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第6膳
たこ焼きとプラネタリウム。大阪デートの定番おやつです
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ぼくが育った関西地方の田舎街に引っ越してきてから、伊緒さんとちょくちょく大阪に遊びに出かけるようになった。
札幌育ちの彼女にとって関西の街並みはいまだに珍しいらしく、大阪なんてそれこそ「異郷」を通り越して「魔境」みたいなものかもしれない。
とはいえぼくのイメージでは、北海道民は大阪に好意的な人が多いような気がする。
関西弁圏の方が道内に旅行することがあれば、旅先ではきっぱり訛ってみてほしい。
きっと、
「おおっ!」
ってな感じで、もともと温かい道民のまなざしに、さらなる親しみがこもるであろうこと請け合いである。
そうなのである。
関西に越してきてすぐの頃、伊緒さんと大阪に行くときはなるべくこれみよがしに「大阪らしい」界隈を歩いたものだった。
新世界とか道頓堀とか千日前とか、ぼくから見ても過分にエキゾチックなディープ・オオサカ。
「ミナミって……帝王のいるところ?」
「バーン!って撃たれる真似されたら、倒れるのがマナーなのね」
「相手のボケにツッコまないのは、侮辱にあたるってほんとう?」
等々、当初伊緒さんは他府県のみなさんが陥る心配事に、真剣に頭を悩ませていた。
だいじょうぶ。
だいじょうぶですよ、伊緒さん。
だいたい8割程度は真実ですから。
なんのかんのといいながら、ほどなく関西の風土にもすっかり馴染んだ彼女は、いまや流暢な関西弁を操れるようになっている。
"関検"、つまり関西弁検定があるとすれば準1級はカタいだろう。
さてさて、そんなコテコテなイメージのある大阪だけど、実際には「水の都」とも称されるおしゃれな界隈も数多い。
特にぼくたちが気に入っているのは「中之島」だ。
これは大阪市のほぼ真ん中に横たわる巨大な中洲で、江戸の昔から全国各地よりもたらされる物資の集積地として栄えてきた。
現在では大阪市庁舎などが置かれ、明治~大正時代の壮麗な建築物が建ち並ぶレトロモダンなスポットだ。
東洋陶磁器専門の美術館やバラ園があり、水辺の風情とも相まって美しい景観を楽しむことができる。
東西およそ3kmにおよぶ中之島の、真ん中よりやや西側に「大阪市立科学館」がある。
とっても大きなプラネタリウムが備わっていて、伊緒さんはこれをたいそう気に入ったため、ちょくちょく足を運ぶようになったのだ。
大阪でわざわざプラネタリウム?と思うなかれ。
軽妙な関西弁でのユーモアあふれる解説は、さすが大阪と思わせる楽しさだ。
架空の天球に再現された星々の光はときにやさしく、ときに幻想的で、身体ごとふわふわと宙に浮くような不思議な感覚に包まれていく。
ぼくはいつも、隣でじっとプラネタリウムを見上げている伊緒さんを、時折横目で見てしまう。
投影中はとても暗いので、うっすらと見えるのは身体の輪郭と、彼女の目に映るスクリーンの星明りだけだ。
伊緒さんが瞬きをする度にその目の星が明滅するのが、ぼくにとっては小さな神秘だった。
プラネタリウムを出てからも、しばらくはなんだか身体がふわふわしたままに感じられる。
伊緒さんとふわふわてくてく歩きながら、さっき観た途方もない宇宙の物語に思いを馳せていると、どういうわけかやはりふわふわとおなかが空いてきてしまう。
そんなときにぴったりなおやつが、ザ・大阪名物のほまれも高い「たこ焼き」だ。
「たこ焼きが球状なのは、惑星の姿を模しているためです。8個入りの"8"という数字は、水・金・地・火・木・土・天・海の惑星を表し、冥王星を加えて9個入りとするお店もあります」
ぼくの渾身のボケがツボにはまった伊緒さんは、以後プラネタリウムと聞くと、必ずたこ焼きの映像が目に浮かぶという共感覚を獲得したそうだ。
関西で暮らすようになってから、彼女はたこ焼き屋さんの多さにしきりに感心したものだった。
いわく、おじさんが一人きりでふらりとたこ焼き屋さんに出入りする光景が、とても珍しく感じられたのだという。
