笑わない(らしい)黒の皇子の結婚~元聖女の皇子の強すぎる執着を元黒竜の訳あり令嬢は前向きに検討することにしました~

HarukaR

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22.シャル、罠にはまる

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 マリーナは、男たちよりもよほど冷静沈着だった。飛翔の術で空高く舞い上がり、月明かりの下、燃え広がる炎をじっと観察する。

「魔道具でも使ったのかしら。これは、私の魔力では消せないやつだわ」

 と、一人ごちる。
 さらに高度を上げて、周辺まで見渡してみて、首を傾げた。

 おかしい。なぜ、誰一人、外へ出て来ないのか。すでに、全員が火に飲まれた?確かに急な襲撃だったが、あの『黒騎士団』全員がこんなにあっけなくやられるとは思えない。それに、世話係の使用人たちもこの離宮に数人はいたはず。この騒ぎで誰も出て来ないのは、不自然極まりない。

 ん?あれは?
 燃え盛る建物の向こうにあるもう一つの別棟。その奥の一室だけ灯りが点いているようだ。
 ただ単に消し忘れただけかもしれないけれど。
 でも・・・もしかしたら誰かいるのかも・・・
 どうしたものか。爆発そのものは、あの後は治まっている。クレインもアルフォンソ皇子も、大概の敵には引けを取ることはないだろう。一刻を争って加勢する必要があるわけではなさそうだ。

 マリーナは、まずは別棟を調べてから、本棟に向かうことにした。

*  *  *  *  *

 警戒しつつ一歩踏み込んだマリーナは、状況を一目見て、数歩後ろに下がった。

 料理の匂いに混じる独特の甘ったるい芳香に、ハンカチを取り出して鼻と口をすっぽりと覆う。風魔法を操って、部屋の空気を強制的に入れ替えた。それから改めて、内部を確認しながら踏み入る。

 そこは、やや小ぶりながらも宴会場になっていた。

 白かったと思われるテーブルクロスには、あちこちに茶色やオレンジのしみがこびりつき、まだ半分ほど料理が残った皿が所狭しと並べられている。泡の抜けきったビールらしき液体が残ったグラスもあちこちに転がっていた。テーブルの上だけでなく、床の敷物や誰かの衣服もぐっしょりと濡らして。

 すっかりくつろいだ格好の騎士たちは、完全に眠りこけていた。ある者はイスの背にもたれた格好で。またある者は床にずり落ちて。他人の身体の上に折り重なっている者までいる。メイドや給仕などの使用人らしき姿もその中に混じっていた。

 身構えながら、近づいてそっと首筋に指で触れ、脈を確認していく。
 よかった。どうやら、皆、眠っているだけのようだ。
 おそらく、強力な『眠り香』の類が使われたのだろう。
 それにしても不覚を取ったものだ。いくら団長不在の折りとはいえ、『黒騎士団』ともあろうものが、こんなに簡単にやられるとは。

 うめき声がして、重なった体の山の一角が蠢き、その下から、一本の腕が突き出した。引っ張り上げてやると、副団長エクセルの憔悴した顔が現れる。

「大丈夫ですか、副団長《エクセル》様?」

 手近の水らしき液体が入ったグラスを取ってやると、エクセルはそれを一気に飲み干した。しきりに首を振って意識をはっきりさせようとしている。

「一体何があったんですか?」

 マリーナの問いに、エクセルは目を何度も瞬かせ、ぼんやりと記憶を辿る。

「差し入れを、運び込むのを手伝ってから、確か、アルの、アルフォンソ皇子の、そう、求婚の成功を祈って、皆で乾杯を・・・そして、それから急に眠くなって・・・」

 ガバッと身を起こし、途端に吐き気を感じたのか、エクセルは短く呻いて口を押えた。唾をグッと飲み込んで、顔を上げ、かすれた声で尋ねる。

「アルは?皇子は無事か?」

「彼なら大丈夫。今は、夫と一緒にあなた達を探しているんじゃないかしら。火の中で」

「火の中?」

「ほら、焦げ臭くありません?隣の本棟、いきなり燃え上がったんです」

「燃え上がった?火の気はなかったはずだが?」

「おそらく、なんらかの火系の術か魔道具が使われた可能性が高いですわね。とにかく、皆さん、ご無事で何よりですわ」

「無事・・・。みんな無事?・・・なぜ、無事なんだ?」

 エクセルが俄かに不審そうに呟いた。

「傷つける気がないのなら、なぜ、燃やしたんだ?俺たち、全員を安全な場所に押し込めて?」

「確かに妙ですわね。まさか、建物を盛大に燃やすこと自体に、意味があった、とか?」

 二人は、困惑ぎみに顔を見合わせた。

* * * * *

「どなたか、どなたか、いらっしゃいませんか!」

 閉じられた扉の向こうから、誰かの慌てたような足音が響いたかと思うと、必死に呼びかける女の声がした。

「助けてください!アルフォンソ殿下が大けがをされました」

「アルフォンソ様が!」

 シャルが慌てて、扉へ駆け寄った。

「ああ、そちらにいらしたのですね」

 声の主は扉のすぐ前で立ち止まったようだった。

「どなたです?」

 ドアノブに手をかけたシャルを制して、エルサが尋ねた。

「レダです。教会の『癒しの聖女』の。どうか、お助けください。お願いです。私の術だけでは助けられないほどの重傷を、アルフォンソ殿下が負われました」

「申し訳ありませんが、お役に立てそうもありません。奥様は、ここにはおられません。ここには、医術を施せる者も、癒しの術を使える者もおりません」

 アルフォンソ様が、大けがを・・・
 エルサが答える間にも、シャルは頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
 どうしよう。あの方が、大けがを?

