51 / 72
幕 間
あやかし文化財レポート・その6
しおりを挟む
湯船に身を沈めると、ゆるゆると身体が溶け出していくかのようだ。
思わずうめき声をもらしそうになるけど、隣のユラさんは傷の痛みに耐えつつ湯に身を浸している。
ここは田辺市の"龍神村"。
海辺の田辺市街と高野山の中間くらい、大和との境に沿った山中の村だ。
その名の通り龍の神を祀る祠や神社があり、かつて大陰陽師・安倍晴明が訪れた伝説も残されている。
その痕跡は晴明神社や、彼があやかしを封じたという猫又の滝などが伝えている。
わたしたちがいま浸かっているのは、龍神温泉のひとつだ。
ここは温泉地としても名高く、とりわけ日本三大美人の湯のひとつに数えられている。
ゴウラと激しい格闘戦を繰り広げ近露の再地鎮を行ったユラさんに、古道守の玉置さんがこの温泉宿を手配してくれたのだ。
この地ならではの霊気がこもった温水は心身と霊力の回復に効果があり、かつてのあやかし狩り達も湯治に訪れたのだという。
「ユラさん、痛みますか……?」
じっと苦悶に耐えるような表情の彼女に、思わず言わずもがなのことを口にしてしまった。
北国育ちのわたしですらはっとするような白い肌にはほうぼうに青痣ができ、湯煙ごしにも無数の古傷が見てとれた。
初めて一緒にお風呂に入って、改めてこの人が命がけで戦ってきた歴史を目の当たりにしている。
「ん……痛かったけど楽になってった気がするわ」
ユラさんがようやく表情を緩め、そんなわけないとはわかっていてもちょっと安心してしまう。
「すごいアザになっちゃいましたね」
「あんかい見事に投げられたらなあ。すっかりにえて……あ、こっちの言葉でアザできるの"にえる"っていうんよ」
他愛もないことを言って笑ってくれるけれど、傷跡が目に入ると本当に痛ましい気持ちになる。
「受身もとる暇なかった。強かったなあ……」
ちょっと遠い目になって、ユラさんが呟く。
「はい。すっごい強かったです。それとあと、なんかカッコよかったです」
「ほんまやね。渋い河童さんやったね」
くすっと笑うユラさん。今度は心から笑ったことがわかった。
「私、ゴウラさまの聞かはったこと、ずっと考えやなあかんなって思ったん。あの人らからしたら、人間が一番恐ろしい"あやかし"そのものなんやなって。もしかしたら妹…白良も、あの鈴木秀も、それに思うところがあるんかもしらん」
香り高い檜でできた湯舟の縁にもたれ、ユラさんが語る。
わたしも、同じことを考えていた。
「これからも話しかけてみましょう。あやかし達に」
「うん。そうやね。みんながみんな聞いてくれるかわかれへんけど、ゴウラさまみたいな人もおるかもしれへんよね」
ユラさんは少し晴れやかな声でそう言うと、すらりとした手足をうーん、とお湯の中で伸ばした。
白い肌にうっすら桃色が差し、傷ついた身体は確実に甦ろうとしている。
「そや。あかり先生、せなか流そか」
「ファッ!?で、べべべ、だいじょうぶれす!」
ヘンな声を上げて決死で断ってしまった。
そんなのぜったい鼻血が出る。
ユラさんは狼狽するわたしをきょとんと不思議そうな目で見つめ、やがておかしそうに声を立てて笑った。
思わずうめき声をもらしそうになるけど、隣のユラさんは傷の痛みに耐えつつ湯に身を浸している。
ここは田辺市の"龍神村"。
海辺の田辺市街と高野山の中間くらい、大和との境に沿った山中の村だ。
その名の通り龍の神を祀る祠や神社があり、かつて大陰陽師・安倍晴明が訪れた伝説も残されている。
その痕跡は晴明神社や、彼があやかしを封じたという猫又の滝などが伝えている。
わたしたちがいま浸かっているのは、龍神温泉のひとつだ。
ここは温泉地としても名高く、とりわけ日本三大美人の湯のひとつに数えられている。
ゴウラと激しい格闘戦を繰り広げ近露の再地鎮を行ったユラさんに、古道守の玉置さんがこの温泉宿を手配してくれたのだ。
この地ならではの霊気がこもった温水は心身と霊力の回復に効果があり、かつてのあやかし狩り達も湯治に訪れたのだという。
「ユラさん、痛みますか……?」
じっと苦悶に耐えるような表情の彼女に、思わず言わずもがなのことを口にしてしまった。
北国育ちのわたしですらはっとするような白い肌にはほうぼうに青痣ができ、湯煙ごしにも無数の古傷が見てとれた。
初めて一緒にお風呂に入って、改めてこの人が命がけで戦ってきた歴史を目の当たりにしている。
「ん……痛かったけど楽になってった気がするわ」
ユラさんがようやく表情を緩め、そんなわけないとはわかっていてもちょっと安心してしまう。
「すごいアザになっちゃいましたね」
「あんかい見事に投げられたらなあ。すっかりにえて……あ、こっちの言葉でアザできるの"にえる"っていうんよ」
他愛もないことを言って笑ってくれるけれど、傷跡が目に入ると本当に痛ましい気持ちになる。
「受身もとる暇なかった。強かったなあ……」
ちょっと遠い目になって、ユラさんが呟く。
「はい。すっごい強かったです。それとあと、なんかカッコよかったです」
「ほんまやね。渋い河童さんやったね」
くすっと笑うユラさん。今度は心から笑ったことがわかった。
「私、ゴウラさまの聞かはったこと、ずっと考えやなあかんなって思ったん。あの人らからしたら、人間が一番恐ろしい"あやかし"そのものなんやなって。もしかしたら妹…白良も、あの鈴木秀も、それに思うところがあるんかもしらん」
香り高い檜でできた湯舟の縁にもたれ、ユラさんが語る。
わたしも、同じことを考えていた。
「これからも話しかけてみましょう。あやかし達に」
「うん。そうやね。みんながみんな聞いてくれるかわかれへんけど、ゴウラさまみたいな人もおるかもしれへんよね」
ユラさんは少し晴れやかな声でそう言うと、すらりとした手足をうーん、とお湯の中で伸ばした。
白い肌にうっすら桃色が差し、傷ついた身体は確実に甦ろうとしている。
「そや。あかり先生、せなか流そか」
「ファッ!?で、べべべ、だいじょうぶれす!」
ヘンな声を上げて決死で断ってしまった。
そんなのぜったい鼻血が出る。
ユラさんは狼狽するわたしをきょとんと不思議そうな目で見つめ、やがておかしそうに声を立てて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる