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第83話:幸せの謀略
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――――――――――三学期二ヶ月が経過したある日、王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
「ふう」
このところシスター・ジョセフィンがよくため息を吐いている気がする。
吾輩、美人が物思いに耽る顔は好物であるが、どちらかというと笑顔の方が好きである。
「どうしたのだ、シスター・ジョセフィン。最近奉仕に身が入っておらぬようであるが」
「ああ、ゲラシウス様。申し訳ありません」
責任感の強いシスター・ジョセフィンのことだ。
あえてこういう言い方の方が効くかと思ったのだが。
「話してみるといいである。楽になるやもしれぬ」
「……準聖女ネッサ様の存在感が増しているでしょう?」
そういうことであったか。
かつてシスター・ジョセフィンは純粋に近い聖属性の魔力を用い、国防結界を一人で支えていると思われていた。
実際はそんなことはなかったのであるが、シスター・ジョセフィンの献身は誰もが認めるところである。
行為の尊さの価値が減じるわけでは決してない。
「国防結界の維持はパルフェ様とネッサ様で十分です。最早聖教会に私の存在価値はありません」
「それは……」
「お姉ちゃーん!」
あっ、いいところに小娘と準聖女ネッサ、マイクが来たである。
今日は学院の休みの日であったか。
遠慮なくシスター・ジョセフィンに抱き着きに行く小娘。
「と、ゲラシウスのおっちゃんこんにちは」
「遅いである」
「ついでだったから」
どこまでも無礼であるが、不思議と嫌な感じはしないである。
慣らされてしまったであるか?
「小娘よ。シスター・ジョセフィンが悩みごとのようである」
「え? どしたん? 最近元気ないなーとは思ってたけど」
「お主とネッサで国防結界の維持は全く問題がないであろう? シスター・ジョセフィンは身を引くべきなのかと考えているらしいのだ」
「そりゃ国防結界に関してはその通りだけど、お姉ちゃんの仕事は国防結界じゃないじゃん」
うむ、癒し手としては学院に通う小娘の代わりにリーダーシップを発揮しているし、聖務はデスクワークまでこなしているである。
聖務は外部に対して秘密のことも含んでいる。
誰にでもできることではないゆえ、シスター・ジョセフィンがかけがえのない聖教会の実務担当者であることは間違いないのである。
「でも……」
「大体お姉ちゃんがいなくなったら、ナイジェルさんが困ると思うぞ?」
ナイジェル神職長か。
一時期よりマシとはいえ、貴族派修道士修道女の平民聖女パルフェに対する反感がなくなったわけではない。
聖女寄りである貴族派修道女トップのシスター・ジョセフィンがいなくなると、対立姿勢は強くなるかも知れぬな。
修道士修道女を束ねる神職長が苦労するのは考えられるである。
しかしそこまでわかってて小娘は自分から歩み寄ろうとはしないであるな?
給料の内ではないと考えているのであろうか。
「私がいていいんでしょうか?」
「シスター・ジョセフィンが去って得する者はいないである」
「そうそう。あたしが寂しくなっちゃう」
ああ、美女の涙は美しいである。
準聖女ネッサやマイクも感動しているようだ。
「っていう聖教会の都合はひとまず置いといて」
「「「「は?」」」」
綺麗にまとまったところへ何を言いだすであるか、この小娘は。
「お姉ちゃん自身の未来も考えなきゃいけないじゃん? 公爵家の未来って言い換えてもいいけど」
「……」
そうであった。
シスター・ジョセフィンには、エインズワース公爵家長女としての立場がある。
聖女準聖女が存在する今、以前のように国防結界の維持に必須の代えの利かない存在というわけではないのだ。
王位継承権持ちの令嬢としてクローズアップされねばならぬである。
それは今年中に二〇歳になるという年齢的にもだ。
「あたしはお姉ちゃんに幸せになってもらいたいんだよね」
「オレもです」
「私も!」
「当然である」
シスター・ジョセフィンには、長年聖女代行としての負担を強いてしまったである。
贖罪ではないが、聖教会としては全面的にバックアップしたいところである。
「お姉ちゃんはどうしたいのかな?」
「……わからないのです。家族で話し合う機会もあったのですが、決められなくて」
心情は察するである。
幼い頃から聖女代行として聖教会に奉仕し、形作られてきた価値観であろう。
それを今更放棄して一令嬢に戻れということの頼りなさ、寄る辺なさ。
今まで聖教会で培ってきた経験が何一つ生かせない今後に不安を覚えるのだろう。
「お姉ちゃんが決められないなら、あたしが決めてやろう」
「「「「えっ?」」」」
また意味不明なことを言いだしたであるぞ?
平民が貴族の生活の何を理解しているというのだ。
いや、こやつは突拍子もないであるが、意外と的を射たことも言うであるからな。
意見を聞くだけ聞くのはアリかも知れぬ。
「パルフェ様はどうするのがいいと考えていますの?」
「お姉ちゃんは大司教のおっちゃんのこと好きじゃん?」
「!」
頬に赤みが差すシスター・ジョセフィン。
えっ、そうなのであるか?
