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26.「K・M」
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「K・M」
「い、一体、どういう事なんだ」
父が病室に見た光景は、正に信じがたいものだったのだろう。
白装束に般若の形相をしているいつ鬼。どうやら今の父にもいつ鬼が見えるようだ。
「き、貴様、私の妻とこの子達に何をするつもだ!」
父がいつ鬼に震える口調で問い詰めると、いつ鬼は体を膨れ上がらせ逆に詰め寄った。
「黙っていろ。そうすれば貴様に危害は加えない。いいな!」
いつ鬼に詰め寄られた父はあまりの恐怖に腰をぬかしてその場に座り込んでしまった。
「お、父さん」
めぐみはすぐに父に駆け寄った。
「め、めぐみ。一体、これはなんなんだ……。それに病院の職員もだれもいないし、電話も繋がらなくて」
血の気が失せ青白い顔をしている。
「職員もいるし、電話も繋がるわ。あちらの世界ではね」
月原が父を見下ろして言った。
「ここは神と妖怪の世界。私たちはその世界に、いつ鬼に招かれたのよ」
「ふ、ふざけるな、そんな馬鹿な話! それにい、一体なんの話だ! 私を、家族を巻き込むな!」
父が叫ぶが、当の月原の表情は変わらない――いや、そうじゃない。たった三日の付き合いだが、めぐみにはよく分かった。
月原は怒っていた
表情こそ変わらないが、その瞳の奥にこらえがたい、怒りを抱いている。月原はそっと、めぐみの肩に手を乗せた。
「――知りたくなかった事を知り、見たくなかったものを見る。傷つき、後悔するかもしれない。大切なものを失うかもしれない。それでも――あなたは真実を知りたい?」
めぐみは静かに立ち上がった。後ろで父が何か喚いているが、今はどうでもいい。
深く――呼吸する。顔と耳は熱いし、手には汗が滲む。心臓は煩い。体が拒否しているのだろう。しかし、後戻りをするつもりは無い。めぐみは静かに頷いた。
その光景を見ていた父がまた月原に向けて叫びだした。
「私は、関係ない! すぐにここから出てい――
月原はそんな父を無視し、いつ鬼に向かい、口を開いた。
「野崎さとみ――」
のざきさとみ。
その名前を聞いた瞬間、いつ鬼の顔が音を立ててひびが入った。
「正解だったようね」
そう言うと月原はポケットからある物を取り出した。
それは昨日拾った指輪だ。確か、裏には――
「S・N……さとみ、のざき。野崎里美って、じゃあこの指輪……」
「そう、あなた達を死へ誘おうとしたいつ鬼の『本体』の物。そして――
月原はその指輪を放り投げ、言った。
「見覚えがあるでしょう」
指輪は床に落ち、転がっていく。その指輪が止まった先には、腰を抜かし、そして恐怖に顔が引きつっている父島岡幸一
――旧姓 松山幸一がいた。
父の目の前には指輪が転がっている。手を伸ばせばすぐに届く距離だ。しかし、父は手を伸ばそうとはしなかった。
暫く黙っていた父はようやく震える声を絞り出した。
「あ、あの電話は君だったのか……」
「ええ、勿論」
「で、電話? ど、どういうこと。それになんでこの指輪をお父さんが――
「島岡さん。説明するから黙っていなさい」
月原はめぐみの唇にそっと指を当てた。こうされるともう黙るしかなかった。
「私があなたのお父さんに電話したのよ。野崎里美の事を知っている。一人で病院に来るようにって」
「電話番号は、どこで手に入れた」
父は憎らしそうにしている。それにこの疑問はもっともだ。今の時代は個人情報に煩く、連絡網も無いし、めぐみも父の電話番号を教えた覚えもない――が
「あ、そういえば……お父さん、昨日月原さんのお母さんと電話番号を交換したって」
「そうよ、きっと挨拶に来るから、電話番号を聞いておいてと頼んだのよ」
と言う事は、あの時点で既に月原は父を疑っていたのだ。しかし、何故。聞きたいがそれはこれから話してくれるだろう。
「君は――どこまで知っている」
「さあ、どこまでか。分からないわ」
「ふざけるな――」
父は突然立ち上がると月原に飛びかかろうとした
「いつ鬼――」
しかし月原が呟くと同時に、いつ鬼が凄まじい勢いで父を組み伏せ、見えない縄のようなもので縛り上げた。
「我に命令するとは。豪胆な」
いつ鬼は足元で身動きが取れない父を足蹴にしながら月原に言った。
「あら、私は名前を呼んだだけでしょ?」
「まあよいわ――我が依り代のの想いを果たす邪魔をする者は容赦せん」
めぐみはもがく父、そして何故か月原に協力するいつ鬼をみて唖然としている。そんな様子をみて月原が口を開いた。
「いつ鬼は本体の想いを果たす事で私たちと目的は一緒。ただ、やり方が違うだけ」
「そうなんだ――ところで、お父さん、大丈夫だよね」
めぐみは心配そうに父を見つめている。
