金継ぎ

有田 シア

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赤い酒 ー海斗ー

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今日、海斗と徹は店先のディスプレイの掃除をするためにいつもより30分早く出勤してきた。

「ここの店10周年になるから大掃除しなきゃね。あの店先のディスプレイのとこ埃被ってるからね。」そう言った佳奈恵に

「俺やりますよ。」

と海斗は自ら進んで言った。

海斗が掃除を快く引き受けるのは珍しいことだった。

それはあのガラスのディスプレイの中の酒壺が気になっていたかもしれない。

いくら酒好きの海斗でもあの酒壺の酒まで飲むことはないが、中を覗くくらいはするかもしれない。

「さあて始めるか。」

海斗ははたきと雑巾を持って店の入り口の方に歩き出した。徹はその後についてくる。

俺の子分みたいだな、と海斗は思った。

腰くらいの高さにある出窓は障子戸が背景となり店内との空間が仕切られていてディスプレイのスペースになっていた。その真ん中に30センチほどの酒の壺が置いてある。

年期の入った赤れんが風の壺には黄ばんだ白の被せ布が被せられ、その周りに縄が巻かれ、真ん中には筆文字で紅八潮と書いてある。

壺の曲線が埃を被っているのがガラス越しからもわかる。

「俺この中やるから、徹はガラス拭きな」

「はい。」

海斗は店側から出窓の障子戸開け体半分を突っ込んだ。

壺に敬意を払う気持ちで丁寧にはたきで埃を払った。埃の舞う中、海斗はショーケースの角にハエが死んでいるのを見つけた。

この密閉された空間にどうやってハエが入り込んだんだ、と不思議に思い顏を近ずけるとそのハエが急に動き出した。

海斗は「はっ」という声にならい声と共に何かに突かれたように飛び退いた。

その時、海斗の腕が硬い物に触れたがそれは壁のようには安定していない。

海斗がバランスを失い手をついた瞬間、ドスッと鈍い音がした。

そこに横たわっているのはあの重厚な酒壺だ。

そこに老人が倒れているのを見ているような衝撃と恐怖で二人は顏を合わせた。

老人からは血が流れ出すように赤い液体が流れ出している。

酒だと思っていたのに赤かったことがよりショックで二人は10秒ほど白い被せ布の端が赤く染まって行くのを見ていた。

ハッと我に返った徹は戸棚に入っているタオルを全部出して流れる血を止めるように壺の下に押し込む。が、血の量が多すぎて止めきれない。

海斗は明らかにパニック状態の徹に「モ、モップ!」と言い、店の裏の倉庫にモップを取りに行った。

海斗は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた。

あの酒壺はどれくらい大切なものだったのだろうか。

どれくらい高価なものだったのだろうか。

そう考えるうちに胸のどくんどくんという動悸が海斗の体を支配していった。

重大な罪を犯してしまったのではないか。そう思うとこの場を逃げ出したしたくなった。

でも、酒壺を割ってしまっただけなのだ。

人を殺したわけでもないし。

冷静になろうと細く長く息を吐き、モップとバケツと雑巾を手にして店内に戻った。


店内に戻った海斗は思わずキッチンの影に隠れてしまった。

いつの間にか、後ろ姿の弁二が徹の前に立っているのが見えたからだ。

弁二越しに見る徹は小さく縮こまっている。

明らかに、徹は壺を割ったことを叱られている。

なんと言っているか聞こえないが、「はい、すみません」とでも言っているのだろうか。

くちびるを読もうとするがあまりにも口の動きが小さすぎて全くわからない。

弁二の背中から怒りが伝わってきた。

弁二の眉間の皺と抑圧するような目力を想像して、海斗はそこから動けなかった。
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