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鹿

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「おはよー」
「おはようございます」
 保護者会から数日後、考紀が学校へ行った後で、アパート周辺の草むしりをしていると金田の妻が現れた。
 
 今日の彼女のいで立ちは、トレードマークの金髪のおかっぱに謎の文様が描かれたTシャツ、派手なピンクのスパッツを履いている。
 横から見ても目元が見えない黒々としたサングラスと相まって、もの凄く独特な服装だが妙に似合っていた。
 
 そんな彼女は『訪問者』なのだが、星來はすっかり慣れて(と、言うか意識すらしていなかった)普通にお喋りしようと傍へ行く。

「どうかしましたか? 」
「そうなのよー、実は昨夜、宮島さんから連絡があってね。もしかしたらここでお世話になるかもしれないって言うから、話しておこうと思って」

 宮島と聞いて、星來は誘われるままに金田家へと行くと、仕事部屋になっている方の部屋へ通される。
 そこでは金田がいつもと同じように椅子に座って、PCと向かい合っていた。

「ああ、羽根田さん」
 振り返った金田は、彬の付けている物と同じような眼鏡を掛けていた。
 それは古豪の武士のような雰囲気の金田にも、意外と良く似合っている。
 ソファに座る事を勧められて従うと、金田の妻がはお茶と茶菓子を持って来てくれた。

「シャーリーから聞いたと思いますが、昨晩、宮島から相談されましてね。ちょっとこれを見て頂きたい……」
「……はい」
 
(奥さんの事、シャーリーって呼ぶんだ。 確かもっと難しい名前だったはず、愛称かな)
 
 いま聞いた情報に思考を半分持って行かれているうちに、大勇がリモコンのボタンを押した。
 すると、壁に掛けられたモニターが起動し、録画した画像が流れ始める。
 映し出された場所は有名な観光名所のようで、夜の暗闇の中で、街頭に照らされた一か所だけに、鹿がたくさん集まっている。
 右上に記された時間は昨夜のものだった。

『――、――夜分に申し訳ありません、宮島です』
 そこへ宮島の声が入る。
 これは昨夜の通信を録画したものだそうだ。

『指示通りに来たのですが、中々対象が見つからなくて、先程やっと接触できました』
 モニターに映る画像は鹿を映し続けている。
『こっちへ来てくれ』
 そう言うと、鹿の集団の真ん中が騒がしくなり、そこから鹿とは違う角がチラチラと見える。
 暫くすると、その角が高く上がり、持ち主は二人の人間――ではなく、特徴的な姿から二人が『訪問者』だと分かった。
 
『だって』
『知らなかった』
 不思議なイントネーションで日本語を話す二人は、鹿の中から出てくると、もう一人の彬と同じ黒のスーツを着た男に背中を押されてカメラの方へ歩いて来た。
 良く見ると、服から出ている二人の肌は滑らかな毛皮で覆われている。
 顔も、パッと見た感じは草食の動物のようなのに、口元には肉食獣のような牙があり、ちぐはぐな印象を受けた。
 二人の姿はそっくりで、動きも、話し方もシンクロしている。
 
 星來はそれを映画でも見ているような気分で眺めていた。
 
『向こうへ返す手続きを進めるか?』
 そこへ金田の声が被った。
『いえ、クランカ星の方で、引き取りを拒否されています。彼らも長期滞在になりそうですので、フェザーガーデンの空きを押さえておいてください。管理人さんに確認を……あっ、コラ! 』

 もうすぐ彬の隣へ……と言う所で、二人の姿がフッとブレる。
 どうやら何かをして、その場から一瞬で移動したらしい。
 少し離れた場所へ一瞬で移動した二人を、彬と二人の後ろを歩いていた男が追って行った。
 そこへ『僕も追いかけます』と撮影者らしき声が入り、画像が途切れた。

(……うわぁ、大変そうな仕事)
 星來の一番の感想はそれだった。

 暫くすると、モニター画面が消されて暗くなった。
 そこへ金田のため息が大きく響く。

「……宮島もまだまだだ。私の足が大丈夫なら、私が行くんだが。あんな感じなので当分先になると思いますが、彼らの為に一部屋よろしいでしょうか。ここへはもっと教育されてから連れて来ますから」
 そう言って、父親くらいの年上の男性に頭を下げられたら、星來の方が焦ってしまう。

「いえ、他の住人に迷惑が掛からなければこちらは構いません。それより、みなさんはどう言った経緯でうちに入居なされたんですか? 実は、両親からあまり詳しく聞いていなくて」
「そうですか。まぁ、大体はU&Eからの紹介です。ここはU&Eが関わっていますから」

 U&EとはUniverse&Extraterrestrial intelligence research Institute(宇宙と地球外知的生命体の研究機関)の事で、かつて星來の父が働いていたところだ。
 そこからこのアパートに補助金が出ているので、当然そうなるだろう。
 もう少しちゃんと聞きたくて、星來は金田に先を促した。

「実は『訪問者』が地球へ来る場合は先にU&Eへ連絡が来ます。大抵は個人ではなく政府の要人として集団で来ますから。しかし個人的に地球へ来る者もいます。大体は次第不法侵入者として見つけ次第強制退去ですが、それが出来ない場合はU&Eが地球で過ごす為の常識などを教えるのです。だからと言って、可哀想ですが自由にはさせられません。このアパートのような指定された場所へ住んでもらって、居場所は常にトレースされています」
 聞くと、『訪問者』が住めるようになっている場所はここだけではないそうで、中にはちゃんと許可を受けた庇護者を見つけて、一緒に住んでいる者もいるそうだ。
 そう聞くと、気付いていないだけで地球に来ている『訪問者』は結構いるんじゃないか、と星來は思った。
 
「でも、皆、地球へ何しに来るんですかね? 」
「観光ですよ。彼らの目的は大半が観光です。しかし、過去に地球人を誘拐したり、神を名乗って支配しようと考えた者がいたので、このような対処をしています」
「ええっ」
 
 思わぬ話になり、星來はあからさまに動揺してしまった。
 まさか、支配とは。
 水面下では、SF映画みたいなことが起こっているのかもしれない、と思ったらゾッとした。

 それなら、星來にこの動画を見せた意味が良く分からない。
 こんなのを見せて、あんな話を聞かせて、星來が管理人を辞めると言い出したらどうするつもりなのか。
 母親が言っていた様に、星來に建物と敷地を手放させて没収したいのか……。
 
「……でも、何で俺にこの動画を見せたんですか? 」
 気になって、星來はおそるおそる聞いてみた。
「すみません、びっくりしましたね。でも、住人に一番関わる事の多い貴方には、皆の本性も知っていて欲しいんです」
 そう言うと、金田は居住まいを正して星來をじっと見つめた。

「ここに住む者は人間の姿をしていても、をしているだけで、本当の姿ではない」
「はい。知っています」
「だから、彼らがいくら気を付けていても、教育を受け入れていても、どこかで本性が出てしまう。さっきの二人みたいにね。それは仕方のない事なのです」
「その時、俺はどうしたら……」
「受け入れて味方になってやってください。ここに住んでいる皆は、悪い事をしに来ている訳ではないのですから。もちろん憎まれ役はこちらが引き受けます。こんな事になっていますが、彼らに地球を嫌いになって欲しいわけではないんですよ。もうあと何年かすれば『訪問者』の存在はもっと世間に知られると思います。そうすれば彼らももっと自由になれるでしょう」

 話し終えると、金田は楽な姿勢に戻ってお茶を啜る。

 それを見ながら、ここの管理人をすると言う事は結構重要な仕事ではないかと思い、星來は今更ながら内心焦っていた。
 
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