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第45話:王妃様によるクインシー殿下への個人レッスン

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 ――――――――――学院から王宮へ帰る馬車の中にて。クインシー殿下視点。

 入学式をまずまず及第点で終えられたことはよかったな。
 クラス分けは一組だった。
 近衛兵長の令息トリスタンと聖女様が同じクラスだ。
 これも知り合いの少ないボクに、学院側が配慮してくれたのだろうか?

「ジェニーちゃんが心配ですわね」
「はい」

 エインズワース公爵家のユージェニー嬢が階段から落ちそうになったのだ。
 幸い聖女様の浮遊魔法のおかげで大事には至らなかったが。

「クインシーはどう思います?」
「はい?」

 ちょっと質問の意図がわからない。
 お母様は何が聞きたいのだろう?
 これも王子としての教育の一環なのかな。
 『ジェニーちゃんが心配』という入りだから、聖女様の魔法についてではないだろうし。
 ならば当たり障りなく……。

「掲示板のある場所は危なかったですね。広いことは広かったですけれども、今日のように人が押し寄せることは想定していなかったと考えられます。二階に張り出すのではなくて一階に受付を設置し、自分が何組か問い合わせる形式に変更してもよかったかもしれません」
「とぼけているのか本気の答えなのかわからないですがいいでしょう。言葉を速やかに紡ぐことも大事ですからね」
「ありがとうございます」

 しかしお母様の意図する答えではなかったらしい。
 では何を?
 お母様の目を見つめ、先を促す。

「……パルフェちゃんの魔法は素晴らしかったですわね」
「ええ、見事でした!」

 あれ、予想に反してそっちの話題?
 ボクも魔道理論を教わっているから、聖女様の浮遊魔法がどれほどの熟練と魔力を要するか見当が付くようになっている。
 あれくらいの魔法が自由に使えたら楽しいだろうなあ。

 お母様がさらに言葉を続ける。

「最後のヒントです。パルフェちゃんの行動に違和感を感じませんでしたか?」
「聖女様の行動に違和感、ですか?」

 違った。
 聖女様の魔法の話題ではなく、あれはヒントだったらしい。
 聖女様の行動に違和感?
 聖女様はあの時、ユージェニー嬢を抱えて医務室へ行った……。

「……そういえばゲラシウス枢機卿が同行していたのですから、枢機卿にユージェニー嬢を任せて聖女様はアルジャーノン先生の話を聞くために残るのが普通ですよね。聖教会の修道士だったかと思いますけど、一人令息を伴ったのにも違和感があります」
「いいでしょう。一番の違和感は、パルフェちゃんがあの場でジェニーちゃんのケガを治さず、医務室に連れて行ったことですけれどもね」
「あっ!」

 そうだった。
 聖女様ならその場で即座に回復魔法を使うはずじゃないか。
 わざわざ医務室に連れて行ったのにはどんな意味が?

「パルフェちゃんはきな臭いものを感じたのでしょう。おそらくジェニーちゃんは誰かに狙われたのです」
「狙われた? で、でもぶつかったのはどこかの令嬢のようでしたが」
「誤って誰かがぶつかったからジェニーちゃんが難に遭うところだった、などという単純な事件ではないということです。おそらく後で聖教会から連絡が入ると思いますよ」

 お母様は僅かな違和感からそう結論を出したのか。

「では、あの場でボクが聖女様に同行を申し出るべきだったのでしょうか?」
「悪手です。あなたの行動の一部始終は、皆の注目の的であることを忘れてはなりません。あの場でのパルフェちゃんのアクションは、彼女をよく知る者でなければ自然と思ったに違いないでしょう。しかしクインシーが同行を求めること、これは不自然です。その場でそ知らぬ顔をしておいて、焦らず報告を待つことも王の振る舞いですよ」
「……わかりました」

 聖女様もお母様もすごい。
 あの事件の現場でそれだけの計算を働かせているなんて。

「……でも聖女様が頼りにしたのが修道士だなんて。聖教会で親しいのかもしれませんけれど」
「多分違いますよ。あれは盾役だと思います」
「盾役?」

 どういうことだろう?

