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25.「交渉」
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「交渉」
真夜中の病室に月原はさも当然のように現れた。いつ鬼はその存在を確認すると静かに語りかけ始めた。
「憑き物祓いの娘か。どうしてここにいる」
「あら、悪いかしら? 乙女のプライベートに口を出すなんて野暮よ」
「減らず口を……貴様も縊り殺してもよいのだぞ」
「それは御免だわ。それより、その子、ちょっと自由にしてあげて欲しいのだけれど」
どうやら「その子」とは自分の事で間違いないようだ。めぐみの手はまだスカーフを強く握っており、いつ母を殺してしまうか分からない。一刻も早く解放されたい。
「断る」
しかしいつ鬼もそもそも言われるがままに解放するくらいなら最初からこんな事はしていないだろう。
「あら、いいじゃない」
月原はどこか場違いな雰囲気だ。
「もうよい。貴様と話すことなど――
「想いを晴らしに来たわ」
月原は言った。
想いを晴らしに、と。
「想いを晴らしに――だと。笑わせるな。何も出来なかったではないか」
いつ鬼がそういうのも無理は無い。昨日憑き物祓いを盛大に失敗したばかりなのだから。しかし、月原はそんな事お構い無しだ。
「あら、失敗は成功の元というじゃない?まあ、納得できないと思うから条件をつけましょう」
「――条件か。それは貴様の命以外には無いぞ」
「そのつもりよ」
まるで、それが当たり前のように。あまりにもあっけなく月原は答えた。
そのやり取りを背中で聞いていためぐみはふと、自分の体が自由に動く事に気がついた。めぐみは振り向くよりも先に母の首に巻き付けられたスカーフを急いで解いた。
「おかあさん……ごめんね、苦しかったよね」
スカーフをポケットにしまうと、静かに振り向く。その視線の先には月原といつ鬼が対峙していた。
「月原さん――」
「涙を拭きなさい」
そういうと、月原はめぐみにハンカチを放り投げた。不似合いなほど可愛い猫柄だ。
「これが最後の機会だ。想いを果たす事が出来なければ――」
「分かっているわ。少し待ちなさい」
月原は冷静だ。いつ鬼もどうやら傍観する事に決めたようで、その場から動かない。
めぐみは月原の背中に隠れるようにはりついた。
「あ、ありがとう」
「ああ、ハンカチ? 洗わなくてもいいわよ」
月原はそう言うとハンカチを受け取ろうと手を伸ばした。一瞬あっけに取られるが、「洗ってから返すよ」と言い、涙を拭いたハンカチをポケットに入れた。
「そうじゃなくて、助けに来てくれて。どうして私が病院にいるって分かったの」
めぐみも気がついたら病院まで来ていた。あの状態で月原に連絡なんて出来るとも思えない。
「ああ、その事。多分今日の夜中には渡したお札の効力が切れそうだったから、見張ってもらってたの」
「ええ、見張りがいたの? だ、だれが?」
「私たち憑き物祓いに協力してくれる人って結構いるのよ」
協力者、そういえば猫又のマスターも同じような事を言っていた事を思い出した。
「猫又のマスター?」
「マスターじゃなくて」
そういうと、月原は窓の外を指差した。その先には夜の闇に溶け込みそうな黒猫がいた。めぐみと視線が合うと黒猫は鈴の音を残して去っていった。
「ここ、五階……だよね」
「猫又は普通の猫じゃないから。さ、そろそろ始めましょうか」
いつ鬼が般若のような、いや文字通り般若顔で睨んでいる。あまり余計な事を話している暇は無さそうだ。
「う、うん。でも、月原さん、どうやって祓うの? もしかして全部分かったの?」
正直、昨日から新たな収穫は殆ど無かったと言える。それなのに月原にはどうにも自信が漲っているようだ。しかし、月原の口からは予想外の答えが返ってきた。
「いいえ。そんな事無いわよ」
「そ、そんな。じゃあ結局……」
「まあ、落ち着きなさい。今の私には推測しかできないけど、答えを知っている人がいるわ。そして――あら、来たみたいね」
そういうと、月原は扉のほうに視線を向けた。廊下から静かに足音が聞える。その足音が一歩一歩近づき、めぐみ達のいる病室の前で止まった。僅かに息遣は感じるが、後一歩足が出ないのか、そのまま動かない。
自分も知りえなかった、憑き物の本当の想いを知る人物――
「――そんな所にいないで、入ってきたらどうです?」
月原の声は、冷たい氷のようだ。その声に招かれるように部屋に入ってきたのは
