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第一章 二人きりの惑星
5 焦燥
しおりを挟むたとえ成長が本来の人間のそれよりもずっと早いとわかっていても、子育ては決して楽ではなかった。少年はあのフランと性格までもがよく似ていて、非常に甘えん坊で泣き虫だったのだ。
フランとの大きな違いは、やはり彼が自分を「パパ」、つまり親だと認識しているところだろう。フランと自分は基本的には対等な関係だったが、この少年とはその点が大きく違った。
まだ幼い少年は男にとって、むしろ完全に自分の庇護下に置かねばならない、非常にか弱い存在だった。
「人形」とも呼ばれる自分たち人造人間とは違い、彼は本物の人間だ。弟のような『治癒』の能力も持たなければ、翼を開いて空を飛ぶこともできない。
あの弟にはなんのかのと言っても最終的に身を守るための恐るべき力があった。実は本当に心底怒らせたり、理性を飛ばすほどの脅威にさらされれば、あの弟には自分を凌駕するほどの攻撃力を発揮するだけの能力があったのだ。
ただし本人の性格がああなので、これまでほとんど使う機会がなかっただけだ。あの時のゴミどもの宇宙船の爆発は、要するにその発露だったわけである。
だが、ただの人間である少年にはもとからそういう能力もない。それどころか、わずかな怪我や病気でもすればあっという間に命を失う。彼らには、自分たちのようにあの《胎》を使っての治療ができないからだ。
ドーム内には人間用の治療カプセルもある。しかしそれを用いても、あまりにも重篤な状態になれば必ず助けられるとは限らない。たとえば体がバラバラになりでもすれば、間違いなく命をなくす。自分たちにとっては「少々の怪我」にあたるものが、彼らにとっては容易く「致命傷」になりうるということだ。
そう思うと、男の心配は尋常なものではなくなり、かつそれが日常的なものになった。
ほんの些細な作業をさせる場合でも、少年から目を離すわけにはいかない。ある程度大きくなるまでは、外の仕事を少し縮小させても彼と一緒にいてやる必要があった。刃物を使う作業など、手元をじっと見ていてやる必要もある。
そんな男の涙ぐましい努力の甲斐あって、これまで少年が大きな怪我や病気をしたことはない。
当の少年はと言うと、男と暮らすこの生活にもすぐに慣れ、今では心からの信頼と愛情をもってこちらに接してくるようになった。男自身も、それをまんざらでもない思いで受け止めている。だからついつい、甘やかすことも多かった。
本来であればもっと幼いうちに寝床は別にすべきだったが、怖い夢を見たと言っては寝室にやってくる少年を、どうしても突き放すことができなかった。
最初のうちは、それで済んだ。
だが、少年が成長してくるに従って、そうも言っていられなくなった。
すらりと手足の伸び始めた少年は、日に日にあのフランに似てくる。顎や肩から子供らしい丸みが消えて、逆にうなじや胸や腰のあたりから、若者らしい清純な色香のようなものをまき散らすようになってきたのだ。
もちろんそれは、ごく健全で微量なものに過ぎなかった。が、それでも今の男を刺激するには十分だった。
そこで初めて、男はひどく後悔した。つまり、この少年をあの弟と同じ名で呼んできたということを。
だが、あの時はそれ以外の名で彼を呼ぶなど考えもつかなかった。それはあの双子の弟と二人きりで過ごして来た長い時間の否定であるような気がしたからだ。自分と暮らしているたった一人のだれかをそれ以外の名で呼ぶなど、あの時の自分にとっては到底承服できない話だった。
だからあの日、男はとうとう少年と同衾することをはっきりと拒絶した。
大泣きさせることは予測の範疇だったけれども、少年は予想以上にひどく泣き、長いこと落ち込んでいたようだった。食欲もがっくりと落ち、勉強にもまったく身が入らなくなった。
……だが、だめだ。
少年を育ててきたこの長い日々の間ずっと、男は自分の欲望を制御してきた。それまではあのフランを相手に、相当好き放題にやってきたというのにだ。なんという皮肉な話か。
自分でそれなりに処理はしていたが、それでも目の前にある新鮮で美味そうな果実に対して、自分の体は正直だった。いやここだけの話、正直に過ぎた。
彼を自分の寝床に入れるなど論外だった。一緒に風呂に入るのも同じことだ。
ろくな心の準備もなしにそんなことをしてしまったら、自分はきっと理性の箍を外してしまい、ついふらふらとあの少年をこの腕の中に閉じ込めてしまうに違いない。
ひとたびそうしてしまったら、自分はあの弟にそうしてしまったように、少年の身体ばかりか心までをも、好き放題に食い散らかしてしまうだろう。
そうでなくても、遂に宣言するまでの数十日、男は自室でかなりの期間、悶々とした日々を送ったのだ。
◆
激しい発熱に冒された脳は、いつまでもぐるぐると同じところを回り続けている。
(フラン……)
今の自分がその名で呼ぶのは、あの少年でしかありえない。
大事だ。
そんな言葉ではとても言い表せないぐらい、今は、あの少年が。
あの少年を失う場面を少し想像するだけで、体中が黒雲に蝕まれるようにせつなくなる。胸に大きな穴があいたようになる。
彼が命を失うのなら、この命を代わりに差し出したっていいのだ。もし、それでも間に合わぬと、その体を土に還せと残酷な運命が告げるのなら、自分も共に土に還ろう。少年の躯の上で、大樹となって彼を護ろう。
数百年も、数千年も。
そうやって少年とともにこの地に在りつづけよう。
きっとあの弟だって、あのゴリラ男の命が尽きるその日には、同じことを考えるのに違いない。弟はきっと、あの男のいない世界に堪えられないであろうから。
……そうだ。
男自身、すでにそう思うほどには、あの少年に執心していた。
弟のことも大切には思っていた。執着していた。それは間違いないと思う。
だが、あの少年に対する気持ちとでは大きく違う。なにかが、決定的に違っている。
けれども、それがどうして、またどのように違うのかは男にもよく分からなかった。
どのぐらいそうやって眠っていただろう。
どろどろと煮詰まって濁ったようになっていた男の回想は、まったく唐突に中断された。
(ここは……)
目だけを動かして周囲を見れば、間違いなく自分の寝室だった。
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