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しおりを挟む「とりあえず、この格好ではまずいな。一旦、そなたの家に寄ろうか」
「は? なによそれ」
わけもわかんないうちにそう言われて、俺は皇子と一緒に家に戻った。
部活なしで帰ってきてるから、まだ外は明るいし、親父もおふくろも姉貴も帰ってきていない。
出迎えたのは猫のドットだけだった。
「にゃお~ん」と可愛い声をあげて玄関までやってきたドットは、俺の背後にいる奴の顔を見たとたん、あからさまにイヤそうな顔になってぷいと横を向いた。そのままこっちに尻を向け、たたっと廊下を駆けて、どこかに隠れてしまう。
「おーい。ドット~?」
一応声をかけたけど、もうウンともスンとも返事がねえ。
あいつ、相変わらず皇子のことは苦手っつーか、嫌いみたいなんだよなあ。特に、皇子と俺が付き合うことになってからは「キライレベル」が急上昇しちまってさ。たぶん嫉妬なんだろうけど。そういうとこが、ほんと可愛い。
「あー。まあ、上がれよ」
「ああ。じゃあ少しだけ」
皇子は一礼すると、紙袋を下げて上がってくる。さっき黒いセンチュリーがプレゼントの山を持って帰ったとき、代わりに車内から取り出したやつだ。「なんだろ?」とは思ったんだけど、ここへきてその理由がやっとわかった。
「わ。なんだよお前、そんなの着るの……?」
「それはまあ、『特別な日』だからな。なんと言っても」
俺の部屋から出てきてにこっと笑った皇子が着ていたのは、シンプルだけど、いかにも仕立てのよさそうなジャケットとスラックスだった。ご丁寧に革靴まで持ってきている。
対する俺は、私服の定番スタイル。パーカーとジーンズだ。もちろんどれも、おふくろがそこらへんの店で購入した大量生産品。
「え、ええと。俺、そんなちゃんとした服、持ってねえんだけど──」
隣に立って鏡を見るまでもない。なんか、めちゃくちゃ釣り合わねえ。
だって親戚の冠婚葬祭とか、俺らは基本的に制服着てけばオーケーじゃん? さすがに姉貴はそれなりのドレス・ワンピースとか持ってるけどさあ。
「そんなこと、気にしなくていい。さ、出かけるぞ」
「え、いいの? マジで?」
「もちろんだ。さあ、行こう」
「う、うん……」
いつものコートを上から羽織って、ポケットにスマホと財布、家の鍵をつっこむ。それからいつものスニーカーを履いた。
持って帰ってきたスクールバッグはもちろん残していく……わけだけど、そこではたと、そこに入れっぱなしのとある物のことを思い出した。
(うう……。どーしよ)
やっぱ、今さらこんなん出しにくい。めっちゃ出しにくい。
あんな高級チョコに次ぐ高級チョコのロゴの入った袋の山を見たあとじゃ、こんなん恥ずかしくて出せたもんじゃねえ。
皇子が怪訝な顔になって振り向いている。
「……健人? どうしたんだ」
「あっ。あ……あの……さ」
でも。
俺だって、いろいろ迷った。女の子や女の人ばっかがうじゃうじゃいる、ピンクや茶色で飾りつけられた派手な売り場で、恥ずかしいのを我慢して。冬場だっつーのに、バレンタインの特設会場はチョコを求めてごったがえす女性客たちの熱気で暑くって。めちゃくちゃ汗かいて、たったひとつのチョコを選ぶだけなのに、焦りまくって、悩みまくって──。
なのに俺、渡さねえのかよ。ほんとに……?
(ええい。もういいっ!)
こんなん、俺らしくねえ。
ガバッとしゃがみ込み、スクールバッグのジッパーを力まかせに開く。ぞんざいに手を突っ込み、皇子の胸元に、ぐんっとそれを突きつけた。
「──ん」
「えっ」
「これっ」
「…………」
びっくりした皇子の目が、一瞬の沈黙のあと、すぐに嬉しそうにきらきらし始めた。
それを見たら、なんかまた急に恥ずかしくなって尻込みしそうになる。
いやもう遅い。見せちまったもんは後戻りできねえぞ。
「みっ、みんなみてえに、チョコの銘柄とかよくわかんねーしっ。だから、そんな……いいやつじゃねえから。期待しねーで欲しいんだけどっっ」
「何を言うんだ」
「んぎゅっ!?」
チョコの箱を握った手を、そのままガシッと両手で包み込まれて面食らう。
かっ、顔、顔! いちいち顔が近え!
それからまた手にチューすんのやめろ!
「これが最高に決まっている。誰がなんと言おうとだ。これ以外のものなんて、本当は受け取るつもりもなかったのだし」
「え、そーなの」
「うん。……学校では、図らずもあんなことになって、そなたにはいやな思いをさせてしまったよな。すまない」
「い、いや──」
そんなん、別に皇子のせいじゃねえし。謝られても困るわ。
「ただ、すげなく断ってしまうにはあまりにも、みんなに申し訳ないだろうかと思ってしまった。みんなには、甲子園であの暑い中、あれほど一生懸命応援していただいたのだし」
「……あ、うん。それはそーだよな」
そこは納得。
確かに気分は良くなかったけど、そう言われると確かにそうよな。
俺が皇子の立場だって、「本命がいるから受け取れねえ」みたいなこと、きっとできなかったと思うし。
皇子はすんごく嬉しそうに、ほんとに大事なものを見る目で、いかにも安っぽい包装紙に包まれた小さな箱を見つめている。
「ありがとう。……そなたにはもう、もらえないのかと思っていた。あれで気分を害してしまったのかと」
「そっ……そそ、そんなわけねー、っしょ……」
例によって尻すぼみになる俺のセリフ。
いや、ほんのちょっとはそういうのもあったけどさ。
これだけ喜んでもらえるんなら、渡してよかったよ、うん。
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