送ると「アルバイト情報」と書かれている事に気が付いた。



『え?学校に求人来るの?』



『ん?なにが?』



龍一の驚きの声に藤谷が反応し、呼んでも居ないのに南部が首を突っ込む。



『鉄筋工見習い…これは無理だな』『無理無理、南部ならいいんじゃない?』

『あっちも無理なのさ』



南部は一人称が「あっち」。

これは方言ではなく、江戸時代に下町で使われていたとされ、主に職人や遊女が使っていたと言われる一人称で、現代では下町文化の中と、南部だけに残っている。



『あっちだかこっちだか知らんけどな』



『龍一、これは?』



藤谷の指さした先には「事務所引っ越し手伝い」と記載されており、人数3人、午前8時30分から午後4時30分まで、昼食弁当支給、学校まで送迎ありとの詳細だった。



『いつ?』



『明日だって』



『3人ならこの3人で決まりなのさ』



なんで南部が?とは思った。煙草を吸わないのに一服場について歩く南部に不信感を抱いていたのは事実だが、南部以外のクラスメイトよりはマシかと考え、龍一は『じゃぁこの3人ってことで話してみよう…えっと、三上に』



『時間無いから放課後にしよう』



『あ、そうだ、移動だったね』



3時間目と4時間目は美術の時間。

これも別館へと移動となる、この移動時間は始業ベルが鳴ってから移動していては欠席扱いとなる、つまり休憩時間に移動時間が含まれるわけで、これは全生徒、いや、もしかすると日本中の生徒が納得いかないだろう。



始業ベルが鳴る前に座る事が出来た3人。



入ってきたのは500年生き続けている魔法使いの爺みたいな教師「角田(かくた)」だ。実年齢は60代らしいが、どう見ても魔法使い。



『美術は1年生しか授業はないから、君たちとは1年だけの付き合いになるけれど、仲良くして下さいね』



物言いは可愛らしいが実はこの爺、幾度となく個展を開催してきた本物で、この学校で定時制が始まってからずっと美術の教師をしているらしい。爺が言うには定時制が始まって以来、成績表に10が付いた者はいないらしく、鉄壁の門番と言われているそうだ。その通り名は自分で付けたっぽいけれど。



『どうかな、10を取得してやるぞ!って人は居るかな?』



ヤンキーが食ってかかる

『そんなの先生のさじ加減だもの、どんなにイイもの描いたり作ったりしたって無駄だべよ!俺だったら絶対つけずに伝説を延長するけどな、絶対10を付けない男としてよ!なぁみんな』



美術室の空気が一変し、異常な盛り上がりを見せた。しかし百戦錬磨の爺は無言を貫き、笑顔で黙って鎮まるのを待った。



『よし、静かになったようだね、じゃぁもう一度聞くけど、どうかな、10を取得してやるぞ!って人は居るかな?……お!一人だけ手が上がったね…』



龍一だった。



『君、名前は』



『桜坂です』



『桜坂くんか…私の教師生活で、この質問に手をあげたのは初めてだよ』



『そうですか』



『では、一年かけた勝負ですね桜坂君』



『ええ』



クラスがざわついた。

絵の上手いヤンキーと言うイメージが彼らには無いからだ、だが龍一はヤンキーではなく、数年後にはオタクと言われるような種族だ、もちろん周りは知らないが。



『さ、では早速授業に入るね、みんなレコードジャケットってわかるよね、先生はジャズが好きでね、特に気に入ったレコードは壁に飾ってるんですけど、そんな飾りたくなるレコードジャケットを今期は作ってもらおうかな、そうだなぁ、桜坂君、君の作品を先生が部屋の壁に飾りたいと思ったら君の勝ちだ、どうかね?』



