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6.猫又
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――喫茶 猫又。どこをどう見ても怪しく、胡散臭さの塊だ。恐らく今、父がこの場にいたら全力で入店を止めるだろうが、あいにく今は自分一人だ。覚悟を決め、扉を開けた。
扉の隙間からあたりを見回すと、雑然とした外見とは違い、センス良く骨董品が飾られ、コーヒーのいい香りが出迎える、落ち着いた大人の喫茶店という印象を受けた。
再度、意を決し一歩踏み出すと木の床板が小さく軋んだ。別に音を立ててはいけないわけではないが、めぐみは焦って周囲を見渡すが、誰もいない。人気の無い店というの存外不気味で、急に怖くなっためぐみは追わず踵を返し、扉に手をかけようとすると、カウンターの方から小さく「いらっしゃい」と声が聞こえた。
店員だろうか、とカウンターに近づくが、誰もいない。おそるおそるカウンターを覗くと、下からでっぷりとした中年の男が急に顔を覗かせた。
めぐみは驚いて声も出せなかった。口をパクパクさせるめぐみに向かって男はゆっくりと口を開いた。
「いらっしゃい、お嬢さん。猫又へようこそ」
「あ、あの……はい。いらっしゃいました」
気が動転して意味の分からない返答をしてしまい、顔から火が出る思いをしていると、奥の座席から聞き覚えのある声がした。
「マスター、私の待ち人よ。島岡さんこっち」
先程まで空にしていた席にいつの間にか座っていた月原はめぐみに手招きをしてくれている。めぐみはマスターと呼ばれた男の顔をちらりと見ると、不思議と目が合った。その目は人間と言うより、どこか猫のようだ。マスターはにんまりと笑ってから口を開いた。
「話は聞いているよ。さささ、どうぞ」
そういうと、マスターは、『貸切中』という札を持って表に出ていってしまった。
「びっくりしたよ、カウンターの下から急に出て来るんだもん」
注文したカフェオレを飲みながらめぐみは不満そうな表情を浮かべた。
「あれはマスターの趣味ね。お客を驚かせるのが趣味なの。最低よね」
そういうと、月原は無表情のままコーヒーカップに口をつけた。めぐみには、月原のその仕草が美しく、大人びたOLのように映った。そもそも、めぐみはこういった喫茶店に入ってコーヒーを飲むなんて習慣は無かった。本当は甘いジュースでも飲みたいが、目の前の月原を見ていると、何となく背伸びをしたくなり、カフェオレを頼んだが、期待とは裏腹に目の前に置かれたカフェオレは子供っぽいカップに注がれていた。
「なんか、月原さんって、大人だよね。憧れちゃうな」
カフェオレに口をつけてから不意にめぐみが零した
「別に大人じゃないわよ。普通の十七歳よ」
ぴしゃりと言われてしまうとそれ以上会話が続かない。あまり大人と言われたくないのだろうか。普段子供っぽいと言われる事が多いめぐみにはよく分からないが、それぞれ思うことは違うのだろう。
「ご、ごめんね」
「謝る必要は無いわ」
「そう……ごめんね」
早々と会話が尽きてしまったが、元から雑談をしに来たわけでも無いので、めぐみは早速本題へ入る事にした。
「月原さん、今日は学校が休みなのにありがとう。今日はお母さんの事を調べるんだよね」
「そうよ。ひとまず、何か憑き物にとり憑かれるような……人から恨まれるような事に心当たりはないかしら」
めぐみは大げさに腕を組み、いかにも考えている姿勢をとった。しかしやはり思い当たる節は無い。
「うーん。私も昨日ね、お母さんのこと、お父さんにも聞いてみたんだ。何か最近困ってたり、悩んでたりしてなかったかって」
「それで?」
「でもね、やっぱり心当たりは無いって。お母さんが入院する事になった時も、お父さんとかお爺ちゃん達にも色々聞かれたんだけど」
あの時の父はまるで針のむしろだっただろう。父は婿養子のせいで立場が弱かった。それをいい事に親族の中には父が母を追い詰めたと決めつけなじってくる者すらいた。その時の父の辛そうな表情は今でも忘れられない。
「本当に、あの日まで……元気だったんだよ。だから心当たりなんて……」
月原は黙って聞いている。相変わらずの無表情だ。そんな無表情にも少し慣れてきためぐみは更に続けた。