「……パルフェ様はわかっていたのですね?」
「そりゃわかるって。だからおっちゃんとお姉ちゃんが結婚すればいいと思う」
王弟と公爵家の令嬢の婚姻か。
身分に全く問題はない。
少々年の差はあるが美男美女である。
大司教猊下もまた聖職者であることが影響しているのか、浮ついた噂のないお方だ。
聖職者同士であることは互いを理解し合えるであろう。
シスター・ジョセフィンに貴族としての経験が不足しているにしても、お相手が猊下であるなら遮二無二社交に勤しむ必要はない。
インパクトあるであるが、名案に思える。
「もちろんシスター・ジョセフィンの考え次第であるが、我輩は賛成である」
準聖女ネッサもマイクも大きく頷いている。
「お姉ちゃんはどうかな?」
「そ、それは……アナスタシウス猊下の妻となることがかなうのでありましたら」
「よし、決まった。動くぞ」
「何をするつもりであるか?」
「根回しだよ。お姉ちゃんは実家の許可取っといてくれる? 公爵をお姉ちゃんとユージェニーちゃんどっちが継ぐのかってことまで含めて」
「は、はい」
「あたし達は王家と相談してくるよ」
「簡単に言うであるな」
「そりゃ王位継承権持ち同士の結婚となれば、王家と最初から相談しとくべきでしょ」
小娘のにこっという笑顔の中に凄みがあるである。
怖いである。
「その王家は賛成するのであるか?」
「王様はイタズラ好きと見た。大司教のおっちゃんが知らない内に外堀を埋めて結婚させてしまうのだって持ちかければ、必ず乗ってくれるな」
「王妃様は?」
「スカーレットさんはもっと簡単。あたしがお姉ちゃんやユージェニーちゃんと仲いいこと知ってるだろうから、この結婚が成立することによって王家とエインズワース公爵家と聖教会が近くなることのメリットを説いてやればいい」
何でもないことのように言うのが、実に恐ろしいである。
絶対にこの小娘を敵に回してはいけないである。
「大司教のおっちゃんだって、お姉ちゃんのこと嫌いなわけないじゃん? 王家とエインズワース公爵家に頼まれたらハッピーウェディングだよ。でも途中でへそ曲げられると面倒だから、おっちゃんにはまだ内緒にしといてね。絶対に断れない段階にまで持ち込んでから伝えよう」
「謀略家だなあ」
「吾輩もそう思うである」
「褒めたって何も出ないぞー。そろそろ学年末の試験なんで、王宮の図書館に勉強に行くんだ。ユージェニーちゃんも来るから、お姉ちゃんもおいでよ」
「ふう」
このところシスター・ジョセフィンがよくため息を吐いている気がする。
吾輩、美人が物思いに耽る顔は好物であるが、どちらかというと笑顔の方が好きである。
「どうしたのだ、シスター・ジョセフィン。最近奉仕に身が入っておらぬようであるが」
「ああ、ゲラシウス様。申し訳ありません」
責任感の強いシスター・ジョセフィンのことだ。
あえてこういう言い方の方が効くかと思ったのだが。
「話してみるといいである。楽になるやもしれぬ」
「……準聖女ネッサ様の存在感が増しているでしょう?」
そういうことであったか。
かつてシスター・ジョセフィンは純粋に近い聖属性の魔力を用い、国防結界を一人で支えていると思われていた。
実際はそんなことはなかったのであるが、シスター・ジョセフィンの献身は誰もが認めるところである。
行為の尊さの価値が減じるわけでは決してない。
「国防結界の維持はパルフェ様とネッサ様で十分です。最早聖教会に私の存在価値はありません」
「それは……」
「お姉ちゃーん!」
あっ、いいところに小娘と準聖女ネッサ、マイクが来たである。
今日は学院の休みの日であったか。
遠慮なくシスター・ジョセフィンに抱き着きに行く小娘。
「と、ゲラシウスのおっちゃんこんにちは」
「遅いである」
「ついでだったから」
どこまでも無礼であるが、不思議と嫌な感じはしないである。
慣らされてしまったであるか?
「小娘よ。シスター・ジョセフィンが悩みごとのようである」
「え? どしたん? 最近元気ないなーとは思ってたけど」
「お主とネッサで国防結界の維持は全く問題がないであろう? シスター・ジョセフィンは身を引くべきなのかと考えているらしいのだ」
「そりゃ国防結界に関してはその通りだけど、お姉ちゃんの仕事は国防結界じゃないじゃん」
うむ、癒し手としては学院に通う小娘の代わりにリーダーシップを発揮しているし、聖務はデスクワークまでこなしているである。
聖務は外部に対して秘密のことも含んでいる。
誰にでもできることではないゆえ、シスター・ジョセフィンがかけがえのない聖教会の実務担当者であることは間違いないのである。
「でも……」
「大体お姉ちゃんがいなくなったら、ナイジェルさんが困ると思うぞ?」
ナイジェル神職長か。
一時期よりマシとはいえ、貴族派修道士修道女の平民聖女パルフェに対する反感がなくなったわけではない。
聖女寄りである貴族派修道女トップのシスター・ジョセフィンがいなくなると、対立姿勢は強くなるかも知れぬな。
修道士修道女を束ねる神職長が苦労するのは考えられるである。
しかしそこまでわかってて小娘は自分から歩み寄ろうとはしないであるな?
