お兄様ヤンデレ化計画。~妹君はバッドエンドをお望みです~

瑞希ちこ

文字の大きさ
6 / 33

キザな王子に救われた

しおりを挟む
 街へ到着すると、特に用もないがとりあえず馬車から降りた。
 私のお付きのメイドであるマリンが、心配そうな顔を浮かべて私の後ろを歩いている。

「……マリン、お願いを言ってもいい?」
「! はい、ミレイユお嬢様。なんでも仰ってください」
「少しでいいから、ひとりの時間をちょうだい」
「……お嬢様。ですが、お嬢様になにかあったら」
「大丈夫。近くを散歩するだけよ。すぐにここへ戻って来るから」

 最近、私がめっきり元気がなくなったことに、マリンは当然気づいているだろう。できることなら、私の好きにさせてあげたいという思いがあるはずだ。

「……わかりました。ですが、必ず戻って来ると約束してください」
「もちろん約束するわ。……ありがとうマリン。私のわがままを聞いてくれて」
「それでお嬢様に少しでも笑顔が戻るなら、私はいくらでも聞きますよ」

 マリンは私が着ているワンピースの胸元についているリボンを手際よく結びなおすと、私を笑顔で送り出してくれた。

 ぶらぶらとひとりで歩く街並みは、お兄様と一緒に見る景色と全然ちがって見える。もちろん、悪い意味でだ。
 まるで輝きをなくした、色褪せた世界のよう。これからこの道を、お兄様は私でなくネリーと肩を並べて歩いていく。
 その姿を想像するだけで胸が苦しい。もう嫌だ。ふたりが待つ屋敷に帰りたくない。

 前世で読んだラノベのように、このまま貴族という身分を捨てて、田舎でスローライフでも送ろうか。修道院に入るのもありだ。煩悩にまみれた今の私にはちょうどいい。
 お兄様から離れ、ゲームの世界とも決別し、ここから本当に新たな人生を始めよう。幸いにも私はまだ若い。いくらでもやり直すことはできる。

「……ミレイユ?」

 どうやって修道院に入るかをぼーっと考えながら煉瓦道を歩いていると、すれ違いざまに誰かに声をかけられた。

「ミレイユ、奇遇だな! こんなところで会うなんて! なにしているんだ?」

 振り返ると、エクトル様が立っていた。こんな風に、偶然外で会うのは初めてのことだ。

「エクトル様。すごい偶然ですね。私は……散歩中です」
「散歩? ……というか、ひとりなのか? 付き人はどうした?」
「……いません。どうしても、ひとりになりたくて」

 明るく話しかけてくれるエクトル様とは真逆に、私に纏わりつく雰囲気は暗く、元気も出ない。

「なにかあったの? 顔がやつれているけど……」

 違和感を感じたのか、エクトル様は心配そうに私の顔を覗き込む。よく晴れた今日の空よりも綺麗なエクトル様の青色の瞳には、今にも泣き出しそうな私が映っていた。

 エクトル様にこんな表情を見せて、心配をかけるわけにはいかない。仮にも婚約の申し出を断った相手だ。私に甘える権利はない。

「いえ、なんでもないんです。ちょっと疲れただけで」
「……ミレイユ、時間があるなら、今から王宮に来ないか? 庭園に新しい花が咲いて、それがすごく綺麗なんだ。ひとりで見るのも寂しいし、休憩がてら、付き合ってくれるとうれしいんだけど」

 それは、エクトル様の優しさだった。わざと私が来やすい理由を作ってくれたのだろう。
 屋敷に戻るのが嫌なことも、街をひとりであてもなく歩いているという事実だけで、エクトル様にはお見通しだったのかもしれない。

「……私でよければ、ご一緒させてください」
「うん。じゃあ行こうか」

 せっかくのご厚意を無駄にするほうが失礼にあたる。それに、屋敷にいる時間も短くできるし……。戻ってマリンに事情を説明し、マリンも一緒にエクトル様の馬車で王宮へと向かった。


 王宮に着いてすぐ、エクトル様に手を引かれ、広い庭園をふたりだけで歩いた。手入れの行き届いた美しい花たちに囲まれても、私の気持ちはぱっとしないままだ。花の説明をするエクトル様の話も、申し訳ないが全然入って来ない。

「……ミレイユ、本当にどうしたの?」

 終始上の空に私に気づき、エクトル様は歩みを止めた。

「やっぱり、僕じゃ役不足?」
「そんなことっ……!」
「じゃあ、どうして頼ってくれないんだ」
「……だって、私は」

 ――あなたに頼っていい立場じゃない。
 そう思うけど、それを口にしたらエクトル様に怒られそうな気がして口をつぐむ。

「……気づいてる? ミレイユ  、今にも泣きそうな顔をしているよ」

 エクトル様はすっと両手を伸ばすと、私の両頬を優しく包み込んだ。

「こんな顔をしている君を、放っておけるはずがない」
「……ごめんなさっ……わたし……」

 もったいないほどのエクトル様の優しさに触れ、堪えきれずに私の目からぼろぼろと涙が零れ落ち、エクトル様の大きな手を濡らしていく。

「君は、涙も綺麗なんだね」

 エクトル様はその涙を細い指で一粒ずつ優しく掬い上げ、そう言って微笑んだ。

「……こんなときでも、キザなんですから」
「君にだけだけよ」
「もう、エクトル様ったら……ふふっ」

 今度はくすりと笑みが零れ、そんな私を見て、エクトル様も笑った。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

最高魔導師の重すぎる愛の結末

甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。 いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。 呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。 このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。 銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。 ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。 でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする…… その感は残念ならが当たることになる。 何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...