北海道にだってもちろんたこ焼きはあったけれど、ここまで日常に溶け込んでいるとは想像できなかったそうだ。
おやつにもいいし、ビールのおつまみにもいい。
関西人にとってたこ焼きは、老若男女問わず楽しめる身近な食べ物なのだ。
伊緒さんは大阪のプラネタリウムと同じくらい、たこ焼きがお気に召したようだった。
ぼくは関西以外の土地でたこ焼きを食べたことはないのだけど、やっぱり本場の味は「ぜんぜん違う!」らしい。
薄くもちっとした皮をやぶるとタコがごろんと入っていて、とろとろの生地にはしっかりと出汁の旨味がきいている。
「ソースどないします?」
「マヨかけてええですか?」
職人さんが素早くたこ焼きをひっくり返しながらオーダーをとってくれるのも、すごくおもしろいという。
さて、そんなたこ焼きには食べ方にコツがある。
できたてはそれはもうまことに熱くて熱くて、うっかりそのまま頬張ってたいへんな目にあう観光客があとをたたない。
プロ(関西人)の食べ方はこうだ。
1個まるまるのたこ焼きを無造作に口に放り込む。
舌の上で「あうあうあう」とバウンドさせるように転がし、一箇所に長く留まらないようにする。
これに失敗すると口の中をやけどすることになるため、素早く大胆に、かつ精妙な舌さばきが要求される。
そしてのどの奥から「はふはふはふ」と力強く息を吐いて、熱源であるたこ焼きを冷却し続けるのだ。
無論、腹式呼吸にてこれを行う。
結果としてプロがたこ焼きを食べると「あふっ、あっふ、あふっ」という音が出るが、これは上記の複雑な挙動によるものである。
そうなのである。
「むり。ぜったいむり」
以上の説明を聞いて、猫舌の伊緒さんは最初たいへん不安そうな顔をした。
彼女のそんな顔はめったに見ることがないので、ちょっと脅かしすぎたと反省したぼくは、もうひとつの方法を推奨した。
それはたこ焼きを「半分に割る」こと。
たいがい長楊枝二本かお箸を添えて出してくれるので、そいつで素直に半分に割ると急速に熱が逃げて食べやすくなる。
「おいひい。すごくおいひい」
あふあふと猫舌でがんばりながら、喜んでたこ焼きを食べている伊緒さんを見ていると、とっても幸せな気持ちになってくる。
関西では一家に一台、必ずたこ焼き用プレートがあるというけど……。
今度大阪に遊びに行くときは道具屋筋でも覗いて、たこ焼き器材の導入を伊緒さんと検討しようと思っている。
札幌育ちの彼女にとって関西の街並みはいまだに珍しいらしく、大阪なんてそれこそ「異郷」を通り越して「魔境」みたいなものかもしれない。
とはいえぼくのイメージでは、北海道民は大阪に好意的な人が多いような気がする。
関西弁圏の方が道内に旅行することがあれば、旅先ではきっぱり訛ってみてほしい。
きっと、
「おおっ!」
ってな感じで、もともと温かい道民のまなざしに、さらなる親しみがこもるであろうこと請け合いである。
そうなのである。
関西に越してきてすぐの頃、伊緒さんと大阪に行くときはなるべくこれみよがしに「大阪らしい」界隈を歩いたものだった。
新世界とか道頓堀とか千日前とか、ぼくから見ても過分にエキゾチックなディープ・オオサカ。
「ミナミって……帝王のいるところ?」
「バーン!って撃たれる真似されたら、倒れるのがマナーなのね」
「相手のボケにツッコまないのは、侮辱にあたるってほんとう?」
等々、当初伊緒さんは他府県のみなさんが陥る心配事に、真剣に頭を悩ませていた。
だいじょうぶ。
だいじょうぶですよ、伊緒さん。
だいたい8割程度は真実ですから。
なんのかんのといいながら、ほどなく関西の風土にもすっかり馴染んだ彼女は、いまや流暢な関西弁を操れるようになっている。
"関検"、つまり関西弁検定があるとすれば準1級はカタいだろう。
さてさて、そんなコテコテなイメージのある大阪だけど、実際には「水の都」とも称されるおしゃれな界隈も数多い。
特にぼくたちが気に入っているのは「中之島」だ。
これは大阪市のほぼ真ん中に横たわる巨大な中洲で、江戸の昔から全国各地よりもたらされる物資の集積地として栄えてきた。
現在では大阪市庁舎などが置かれ、明治~大正時代の壮麗な建築物が建ち並ぶレトロモダンなスポットだ。
東洋陶磁器専門の美術館やバラ園があり、水辺の風情とも相まって美しい景観を楽しむことができる。