『望むところです』



『勿論みんなもそうだ、先生に飾りたいと思わせたら君たちの勝ちだ、これは勝負だからね、その方が面白いでしょう』



『何を描いても良いのかよ先生』



『あぁ、構わないよ、おっぱい描いたって良いし、ヌードだって構わないよ、芸術なんだからね』



『本物の女見ながらじゃないと描けねぇんだけど先生!』



『近所の老人会に頼んで来てもらうかい?』



『ババァかよ!』『わはははははは』



芸術家の顔を持つ教師だからなのか、周囲の空気を作るのも帰るのも自由自在に柔軟さを感じた。絵を描く事をやめた龍一だったが、これは話しが違う、明らかに喧嘩を売られたのだ、負けるわけにはいかない。



封印を解く事を決意した龍一の眼に輝きが戻った。



ざっくりとイメージし、下描きをサラサラと始めると、終了のベルが鳴った。



---------------------------------------------------



帰りのホームルームには担任の三上ではなく、松山が来た。

『三上先生は生徒指導で来られない、今日はこれで終わりだけれど皆気を付けて帰るんだぞ、じゃ、さよなら!』



恐らく松山の言う生徒指導とは、本明の事だろうと察した龍一は1階にある生徒指導室に向かった。早く帰ってもやる事が無いからと言って藤谷と南部も同行する。

少し開いた扉の隙間から覗くと本明が三上に怒鳴られていた。



『だからお前の態度が問題だと言ってるんだ』



それに対し、本明も食ってかかっている。



『ならおめぇの態度も直せって言ってるだろ』



聞いているとどっちの言い分もわかるが、このやりとりを4時間も行っていたのかと思うと本明の頑固さと、三上の大人げなさに呆れた。

そんな中いきなり中へ入って行ったのは南部だった。



『いい加減にするのさ、そもそも先生の口のきき方が悪かったんだって、認めるのさ!本明も人間なんだから気分悪くなるのさ!』



『割って入ったのにお前の口のきき方もおかしいけどな』と龍一が藤谷に言うと藤谷も『まぁね』と言って笑った。



『なんだ!お前らも同じ考え方か!ガキどもが!』



三上のベクトルが向かって来た事で一瞬でうんざりした。

だが、藤谷が龍一の眼を見て頷いた。

龍一は行こうと言う合図だと受け取り、三上へ攻撃を開始した。



『その口のきき方なんとかなりませんか?怖くもなんともないし一生懸命過ぎて可哀想になって来るんですよね』



『なにぃ!この野郎!』



『ほら、俺たちにそう言うの効かないから、血圧上がるだけだからやめとけおっさん』藤谷の追い打ちがなかなかに強烈だった。



『おいガキコラぁ!やるか?やっても良いんだぞ?』



『そう言って手を出させてクビにすんだろ?やめとけっておっさん、4人相手に勝てるのと思ってんの?無理すんなって、汗くせぇし』



藤谷の口喧嘩は徹底的に人を馬鹿にして感情を逆なでして熱くさせるタイプだった、そうやって手を出させて正当防衛を狙うのだろう、なかなか頭がいい。



『てめぇの相手は俺だろコラ!』本明が煽る。



『先生、これ何の時間ですか?正式な理由が無いとこの拘束はマズいんじゃないんですか?』



『うぬ…桜坂の言うとおりだな、今日はこれくらいにしておくか…でもこんだ体育の時間覚えて置けよ、しごいてやるからな』



『あ、そうだ先生、そんなことより求人見たんですけど、事務の引っ越しとかなんとかってやつ』



『お、おお、三人揃ってるのか?』



『本明以外のこの三人なんですけど』



『そうか、電話しておくよ、時間わかってるな、あと場所と、それと学校背負ってるって事忘れんなよ、あいさつとか色々な、ガキじゃねぇんだからちゃんとしろよ』



『わかってる、でも先生、その一言が悪いんだって』『そうそう』『そうだよ先生』



『なにぃ!』『それ!!』『それ!!』『それ!!』



『ぐぬぬ、そうか、うん、わかった、気を付ける…その…悪かったな本明』



『あぁ、先生がそう言う態度なら俺だって冷静でいられるからさ、俺も悪かった』



こうして何とかかんとか波乱の1日が終わりを告げた。
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