「むしろお母さんね、喋りすぎるし、あんまり隠し事が上手だとは思えないよ」
「そう。困ったわね」
月原のシンプル過ぎる返答に焦るが、やはりこれ以上考えても答えは出そうに無い。
そこで、めぐみはもう一つの疑問をぶつける事にした。
「そう言えば、憑き物のお祓いって、その『依り代』ってやつの願いを叶えてあげて、成仏してもらうんだよね」
「簡単に言うとそうね。依り代が消えると、具現化している憑き物も形を維持できなくなって元の世界へ帰っていくの」
「えっとね、もしその依り代の願いが叶えられないとどうなるの?」
めぐみは何となく聞いたつもりだが、それは非常に大きな問題だと、月原の言葉で思い知ることとなる。
「憑き物は願いを叶えるまでは決して消えないわ。どんどん力を蓄えて必ず想いを果たす」
必ず――めぐみはその言葉に冷たいものを感じた。
「叶えられない……事ってあるの?」
月原は残ったコーヒーを飲み干し静かに続けた。
「その想いが、例えば人を殺すこと……まあ私達の世界の基準でいえば犯罪行為、他にも壊れた物を完全に元に戻す……とかの場合は、無理よね」
めぐみはごくりと唾を飲んだ。
「はっきり言っておくけど、今回のケースはその難しいパターンだと思うわ。現にあなたやお母さんは殺されそうになったのだもの。あなたの家族を全員死に追いやる、というのが願いかもね」
月原は恐ろしい事をさらりと言ってのけた。あまりにあっさりとした口調なので、めぐみは一瞬理解できなかったが、その言葉がじわじわと沁みこんでくると、思わず声を上げた。
「そんな!」
めぐみは思わず机を叩き立ち上がった。
どこかで、知らない内に人を傷つけていたかもしれない。でも、家族を全員殺されるほど、恨みを買ったとは思えない。いくらなんでも理不尽だ。
「そんな……ひどいよ」
「理不尽よね。でも憑きものってそういうものなの」
めぐみは力なく席に座った。言葉が見つからない。月原も少しの間黙っていたが、一呼吸おいてまた口を開いた。
「――とりあえず、覚悟は決めておいたほうがいいわ。どちらにしろ簡単に済む話ではないのだから」
そういうと、すっと席を立ち上がると、カウンターの奥へと消えていってしまった。
めぐみは月原の姿にどこか冷たく、人を寄せ付けないものを感じた。まるで――
「機械みたい」
その言葉は口に出さず、ゆっくりと飲み込んだ。
扉の隙間からあたりを見回すと、雑然とした外見とは違い、センス良く骨董品が飾られ、コーヒーのいい香りが出迎える、落ち着いた大人の喫茶店という印象を受けた。
再度、意を決し一歩踏み出すと木の床板が小さく軋んだ。別に音を立ててはいけないわけではないが、めぐみは焦って周囲を見渡すが、誰もいない。人気の無い店というの存外不気味で、急に怖くなっためぐみは追わず踵を返し、扉に手をかけようとすると、カウンターの方から小さく「いらっしゃい」と声が聞こえた。
店員だろうか、とカウンターに近づくが、誰もいない。おそるおそるカウンターを覗くと、下からでっぷりとした中年の男が急に顔を覗かせた。
めぐみは驚いて声も出せなかった。口をパクパクさせるめぐみに向かって男はゆっくりと口を開いた。
「いらっしゃい、お嬢さん。猫又へようこそ」
「あ、あの……はい。いらっしゃいました」
気が動転して意味の分からない返答をしてしまい、顔から火が出る思いをしていると、奥の座席から聞き覚えのある声がした。
「マスター、私の待ち人よ。島岡さんこっち」
先程まで空にしていた席にいつの間にか座っていた月原はめぐみに手招きをしてくれている。めぐみはマスターと呼ばれた男の顔をちらりと見ると、不思議と目が合った。その目は人間と言うより、どこか猫のようだ。マスターはにんまりと笑ってから口を開いた。
「話は聞いているよ。さささ、どうぞ」
そういうと、マスターは、『貸切中』という札を持って表に出ていってしまった。
「びっくりしたよ、カウンターの下から急に出て来るんだもん」
注文したカフェオレを飲みながらめぐみは不満そうな表情を浮かべた。
「あれはマスターの趣味ね。お客を驚かせるのが趣味なの。最低よね」
そういうと、月原は無表情のままコーヒーカップに口をつけた。めぐみには、月原のその仕草が美しく、大人びたOLのように映った。そもそも、めぐみはこういった喫茶店に入ってコーヒーを飲むなんて習慣は無かった。本当は甘いジュースでも飲みたいが、目の前の月原を見ていると、何となく背伸びをしたくなり、カフェオレを頼んだが、期待とは裏腹に目の前に置かれたカフェオレは子供っぽいカップに注がれていた。