給料の内ではないと考えているのであろうか。
「私がいていいんでしょうか?」
「シスター・ジョセフィンが去って得する者はいないである」
「そうそう。あたしが寂しくなっちゃう」
ああ、美女の涙は美しいである。
準聖女ネッサやマイクも感動しているようだ。
「っていう聖教会の都合はひとまず置いといて」
「「「「は?」」」」
綺麗にまとまったところへ何を言いだすであるか、この小娘は。
「お姉ちゃん自身の未来も考えなきゃいけないじゃん? 公爵家の未来って言い換えてもいいけど」
「……」
そうであった。
シスター・ジョセフィンには、エインズワース公爵家長女としての立場がある。
聖女準聖女が存在する今、以前のように国防結界の維持に必須の代えの利かない存在というわけではないのだ。
王位継承権持ちの令嬢としてクローズアップされねばならぬである。
それは今年中に二〇歳になるという年齢的にもだ。
「あたしはお姉ちゃんに幸せになってもらいたいんだよね」
「オレもです」
「私も!」
「当然である」
シスター・ジョセフィンには、長年聖女代行としての負担を強いてしまったである。
贖罪ではないが、聖教会としては全面的にバックアップしたいところである。
「お姉ちゃんはどうしたいのかな?」
「……わからないのです。家族で話し合う機会もあったのですが、決められなくて」
心情は察するである。
幼い頃から聖女代行として聖教会に奉仕し、形作られてきた価値観であろう。
それを今更放棄して一令嬢に戻れということの頼りなさ、寄る辺なさ。
今まで聖教会で培ってきた経験が何一つ生かせない今後に不安を覚えるのだろう。
「お姉ちゃんが決められないなら、あたしが決めてやろう」
「「「「えっ?」」」」
また意味不明なことを言いだしたであるぞ?
平民が貴族の生活の何を理解しているというのだ。
いや、こやつは突拍子もないであるが、意外と的を射たことも言うであるからな。
意見を聞くだけ聞くのはアリかも知れぬ。
「パルフェ様はどうするのがいいと考えていますの?」
「お姉ちゃんは大司教のおっちゃんのこと好きじゃん?」
「!」
頬に赤みが差すシスター・ジョセフィン。
えっ、そうなのであるか?
「……パルフェ様はわかっていたのですね?」
「そりゃわかるって。だからおっちゃんとお姉ちゃんが結婚すればいいと思う」
王弟と公爵家の令嬢の婚姻か。
身分に全く問題はない。
少々年の差はあるが美男美女である。
大司教猊下もまた聖職者であることが影響しているのか、浮ついた噂のないお方だ。
聖職者同士であることは互いを理解し合えるであろう。
シスター・ジョセフィンに貴族としての経験が不足しているにしても、お相手が猊下であるなら遮二無二社交に勤しむ必要はない。
インパクトあるであるが、名案に思える。
「もちろんシスター・ジョセフィンの考え次第であるが、我輩は賛成である」
準聖女ネッサもマイクも大きく頷いている。
「お姉ちゃんはどうかな?」
「そ、それは……アナスタシウス猊下の妻となることがかなうのでありましたら」
「よし、決まった。動くぞ」
「何をするつもりであるか?」
「根回しだよ。お姉ちゃんは実家の許可取っといてくれる? 公爵をお姉ちゃんとユージェニーちゃんどっちが継ぐのかってことまで含めて」
「は、はい」
「あたし達は王家と相談してくるよ」
「簡単に言うであるな」
「そりゃ王位継承権持ち同士の結婚となれば、王家と最初から相談しとくべきでしょ」
小娘のにこっという笑顔の中に凄みがあるである。
怖いである。
「その王家は賛成するのであるか?」
「王様はイタズラ好きと見た。大司教のおっちゃんが知らない内に外堀を埋めて結婚させてしまうのだって持ちかければ、必ず乗ってくれるな」
「王妃様は?」
「スカーレットさんはもっと簡単。あたしがお姉ちゃんやユージェニーちゃんと仲いいこと知ってるだろうから、この結婚が成立することによって王家とエインズワース公爵家と聖教会が近くなることのメリットを説いてやればいい」
何でもないことのように言うのが、実に恐ろしいである。
絶対にこの小娘を敵に回してはいけないである。
「大司教のおっちゃんだって、お姉ちゃんのこと嫌いなわけないじゃん? 王家とエインズワース公爵家に頼まれたらハッピーウェディングだよ。でも途中でへそ曲げられると面倒だから、おっちゃんにはまだ内緒にしといてね。絶対に断れない段階にまで持ち込んでから伝えよう」
「謀略家だなあ」
「吾輩もそう思うである」
「褒めたって何も出ないぞー。そろそろ学年末の試験なんで、王宮の図書館に勉強に行くんだ。ユージェニーちゃんも来るから、お姉ちゃんもおいでよ」
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