「お――とうさん」
めぐみの口から零れ落ちた言葉が部屋に静かに響いた。
真夜中の病室に月原はさも当然のように現れた。いつ鬼はその存在を確認すると静かに語りかけ始めた。
「憑き物祓いの娘か。どうしてここにいる」
「あら、悪いかしら? 乙女のプライベートに口を出すなんて野暮よ」
「減らず口を……貴様も縊り殺してもよいのだぞ」
「それは御免だわ。それより、その子、ちょっと自由にしてあげて欲しいのだけれど」
どうやら「その子」とは自分の事で間違いないようだ。めぐみの手はまだスカーフを強く握っており、いつ母を殺してしまうか分からない。一刻も早く解放されたい。
「断る」
しかしいつ鬼もそもそも言われるがままに解放するくらいなら最初からこんな事はしていないだろう。
「あら、いいじゃない」
月原はどこか場違いな雰囲気だ。
「もうよい。貴様と話すことなど――
「想いを晴らしに来たわ」
月原は言った。
想いを晴らしに、と。
「想いを晴らしに――だと。笑わせるな。何も出来なかったではないか」
いつ鬼がそういうのも無理は無い。昨日憑き物祓いを盛大に失敗したばかりなのだから。しかし、月原はそんな事お構い無しだ。
「あら、失敗は成功の元というじゃない?まあ、納得できないと思うから条件をつけましょう」
「――条件か。それは貴様の命以外には無いぞ」
「そのつもりよ」
まるで、それが当たり前のように。あまりにもあっけなく月原は答えた。
そのやり取りを背中で聞いていためぐみはふと、自分の体が自由に動く事に気がついた。めぐみは振り向くよりも先に母の首に巻き付けられたスカーフを急いで解いた。
「おかあさん……ごめんね、苦しかったよね」
スカーフをポケットにしまうと、静かに振り向く。その視線の先には月原といつ鬼が対峙していた。
「月原さん――」
「涙を拭きなさい」
そういうと、月原はめぐみにハンカチを放り投げた。不似合いなほど可愛い猫柄だ。
「これが最後の機会だ。想いを果たす事が出来なければ――」
「分かっているわ。少し待ちなさい」
月原は冷静だ。いつ鬼もどうやら傍観する事に決めたようで、その場から動かない。
めぐみは月原の背中に隠れるようにはりついた。
「あ、ありがとう」
「ああ、ハンカチ? 洗わなくてもいいわよ」
月原はそう言うとハンカチを受け取ろうと手を伸ばした。一瞬あっけに取られるが、「洗ってから返すよ」と言い、涙を拭いたハンカチをポケットに入れた。
「そうじゃなくて、助けに来てくれて。どうして私が病院にいるって分かったの」
めぐみも気がついたら病院まで来ていた。あの状態で月原に連絡なんて出来るとも思えない。
「ああ、その事。多分今日の夜中には渡したお札の効力が切れそうだったから、見張ってもらってたの」
「ええ、見張りがいたの? だ、だれが?」
「私たち憑き物祓いに協力してくれる人って結構いるのよ」
協力者、そういえば猫又のマスターも同じような事を言っていた事を思い出した。
「猫又のマスター?」
「マスターじゃなくて」
そういうと、月原は窓の外を指差した。その先には夜の闇に溶け込みそうな黒猫がいた。めぐみと視線が合うと黒猫は鈴の音を残して去っていった。
「ここ、五階……だよね」
「猫又は普通の猫じゃないから。さ、そろそろ始めましょうか」
いつ鬼が般若のような、いや文字通り般若顔で睨んでいる。あまり余計な事を話している暇は無さそうだ。
「う、うん。でも、月原さん、どうやって祓うの? もしかして全部分かったの?」
正直、昨日から新たな収穫は殆ど無かったと言える。それなのに月原にはどうにも自信が漲っているようだ。しかし、月原の口からは予想外の答えが返ってきた。
「いいえ。そんな事無いわよ」
「そ、そんな。じゃあ結局……」
「まあ、落ち着きなさい。今の私には推測しかできないけど、答えを知っている人がいるわ。そして――あら、来たみたいね」
そういうと、月原は扉のほうに視線を向けた。廊下から静かに足音が聞える。その足音が一歩一歩近づき、めぐみ達のいる病室の前で止まった。僅かに息遣は感じるが、後一歩足が出ないのか、そのまま動かない。
自分も知りえなかった、憑き物の本当の想いを知る人物――
「――そんな所にいないで、入ってきたらどうです?」
月原の声は、冷たい氷のようだ。その声に招かれるように部屋に入ってきたのは
「お――とうさん」
めぐみの口から零れ落ちた言葉が部屋に静かに響いた。
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