「なんか、月原さんって、大人だよね。憧れちゃうな」
カフェオレに口をつけてから不意にめぐみが零した
「別に大人じゃないわよ。普通の十七歳よ」
ぴしゃりと言われてしまうとそれ以上会話が続かない。あまり大人と言われたくないのだろうか。普段子供っぽいと言われる事が多いめぐみにはよく分からないが、それぞれ思うことは違うのだろう。
「ご、ごめんね」
「謝る必要は無いわ」
「そう……ごめんね」
早々と会話が尽きてしまったが、元から雑談をしに来たわけでも無いので、めぐみは早速本題へ入る事にした。
「月原さん、今日は学校が休みなのにありがとう。今日はお母さんの事を調べるんだよね」
「そうよ。ひとまず、何か憑き物にとり憑かれるような……人から恨まれるような事に心当たりはないかしら」
めぐみは大げさに腕を組み、いかにも考えている姿勢をとった。しかしやはり思い当たる節は無い。
「うーん。私も昨日ね、お母さんのこと、お父さんにも聞いてみたんだ。何か最近困ってたり、悩んでたりしてなかったかって」
「それで?」
「でもね、やっぱり心当たりは無いって。お母さんが入院する事になった時も、お父さんとかお爺ちゃん達にも色々聞かれたんだけど」
あの時の父はまるで針のむしろだっただろう。父は婿養子のせいで立場が弱かった。それをいい事に親族の中には父が母を追い詰めたと決めつけなじってくる者すらいた。その時の父の辛そうな表情は今でも忘れられない。
「本当に、あの日まで……元気だったんだよ。だから心当たりなんて……」
月原は黙って聞いている。相変わらずの無表情だ。そんな無表情にも少し慣れてきためぐみは更に続けた。
「むしろお母さんね、喋りすぎるし、あんまり隠し事が上手だとは思えないよ」
「そう。困ったわね」
月原のシンプル過ぎる返答に焦るが、やはりこれ以上考えても答えは出そうに無い。
そこで、めぐみはもう一つの疑問をぶつける事にした。
「そう言えば、憑き物のお祓いって、その『依り代』ってやつの願いを叶えてあげて、成仏してもらうんだよね」
「簡単に言うとそうね。依り代が消えると、具現化している憑き物も形を維持できなくなって元の世界へ帰っていくの」
「えっとね、もしその依り代の願いが叶えられないとどうなるの?」
めぐみは何となく聞いたつもりだが、それは非常に大きな問題だと、月原の言葉で思い知ることとなる。
「憑き物は願いを叶えるまでは決して消えないわ。どんどん力を蓄えて必ず想いを果たす」
必ず――めぐみはその言葉に冷たいものを感じた。
「叶えられない……事ってあるの?」
月原は残ったコーヒーを飲み干し静かに続けた。
「その想いが、例えば人を殺すこと……まあ私達の世界の基準でいえば犯罪行為、他にも壊れた物を完全に元に戻す……とかの場合は、無理よね」
めぐみはごくりと唾を飲んだ。
「はっきり言っておくけど、今回のケースはその難しいパターンだと思うわ。現にあなたやお母さんは殺されそうになったのだもの。あなたの家族を全員死に追いやる、というのが願いかもね」
月原は恐ろしい事をさらりと言ってのけた。あまりにあっさりとした口調なので、めぐみは一瞬理解できなかったが、その言葉がじわじわと沁みこんでくると、思わず声を上げた。
「そんな!」
めぐみは思わず机を叩き立ち上がった。
どこかで、知らない内に人を傷つけていたかもしれない。でも、家族を全員殺されるほど、恨みを買ったとは思えない。いくらなんでも理不尽だ。
「そんな……ひどいよ」
「理不尽よね。でも憑きものってそういうものなの」
めぐみは力なく席に座った。言葉が見つからない。月原も少しの間黙っていたが、一呼吸おいてまた口を開いた。
「――とりあえず、覚悟は決めておいたほうがいいわ。どちらにしろ簡単に済む話ではないのだから」
そういうと、すっと席を立ち上がると、カウンターの奥へと消えていってしまった。
めぐみは月原の姿にどこか冷たく、人を寄せ付けないものを感じた。まるで――
「機械みたい」
その言葉は口に出さず、ゆっくりと飲み込んだ。
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