紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
52 / 72
第10章 臨海学校と真白良媛の悲恋。蘇る西牟婁の牛鬼たち

真白良媛(ましららひめ)

しおりを挟む
「このお店はね、私のおじいちゃん…橘宗月そうげつが始めたんよ。お神酒の振る舞いはあったけど、世の中があんまり日本酒飲めへんようになってったさかい。カクテルにしたらどうかって」

bar暦のカウンターで、ユラさんはぽつぽつと家族の話をしてくれるようになった。
紀伊各所の鎮壇を再地鎮していく任務を帯びてからというもの、ユラさん不在の時は多くなった。

けれどこちらに帰っている間は、他の結界守や特務文化遺産課の関係者らがあやかしに関わることで頻繁に訪れるようになったため、barを開ける機会は逆に増えたのだった。

今回は先頃近露のゴウラさまを封印した田辺市の南側、白浜やすさみを含む"西牟婁にしむろ"という地域での地鎮を依頼されている。

偶然にもわたしが授業を受け持っている学校のひとつで、歴史クラブの臨海学校への引率を頼まれていた。
わたしを最初にユラさんの元へと紹介してくれた岩代先生の生徒たちでもあり、毎年恒例で卒業生が経営する旅館にお世話になりつつ史跡を巡るのだという。

ユラさんとは別行動にはなるけれど、引率の合間を縫って現地で合流し祭式のお手伝いをする段取りだ。

そんな打ち合わせの後、ユラさんは彼女のおじいちゃんのことを語りだしたのだった。
いつの間にか棚の一角に飾られるようになった、オールバックの銀髪と髭が素敵なミドルの写真。

白いシャツにネクタイ、ウエストコートという伝統的なバーテンダーの衣装は目の前のユラさんと同じだ。
それだけではなく、もしユラさんが男性でこのくらいの年代だったら、と思わせるほど佇まいがよく似ている。

「宗月はもの静かやけど、明るくてやさしい人やった。瀬乃神宮の宮司やりながら夜はカクテルつくって。若い頃は裏天野の清月師範と一緒に修行した、兄弟弟子やったんよ。忙しい人やったなあ」

写真を見て懐かしそうにユラさんが目を細める。
宮司としての職は継いでいないけれど、結界守としての務めや暦の組み方、そしてバーテンダーとしての技も宗月さんから習ったのだという。

「剣術も"六代目の再来"っていわれるほど強かったみたい。けど、若い頃に大きな怪我してからほとんど太刀を振るって戦うような事態はなかったんやと。私と……妹の白良は清月師範のとこで習ったの」

12年前に行方不明となり、一ツ蹈鞴との死闘の直後に突如あわいから現れたユラさんの妹、シララさん。
その人の名を呼ぶとき、ユラさんはとても辛そうに見える。

「12年前のあの時……任務で向かった串本っていう所で、白良は月のあやかし"桂男かつらおとこ"に拐われた。そして、桂男の呪いにかかった宗月はそれが元で亡くなったんよ」

キュッと唇を噛みしめるユラさんに、わたしはかける言葉も探せなかった。
けれどこうして過去を話してくれている彼女からは、以前とは何かが吹っ切れたかのような雰囲気も感じる。

「これまではいつか仇をとるつもりでおったけど、今はちょっと違う考えになったん。どうしてそうなったんか知りたいし、何より白良が生きてたんならまた会いたい。私にとって南紀の地は特別な場所やけど、あかり先生が一緒に来てくれたら心強いわ」

なんだか嬉しくなってしまうようなことを言われて、わたしはグラスの中身をきゅーっと飲み干した。
今度の任務でも何が起こるかわからないけど、ユラさんに実りある旅になることを願うばかりだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

飛鳥の昔、この海辺に"真白良媛ましららひめ"という娘が暮らしていた。

その名の通り、貝殻のように色の白い、美しい少女だった。

ある日、白良が海辺で波の音に耳を澄ませていると、見目麗しい一人の若者が通りがかった。

若い二人は、ひと目で深い恋に落ちた。

しかし若者は、ほどなく都へと帰らねばならない。
別れ際、若者は白良に一対の貝殻の片割れをそっと
手渡した。

――はなれている間、この貝をお互いと思おう。また会えたならその時は、再びこの貝を一つに――。

だが若者はついぞ白良の元へと戻ることはなかった。
彼は孝徳天皇の御子、有間皇子ありまのみこだったのだ。

政争に巻き込まれ、皇子は家臣の裏切りで若い命を散らしたのだった。

白良はずっと、ずっと若者の帰りを待ち続けた。

いつしか時が過ぎ、やがて砂浜に美しい一対の貝が流れついた。

生まれ変わった有間と白良が、そうして寄り添っていつまでも潮騒に耳を澄ませているのだとも――。


白浜の海辺で岩代先生の話を聞きながら、わたしは一人ぼろぼろと泣いてしまった。

「せんせえ、だいじょうぶ?」
「ハンカチつこてえ」

歴史クラブの女生徒たちが心配して気遣ってくれる。
みんなほんとにいい子たちだ…と思うとまた緩みきった涙腺にこみ上げてくるものがある。

この真白良媛の伝説にちなむのは、"ホンカクジヒガイ"という貝だ。
上からみると木の葉のような形をした白く美しい貝で、これが寄進された"本覚寺"という寺院の名前がついている。

本覚寺には昔から浜に打ち上げられた珍しい貝殻がもたらされ、「貝寺」とも呼ばれてそれらを展示する資料館を設けている。

この後実際にその貝を見たわたしは再び涙が止まらなくなって恥ずかしい思いをしたのだけど、どうやらこの伝承は琴線にストライクだったみたいだ。

その近くには白良浜という綺麗な砂浜があって、名前の通り本当に真っ白に見えた。
たしかにそれ以外も"白浜"というくらいなので、やはり風光明媚なことで知られたのだろう。

ちなみに飛鳥時代にこの地を訪れた有間皇子は、病と偽って政争からいったん逃れ、そしてこの西牟婁の温泉の素晴らしさを都人に語ったことで多くの人に知られるようになったという。

そういえばユラさんの妹さんも、白良シララさんといったっけ。
紀伊には"由良ユラ"という町もあるし、姉妹の名はそこからとられたのかな、などとぼんやり考える。

ともあれ歴史クラブの臨海学校で生徒たちを引率するお手伝いに来たはずのわたしが、のっけから全力で南紀の歴史を満喫してしまっているのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...