高校球児、公爵令嬢になる。《外伝》~初体験ってどんなものでしょう~

るなかふぇ

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 合格発表は、現地のキャンパスへ見にいった。
 家で大学のホームページから確認する方法もあるんだけど、幸いそんなに遠い学校じゃなかったし、家だとあの姉貴の目もあって鬱陶しいしな。
 なにより、家でひとりでドキドキしながら恐るおそる見るより、こいつと一緒に見たかった。俺自身が。

 目を皿のようにして、張り出されている数字の羅列をじっくりと確認していく。
 もともとの頭の出来と、これまでの模試の合否判定の結果からいって、どう考えてもあぶねえのは俺のほうだったから。

 ドキドキ。
 ドキドキ。
 もし、落ちてたらどうしよう。
 やだ。
 あんなに頑張ったのに、そんなのぜったい。
 俺、ぜったいこいつと同じ学校に──。

 ──でも。

「クッ、クク、クリス……っ」

 その時の俺。声も脚も震えてた。

「どうした、健人!」

 隣から、心配そうな色をたたえた青い瞳に覗きこまれている。最初からずっとそうだったんだろう。あんまりテンパりすぎて見えてなかっただけで。
 「まさか」と一気に心配そうになったその目に、俺は必死でひきつった笑顔を作って見せた。

「あ……あああ……あった……っ」

 最後はもう「ズビビッ」てはなをすすりあげてる状態。情けねえけど、マジ泣きそう。マジ嬉しい。頭ん中ぽやぽやしてて、まだちょっと信じらんねえぐらいだ。
 ダークグレーのコートに身を包んだクリスが、にこりと笑う。

「そうか……! よかった」
「あのっ。お、お前は……?」
「あったとも。当然だろう」

 にこにこ顔を崩さずにさらっと言われる。そっちはえらい余裕だな~おい。
 そして、相っ変わらずのイケメンだ。それは周囲にいる受験生や、そのお母さんらしき人たちの目線と表情でも十分に証明されている。合格を確認してほっとした子たちなんだろうけど、さっきからこいつに視線が釘付けだもんな。

 こっちの世界に来てから、こいつはちょっとした魔法が使えるようになってる。俺があっちにいた間、「公爵令嬢」として強大な《癒し》の魔法が使えたのと似たような感じだ。まあ俺ほどのレベルじゃないけどな。
 だから本当は、真冬でもこんな厚手のコートなんか着ずに半袖、短パンスタイルでもべつに困らない。《炎系》の魔法を使えば、いつだってぽかぽかで過ごせるからだ。
 だけどそれじゃあ浮きまくりだ。それじゃあ困る、ってんで、一応いまは周囲の一般的な日本人のみなさんと衣服のパターンを合わせて暮らしているらしい。
 今日もごくシンプルなコートにスラックス姿。それから革靴。ただし、どれもめちゃくちゃ質はいいけどな。見る人が見りゃあ「おっ、いい家庭トコの子だな」ってすぐわかるらしい。
 もちろん、どこをどうほじくり返しても純然たる庶民である俺のビンボーまなこじゃ、まったくわかんねえけどな。

「いや、『当然だろう』ってさ──」

 俺、つい半目になった。
 それは余裕ありすぎじゃね?
 暗に「心配していたのはそなたのことだけだ」と言われた気がして、微妙にムッとする。けど、それでも喜びのほうが何倍もまさった。

「でも、マジか……。よかった」

 その事実を噛みしめると、うううっと目の前が潤んできて、腹の底からぽかぽかしてきて。
 思わずがばっとクリスに抱きついた。

「おめでと、クリス! やった、やったああああ────!!」
「おいおい」
 少しよろめいて苦笑している。
「あ、ごめん」

 いかんいかん。今の俺の体格は、たいしてこいつと変わらないんだった。ついつい、異世界での軽量級──いやまあ、最初は「重量級」だったけどな──美少女だったときの感覚が抜けねえわ。
 人目があるから、まさかここでチューとかはできねえし。
 俺はすぐにクリスから離れて、ポケットからスマホを取り出した。

「とりあえず親に連絡っと──」
「その前に、端に寄ろうか。皆の邪魔になる」
「あ、うん」

 発表会場であるキャンパスの広い前庭から、ちょっと脇の建物側へ移動する。クリスも俺にならって画面を開いた。
 少しの間、お互いの保護者に報告。俺は電話。クリスはチャットアプリ。

《おめでとう。よかったわねえ。ほっとしたわあ……》

 電話の向こうのおふくろは、やっぱりちょっと涙ぐんでいるみたいだった。
 次に聞こえてきたのは姉貴の声。

《クリス君も合格なの? さっすが余裕ね。それは安心だわ~》
「は? なにが安心なんだよっ」

 もう大学生になるっつーのに、いつまで弟をガキ扱いすんのかなー、この人。
 なんとなーく微妙な気分になりつつも、「そんじゃ」とそっけなく言って電話を切る。
 クリスとまた目が合って、にこりと笑いあった。

「……やったな」
「ああ。合格おめでとう、健人」
「う、うん。クリスも。おめでと……」

 よかった。これで春から、晴れて俺たちは大学生。しかもクリスと同じキャンパスに通えるんだ! やったぜ。

「一時はどうなることかと思ったが、そなたにシルヴェーヌ嬢の記憶が残っていて本当によかった」
「ほんと。マジそれなー」

 そうなんだよ。
 もう「ズルい!」って感じなんだけどさ。
 こっちと異世界とで意識が入れ替わっていた間、シルヴェーヌちゃんはめちゃくちゃ勉強してくれていた。それで、本来なら俺が苦手とする理数系の科目まで、かなり成績が上がってたんだ。
 途中からこっち世界に参戦した皇子も、その優秀さを遺憾いかんなく発揮。あっちの世界でちょっとシルヴェーヌちゃんからあれこれ伝授されてはいたみたいなんだけど、あっというまに学年で一、二を争う秀才イケメンになっちまった。

 てなわけで。
 皇子に大学のレベルを下げさせるなんてぜってえしたくなかった俺は、それから必死で頑張った。こいつと同じ学校に通えるようにだ。それでも、シルちゃんが勉強してくれていた部分がなかったら無理だったと思うけどさ。

「ふ、ふえ……えっくしゅ!」
「健人。寒いのか?」

 くしゃみをした途端、なんとなく背筋にぞぞっとしたものを覚えた。クリスが心配そうに、自分がしていたこれまたブランドものらしいマフラーを俺の首にぐるぐる巻きにしてくれる。
 あったけえ~。そんでクリスの匂いがするう。

「そろそろ行こう。書類を受け取ったら、どこかで温かいものでも飲もうか」
「あ、うん……」

 そうして俺たちは、「合格者はこちら」と指示されている矢印に沿って、二人で並んで歩きだした。
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