「ええ、流石に死にはしないし意識もあるわ。これからの事で聞きたいこともあるし」
「い、一体、どういう事なんだ」
父が病室に見た光景は、正に信じがたいものだったのだろう。
白装束に般若の形相をしているいつ鬼。どうやら今の父にもいつ鬼が見えるようだ。
「き、貴様、私の妻とこの子達に何をするつもだ!」
父がいつ鬼に震える口調で問い詰めると、いつ鬼は体を膨れ上がらせ逆に詰め寄った。
「黙っていろ。そうすれば貴様に危害は加えない。いいな!」
いつ鬼に詰め寄られた父はあまりの恐怖に腰をぬかしてその場に座り込んでしまった。
「お、父さん」
めぐみはすぐに父に駆け寄った。
「め、めぐみ。一体、これはなんなんだ……。それに病院の職員もだれもいないし、電話も繋がらなくて」
血の気が失せ青白い顔をしている。
「職員もいるし、電話も繋がるわ。あちらの世界ではね」
月原が父を見下ろして言った。
「ここは神と妖怪の世界。私たちはその世界に、いつ鬼に招かれたのよ」
「ふ、ふざけるな、そんな馬鹿な話! それにい、一体なんの話だ! 私を、家族を巻き込むな!」
父が叫ぶが、当の月原の表情は変わらない――いや、そうじゃない。たった三日の付き合いだが、めぐみにはよく分かった。
月原は怒っていた
表情こそ変わらないが、その瞳の奥にこらえがたい、怒りを抱いている。月原はそっと、めぐみの肩に手を乗せた。
「――知りたくなかった事を知り、見たくなかったものを見る。傷つき、後悔するかもしれない。大切なものを失うかもしれない。それでも――あなたは真実を知りたい?」
めぐみは静かに立ち上がった。後ろで父が何か喚いているが、今はどうでもいい。
深く――呼吸する。顔と耳は熱いし、手には汗が滲む。心臓は煩い。体が拒否しているのだろう。しかし、後戻りをするつもりは無い。めぐみは静かに頷いた。
その光景を見ていた父がまた月原に向けて叫びだした。
「私は、関係ない! すぐにここから出てい――
月原はそんな父を無視し、いつ鬼に向かい、口を開いた。
「野崎さとみ――」
のざきさとみ。
その名前を聞いた瞬間、いつ鬼の顔が音を立ててひびが入った。
「正解だったようね」
そう言うと月原はポケットからある物を取り出した。
それは昨日拾った指輪だ。確か、裏には――
「S・N……さとみ、のざき。野崎里美って、じゃあこの指輪……」
「そう、あなた達を死へ誘おうとしたいつ鬼の『本体』の物。そして――
月原はその指輪を放り投げ、言った。
「見覚えがあるでしょう」
指輪は床に落ち、転がっていく。その指輪が止まった先には、腰を抜かし、そして恐怖に顔が引きつっている父島岡幸一
――旧姓 松山幸一がいた。
父の目の前には指輪が転がっている。手を伸ばせばすぐに届く距離だ。しかし、父は手を伸ばそうとはしなかった。
暫く黙っていた父はようやく震える声を絞り出した。
「あ、あの電話は君だったのか……」
「ええ、勿論」
「で、電話? ど、どういうこと。それになんでこの指輪をお父さんが――
「島岡さん。説明するから黙っていなさい」
月原はめぐみの唇にそっと指を当てた。こうされるともう黙るしかなかった。
「私があなたのお父さんに電話したのよ。野崎里美の事を知っている。一人で病院に来るようにって」
「電話番号は、どこで手に入れた」
父は憎らしそうにしている。それにこの疑問はもっともだ。今の時代は個人情報に煩く、連絡網も無いし、めぐみも父の電話番号を教えた覚えもない――が
「あ、そういえば……お父さん、昨日月原さんのお母さんと電話番号を交換したって」
「そうよ、きっと挨拶に来るから、電話番号を聞いておいてと頼んだのよ」
と言う事は、あの時点で既に月原は父を疑っていたのだ。しかし、何故。聞きたいがそれはこれから話してくれるだろう。
「君は――どこまで知っている」
「さあ、どこまでか。分からないわ」
「ふざけるな――」
父は突然立ち上がると月原に飛びかかろうとした
「いつ鬼――」
しかし月原が呟くと同時に、いつ鬼が凄まじい勢いで父を組み伏せ、見えない縄のようなもので縛り上げた。
「我に命令するとは。豪胆な」
いつ鬼は足元で身動きが取れない父を足蹴にしながら月原に言った。
「あら、私は名前を呼んだだけでしょ?」
「まあよいわ――我が依り代のの想いを果たす邪魔をする者は容赦せん」
めぐみはもがく父、そして何故か月原に協力するいつ鬼をみて唖然としている。そんな様子をみて月原が口を開いた。
「いつ鬼は本体の想いを果たす事で私たちと目的は一緒。ただ、やり方が違うだけ」
「そうなんだ――ところで、お父さん、大丈夫だよね」
めぐみは心配そうに父を見つめている。
「ええ、流石に死にはしないし意識もあるわ。これからの事で聞きたいこともあるし」
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