「今日は影があなたに集中して付けられていたから、ジェニーちゃんが事件に巻き込まれたと、パルフェちゃんは判断したのでしょう。ジェニーちゃんのお付きは侍女だった。ジェニーちゃんを抱えたパルフェちゃんの両手は塞がっている。ゲラシウス枢機卿以外にもう一人確実に敵じゃないと言える男性を、と考えての選択ではないでしょうか。医務室に行くまでにもう一度襲われる可能性を視野に入れての措置です」
「なるほど……」
「クインシーにも違和感を感じさせるくらい、やや不自然ではありました。しかしパルフェちゃんにとって学院は初めての場です。違和感よりも安全を重視したのだと思います」

 聖女様あんなにのほほんとしているように見えたのに。

「人の行動には必ず理由があるのです。あなたも違和感を感じ取れるようにならないといけません」
「はい」
「クインシーが努力していることはわかっていますよ。でも王は経過ではなく結果で評価されるものであることを忘れてはなりません」
「肝に銘じます」

 お母様がニッコリと微笑む。
 ボクはまだまだだ。
 お母様も学院では才女として名を馳せたと聞く。
 王妃とはそうでなくてはならないんだなあ。
 ボクも高等部で経験を十分に積まなくてはならない。

「それにしてもパルフェちゃんは大したものだわ」
「そうですね」
「クインシーの妃として、今のところパルフェちゃん以外は考えられませんもの。聖女の立場と魔法の実力を抜きにしてもよ」
「えっ?」

 聖女であることとと魔法を抜きにしても?
 お母様はそんなに聖女様のことを評価しているのか。

「度胸もあるし機転も利くでしょう? それに数ヶ国語ペラペラだそうなのよ。申し分ないわ。言葉遣いなんて愛嬌で済んでしまうし」
「そうなのですか?」
「そうですよ。あなたを支え、国を守ることが妃の必須要件ですから。淑女であることの優先順位なんて低いのです」

 初めて知った。
 お母様は実力主義なんだ。
 でも聖女様が評価されるのは嬉しいな。

「クインシーもパルフェちゃんに見限られないようにしなければいけませんよ」
「は、はい」

 そうだ、ボクには努力あるのみ。
 ん? 急に奇妙な感覚が。
 これは魔力?

『殿下、パルフェだよ。にこっ。今魔道学のアルジャーノン先生と話してるんだけど、魔法クラブはあんまり多くの人数を受け入れることができないんだって。殿下が入部することが皆に知られるとパンクするから、違うクラブに入るってカムフラージュしといてね。以上です』

 お母様が素直に驚いている。

「パルフェちゃんの魔法ね? こんなこともできるのね」
「聖女様はすごいです」

 魔法クラブに入ること、覚えててくれたんだな。
 学院生活が楽しくなりそう。

「カムフラージュか。どうしようかな」
「パルフェちゃん、ジェニーちゃんの件でアルジャーノン講師に相談に行ったのね」
「えっ?」
「でないと今までアルジャーノン講師のところにいることの説明がつきませんからね。ジェニーちゃんの事件の現場にいた学院側の人間はアルジャーノン講師だけでしたから、当然といえば当然です」

 そういえばそうだ。
 同じ物事に接していながら、ボクとお母様とでは全然得ている情報量が違う。
 勉強になるなあ。

「クインシーに付ける従者は、武闘派より知性派の方がよさそうね」
「……はい」

 お母様は両方を人選してたみたいだけど、学院での従者は知性派になりそう。
 誰だろう?
 勉強でも情報でも相談できるから、知性派の人というのはありがたいな。

「講義はいつからなの?」
「必須の科目は三日後からです。同日に選択科目と課外活動の希望を提出します」
「楽しみね」
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