東西およそ3kmにおよぶ中之島の、真ん中よりやや西側に「大阪市立科学館」がある。
とっても大きなプラネタリウムが備わっていて、伊緒さんはこれをたいそう気に入ったため、ちょくちょく足を運ぶようになったのだ。
大阪でわざわざプラネタリウム?と思うなかれ。
軽妙な関西弁でのユーモアあふれる解説は、さすが大阪と思わせる楽しさだ。
架空の天球に再現された星々の光はときにやさしく、ときに幻想的で、身体ごとふわふわと宙に浮くような不思議な感覚に包まれていく。
ぼくはいつも、隣でじっとプラネタリウムを見上げている伊緒さんを、時折横目で見てしまう。
投影中はとても暗いので、うっすらと見えるのは身体の輪郭と、彼女の目に映るスクリーンの星明りだけだ。
伊緒さんが瞬きをする度にその目の星が明滅するのが、ぼくにとっては小さな神秘だった。
プラネタリウムを出てからも、しばらくはなんだか身体がふわふわしたままに感じられる。
伊緒さんとふわふわてくてく歩きながら、さっき観た途方もない宇宙の物語に思いを馳せていると、どういうわけかやはりふわふわとおなかが空いてきてしまう。
そんなときにぴったりなおやつが、ザ・大阪名物のほまれも高い「たこ焼き」だ。
「たこ焼きが球状なのは、惑星の姿を模しているためです。8個入りの"8"という数字は、水・金・地・火・木・土・天・海の惑星を表し、冥王星を加えて9個入りとするお店もあります」
ぼくの渾身のボケがツボにはまった伊緒さんは、以後プラネタリウムと聞くと、必ずたこ焼きの映像が目に浮かぶという共感覚を獲得したそうだ。
関西で暮らすようになってから、彼女はたこ焼き屋さんの多さにしきりに感心したものだった。
いわく、おじさんが一人きりでふらりとたこ焼き屋さんに出入りする光景が、とても珍しく感じられたのだという。
北海道にだってもちろんたこ焼きはあったけれど、ここまで日常に溶け込んでいるとは想像できなかったそうだ。
おやつにもいいし、ビールのおつまみにもいい。
関西人にとってたこ焼きは、老若男女問わず楽しめる身近な食べ物なのだ。
伊緒さんは大阪のプラネタリウムと同じくらい、たこ焼きがお気に召したようだった。
ぼくは関西以外の土地でたこ焼きを食べたことはないのだけど、やっぱり本場の味は「ぜんぜん違う!」らしい。
薄くもちっとした皮をやぶるとタコがごろんと入っていて、とろとろの生地にはしっかりと出汁の旨味がきいている。
「ソースどないします?」
「マヨかけてええですか?」
職人さんが素早くたこ焼きをひっくり返しながらオーダーをとってくれるのも、すごくおもしろいという。
さて、そんなたこ焼きには食べ方にコツがある。
できたてはそれはもうまことに熱くて熱くて、うっかりそのまま頬張ってたいへんな目にあう観光客があとをたたない。
プロ(関西人)の食べ方はこうだ。
1個まるまるのたこ焼きを無造作に口に放り込む。
舌の上で「あうあうあう」とバウンドさせるように転がし、一箇所に長く留まらないようにする。
これに失敗すると口の中をやけどすることになるため、素早く大胆に、かつ精妙な舌さばきが要求される。
そしてのどの奥から「はふはふはふ」と力強く息を吐いて、熱源であるたこ焼きを冷却し続けるのだ。
無論、腹式呼吸にてこれを行う。
結果としてプロがたこ焼きを食べると「あふっ、あっふ、あふっ」という音が出るが、これは上記の複雑な挙動によるものである。
そうなのである。
「むり。ぜったいむり」
以上の説明を聞いて、猫舌の伊緒さんは最初たいへん不安そうな顔をした。
彼女のそんな顔はめったに見ることがないので、ちょっと脅かしすぎたと反省したぼくは、もうひとつの方法を推奨した。
それはたこ焼きを「半分に割る」こと。
たいがい長楊枝二本かお箸を添えて出してくれるので、そいつで素直に半分に割ると急速に熱が逃げて食べやすくなる。
「おいひい。すごくおいひい」
あふあふと猫舌でがんばりながら、喜んでたこ焼きを食べている伊緒さんを見ていると、とっても幸せな気持ちになってくる。
関西では一家に一台、必ずたこ焼き用プレートがあるというけど……。
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