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第三章 見知らぬ惑星(ほし)で
7 ハーブティー
しおりを挟むそれから少年は、フランからあらためてこれまでのことをじっくり聞いた。ヴォルフは気を利かせてくれたのか、その前に「ちょっくらガキどものこと見てくるわ」と、奥の部屋にひっこんでいる。
フランは「お茶、淹れ直すね」と言って「ハーブティー」とかいう香りのいいお茶を淹れて勧めてくれ、少年の隣に座った。
「……さてと。どこから話せばいいのかな──」
ある程度予想はしていたが、それでもフランの話は驚きの連続だった。とはいえ彼は、恐らく少年の年齢や気持ちに配慮して、表現をかなりおだやかなものにしてくれていたらしいけれども。
フランとアジュールの百五十年にもわたる歴史。あの惑星で、たった二人で過ごした長い長い時間。そして、フランがつい最近まで忘れ去っていた、陰惨な過去の出来事。
(パパ……)
少年は戦慄を覚えないわけにはいかなかった。その時あの男がどんな気持ちでいたかを思うと、きりきりとまた胸が痛んだ。
対するフランはどこまでも、静かな声で淡々と事実を語っていくだけだった。
「『人形』と名付けられた僕たちは、かつての地球人類にとっては種の延命のための純粋な道具に過ぎなかった。性的に利用され、子作りをさせられ、しまいには食用として消費される」
「…………」
「僕らはそうやって、無条件に搾取されるだけの道具。最後には文字通り、食い尽くされるためだけに生み出された存在だった……」
それでも、アジュールと二人だけで暮らしている間は平和だった。やがて体の不具合のために子供がつくれないことが判明しても、二人で協力しながらあの地下世界で生きているぶんには、なにも問題はなかったからだ。
だが、カタストロフはやってきた。
それは、どこかほかの宙域で別の「アジュールとフラン」によって蒔かれた種である、人類の末裔たちによってもたらされた。彼らは乗っていた宇宙船が破損してあの惑星に漂着した人々だった。
漂流者たちによってボロボロになったフランを抱え、アジュールは慟哭したのに違いない。それでもどうにか《胎》によって復活した「フラン」だったが、彼はその時それまでの記憶、特に陰惨な部分の記憶をすっかり失ってしまっていた。
「多分あれが、それまでのアジュールを変えてしまった……。本当は僕も一緒に背負わなきゃいけなかったことを、結局全部、彼が引き受けた形になってしまったから」
そう言う彼の瞳はひどく悲しそうに見えた。
「君にこういう事を言うのはなんなんだけど。……彼は、僕を愛してくれてたんだと思う。その気持ちだけは嘘じゃなかった。いや、愛してくれてたからこそ、最後にはああなった……」
──『だから多分、彼は【愛し方】を間違えたんだ』。
フランは静かな声でそう言った。
テーブルの上で握り合わせた手が細かく震えているのを少年は見た。
「彼だけが悪いわけじゃない。僕は、彼と共に苦しんでもあげられなかった……。もしもそうできていたら、つらさを分け合うことができていたら……僕は彼の心の傷を、少しぐらいは癒してあげられたはずだったのに」
「それがわかっていなかった僕は、ただただ『どうしてアジュールはこんなことをするの?』って、『これを本当に愛って言うの?』って、ひとりで被害者みたいな顔をして……!」
フランはとうとう、こらえ切れなくなったように声を震わせ、両手で顔を覆ってしまった。
「本当にほんとうに……申し訳ないことをしちゃったよ……」
少年は歯を食いしばった。
両膝を握った手が細かく震えてしまう。
(ひどい……。そんなの……ひどすぎるよ)
頭の中が混乱しきっている。まったく整理がつかない。言葉にならない。
でも、このことだけはよく分かった。
この「フラン」という人にも、罪はないのだ。もしかしたらこの人だって、あの男以上に傷ついてきたとさえ言えるかもしれない。実際、男たちによって酷い目に遭わされたのはこの人の方なのだから。
そして、思った。
(パパはこの人を……愛してたんだ)
それだけは、イヤというほど分かった。
むしろこんな人がそばに居て、愛さないでいる方が難しいことだろう。あの惑星で共に暮らす、たったひとりの大事な相手。一緒に生まれて、何十年も共に暮らして。それをある日突然、そんな形で滅茶苦茶に傷つけられて。
それであの男の心が壊れたとして、だれが責められるのだろうか。ごくごく平和でまっとうな、そして凡庸な愛し方ができなくなってしまったからと言って、どうして詰ることができるだろうか。
(そして多分……この人も)
この人だって、きっとパパを愛してた。それがたとえ、兄弟としてのそれだったかもしれなくても。
しかし、それでこの人も傷ついたのだ。そうしてやがて、歪んで重くなりすぎた彼の「愛」に次第に耐えられなくなっていった。
そうやって過ごした百五十年という歳月の果て、フランは漂着してきたあのヴォルフという人に出会い、次第に愛するようになった。そうして遂に、彼とあの惑星から逃げることになってしまった。
いや、実際はあの男が「自ら宇宙艇を操作して放逐した」というのが正しいようだけれど。
「……ごめんね? まだ小さな君には、重すぎる話だよね……」
「ううん……!」
滲んだ涙を必死にこらえながらぶんぶん首を横に振る少年を見て、フランは悲しそうにそっと笑った。
この長い話の間に、手元のハーブティーはすっかり冷めてしまっている。
「だけど、結局君を置いて行くことになって……。小さな君の肩に、なにもかも背負わせることになって。こんな僕が『君の親だ』なんて、言う資格はない。ほんとにそう思ってるよ。本当に本当に、ごめんなさい……」
声を震わせながら、頭を下げられる。その翡翠の瞳には、また光るものが盛り上がっている。
少年はしばらく黙って、その人のつむじを見下ろしていた。
「……フランパパ」
「うん……?」
「僕……僕ね」
彼が少し目を上げるのを待って、少年はそっと言った。
「僕……パパが好きなんだ」
「……うん」
微かにフランの瞳が笑う。
「あ、その……。『パパ』としてっていうんじゃなくて。ううん、パパとしても大好きだけど。でも、そういうんじゃなくって──」
ちょっとしどろもどろになった少年をじっと見て、フランは今度はしっかりと笑みをつくった。
「うん。わかるよ」
大丈夫、つづけてと言われて、少年は拳を握り、自分の気持ちを奮い立たせた。
「僕、パパが大好き。大、大、大好き……。フ、フランパパの代わりになんて、絶対なれないって分かってるけど。でも──」
「フラン」
そっと遮られて、少年は目を上げた。
そうしたら、胸を衝かれるようなきれいな瞳が、じっとこちらを見つめてきていた。
「そんなこと、思わないで。それに、僕が言うのも変だけれど、きっともう違うんだと思うよ?」
「え……?」
「最初のうちこそ、同じ名前なんてつけちゃったんだと思うけど。そこは僕も理解できなくないけどね。その時のアジュールには、『フラン』って呼べる誰かがそばにいないなんて耐えられなかったんだと思う。その喪失感を与えちゃったのは、この僕自身なんだしね……」
「…………」
「でも、今は違う。きっとアジュールは、君のことをちゃんと見ている。君自身をちゃんと見てるよ。……そう思う」
「ほ、ほんとう……?」
少年は目を瞠った。
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