「せめて、中に入れていただけませんか?お願いです。一刻を争うのです」

「奥様に、マリーナ様に、決して開けるなと命じられています」

 エルサが躊躇いがちに答えた。その視線が心配そうに青ざめたシャルの方へ向かう。

「それに、そうしたくても、今、ここは魔障壁バリアが張られていて、外に出ることも、中に入れてあげることもできないんです」

 少し間を開けて、扉の向こう側から、レダが再び切実な口調で訴えた。

「包帯になりそうな布でもあれば。きれいな水だけでも、何とかなりませんか。このままでは、皇子殿下が・・・」

 水に布、それくらいなら、この部屋にある。それでアルフォンソ様が助かるのなら・・・

「私が持っていきます。私ならここから出られますから」

 シャルが声を大きくして毅然と言い放った。

「お嬢様、危険です。奥様はここから決して出るなと」

「わかってる。でも、このまま何もせずに、あの方にもしものことがあったら、私は一生後悔する」

 引き留めるエルサを振り払って、水と布を手早く用意し、部屋に置いてあった薬を掻き集め、手近の袋に詰める。

「薬を渡すだけよ。すぐに部屋に戻るわ。母上には、後でちゃんと謝るから」

 カギを開け、扉を開け放つと、シャルは一人部屋を出た。
 やはり、というか、予想した通り、マリーナの張った魔障壁に阻まれることなく。

「これで足りるかしら?」

 扉の近くに佇んでいた『癒しの聖女』レダに駆け寄り、袋を差し出す。

「リーシャルーダ・ベルウエザー様」

 珍しくも、はっきりと正式名を呼ばれた。その口調に異質なものを感じて、シャルは反射的に顔を上げた。

 いつの間にか、すぐ近くにレダの顔があるのに驚く。

 あれ?レダ様ってこんな赤い瞳だったっけ?
 父クレインの瞳の色とも違う。まるで瞳の奥が赤く燻っているような。

「やはり、あなたには効果がないようですね」

 ?

「仕方がありません」

 レダはため息交じりに言うと、シャルの背後に向かって、頷いたようだった。
 不審に思って振り向こうとしたとたん、後頭部に鋭い痛みを感じる。

「シャルお嬢様!お嬢様に何をする!」

 くらりと沈みゆく意識の中、最後に覚えていたのは、床の冷たさとエルサの悲鳴のような声だった。

*  *  *  *  *

「『黒の皇子』にお伝えください。ご令嬢を助けたければ、明日の晩7時に『大いなる教会』ブーマ支部の旧聖堂に一人で来るようにと。必ずお一人で」

 あまりのことに声もなく見つめる一同にそう告げると、レダは満足げに笑った。

 『聖女』レダ。教会本部からブーマ国へ派遣されてきたばかりの新米『聖女』。
 目の前で笑う女には、もはや、いつものおどおどした地味な印象は、微塵もなかった。

「そうそう、援軍が一人でもいらした場合は、ご令嬢の安否は保証しかねます。もちろん、この伝言が、部外者に伝わった場合も。皆さまが沈黙を守ってくだされば、ご令嬢がけが一つされることはないと誓いましょう」

 見守るしかない一同を尻目に、背後に控えていた人影の方を振り返る。

「杖を離して、ご令嬢を抱き上げなさい。そのまま、私に付いてきなさい」

 何かが落ちる硬質な音が響いたかと思うと、黒い杖ウォンド~黒騎士団の術師がふだん持ち歩く護身用にも使える杖~が床に転がってくるのが見えた。続いて、のそのそと影から現れた男は、気を失ったシャルの身体を床から抱え上げた。

「ケイン!なぜ、あなたが?」

 エルサの身体を押しのけて突進し、魔障壁に阻まれたサミュエルが驚きの声を上げた。

 『黒騎士団』の若き術師は、その声に何の反応も示さなかった。
 まるで人形のようなぎこちない動きで、命令に従って『聖女』の横に並ぶ。

「それでは、アルフォンソ皇子によろしくお伝えください」

 レダが一礼して、口の中で呪文を唱えた。
 次の瞬間、レダとシャルを抱えたケインの姿は消え失せた。


 アルフォンソがその場に駆け付けたのは、それからすぐ後のことだった。

 
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