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第三章 見知らぬ惑星(ほし)で
8 家族
しおりを挟む「ほ、ほんとう……?」
少年は目を瞠った。
「うん。今の君を見ていれば。そうでなかったら、君がこんなに健やかで、素敵な子に育ったはずがないもの。……今、僕も遅ればせながら子育てしてるからよーくわかるよ。アジュールがどんなに真っすぐに、君を大事に育ててきたかってこと。心から心配してきたかってこと」
「…………」
なんだか信じられない。
そんなことが本当にあるのだろうか……?
呆然としていたら、隣から膝の上の手をそうっと握られた。驚いて手を動かそうとしたら、逆にぐっと力を込められた。
「今の君はアジュールにとって、絶対に僕の代わりなんかじゃないよ。僕が言うのもなんだけど、そのことは保証する。君は僕なんかより、ずっとずっと綺麗で可愛いもの。もっと自信を持ったらいいんだ」
「そ、そんなこと──」
「その名前がどうしても嫌なら、『イヤだからつけなおして!』って迫ったらいい。滅茶苦茶に怒ったっていいと思う。必要ならもう、ちょっとぐらい殴っちゃえ」
「え、ええっ……?」
「だってそんなの、あんまりだし。同じことされたら僕だって怒るさ。そうでしょう?」
「……う、うん……」
そこでフランは、ふうっと溜め息をついて立ち上がった。
「まったく。こんな可愛い子に何やってんだよあいつは……」
それは独り言のようだった。
「ほんとにごめんね? 困った兄で」
ふるふる首を横にふると、彼はまたふふっと優しい笑みを浮かべた。そうしてそのまま奥の部屋へと出て行く。どうやら、ほかの家族を呼びに行ったようだった。
◆
「わあ! じゃあやっぱりこの人、ぼくらの兄さんだったんだね! フランパパ」
呼ばれて戻って来たセディ少年は、再び太陽みたいな笑みで顔をいっぱいにして言った。一緒に連れて来た赤ん坊の方は、今はヴォルフの片腕に抱かれている。
「そうだよ。あらためてご挨拶しようね」
セディが使っているのは彼らの言葉なので、いまは基本的にフランが通訳をしてくれている。
「君たち二人の兄さんで、僕らの長男の──あ、ええっと」
そこまで言いかけて、ちらりとこちらを心配そうな目で見やる。明らかに「名前を言ってもいいか」と迷う顔だ。少年が笑って頷くと、彼はほっとしたように言葉を続けた。
「お名前は『フラン』君だよ。あちらのパパが、僕と同じ名前をつけてくださったんだって」
「わあ、そうなんだ~。いいなあ、パパとおんなじ名前ー!」
セディ少年はまったく屈託のない様子で、嬉しそうにこちらの手を握ってくる。そのままぶんぶん振られてしまった。
「さっきも言ったけど、ぼく、セディ! ほんとの名前はセドリック。こっちの弟はテディだよ。ほんとの名前はセオドアね」
「う、うん……。さっきはどうもありがとう、セディ」
「ううん。よろしくねっ、フラン兄さん!」
「え? えっと……」
(『兄さん』……?)
あまりにも聞き慣れない単語で呼ばれて、少年はしどろもどろになる。どうにも据わりが悪くてこそばゆい。嬉しいような恥ずかしいような、今すぐ飛んで逃げたいような。めちゃくちゃ変な気持ちになって、首のあたりがかあっと熱くなった。
「兄さんのことはぼく、ずっとフランパパとヴォルフパパから聞いてたんだ~。最初に見たとき、ほんとにフランパパにそっくりだからびっくりしちゃった。『絶対この人、兄さんだ!』って思ったもん。やっぱり間違ってなかったね!」
「えっ。そうなの……?」
びっくりして大人たちの方を見ると、二人はにこにこして「そうだよ」「だぜ?」と頷いている。
「だってそうでしょ? せっかく他にも兄弟がいるのに、この子たちに黙っているわけにはいかないじゃない?」
フランが言った。
「セディには、生まれた時から話していたよ。『君にはずっとずっと遠くの星に、お兄ちゃんがいるんだよ』ってね──」
「…………」
少年は思わず言葉を無くした。また、ぎゅうっと胸がつまったようになる。唇を引き結び、ヴォルフとフランとを見比べた。
「ほ……ほんとに?」
「もちろんだよ! なに言ってるの」
フランはむしろびっくりした顔になった。
「嘘言ってどーすんだよ、こんなこと」
ヴォルフパパの方は、半ば呆れ顔である。
フランは改めてこちらに来ると、座っている少年の前で片膝をつき、その肩に両手をかけた。
「あのね、フラン。君は知らなかったからしょうがないけど。君だって、ちゃんと僕らの家族だからね? 少なくとも、僕らはそう思ってるからね」
「か、……家族?」
さらに聞き慣れない単語に呆然として、その人の美しい顔を穴があくほど見つめてしまう。フランはさらに苦笑した。隣のヴォルフも似たような顔で笑っている。
「そうだよ? それ以外のなんだって言うの。もちろん、君にとって一番大切なパパであり、家族なのはアジュールだ。そのことは分かってるつもりだよ」
「フランパパ……」
「君はとっても素直に、そしてこんなに健康に育ってる。さっきも言ったけど、それはあのアジュールが君を大事に大事に育てた証拠だと思う」
うんうん、とヴォルフパパも頷いている。
「ちいっと癪だが、俺もそこんとこは認めるわ」
「だから、君のパパはアジュールでいい。でも、僕らだって君の家族でいていいでしょう?」
「…………」
「家族でダメなら、親戚でもいいんだ。もしも君さえ良かったら、そう思ってくれると嬉しい。遠くに住んではいるけれど、僕らはちゃあんとつながってるって」
「フランパパ……」
「もし君が、僕らとここに住みたいって思うなら歓迎するし。ね? ヴォルフ」
「おうともよ。いつでも来いや」
「えっ……?」
「ただし、名前はそうだな……『ジュニア』とでも呼ばせてもらうけどな。家族ん中に『フラン』が二人じゃ、ややこしくってしょうがねえし」
「あ、そうだね。いい考えかも」
「さんせーい!」
ヴォルフが豪快に笑ってした提案に、セディもフランもにこにこと頷いている。
思いがけない申し出だった。少年はもう、目をぱちくりさせて口もきけなくなる。まさか彼らから、こんな風に歓迎されるなんて思ってもみなかったのだ。
「何か困ったことがあったら、いつだって頼ってきていいんだよ? 今回みたいにね。これからだって、アジュールとふたりきりでいることで、また問題が起こるかもしれないんだし」
「フランパパ……」
「アジュールだってもう、昔のような過ちを犯したいとは思ってないと信じてるけど……。それでも、絶対に何もないとは言えないだろうから」
「そうそう。『実家に帰らせていただきますー!』っつて、いつでも戻ってくりゃあいいのよ」
にかにか笑って言ったのはヴォルフ。
「バカ。なにが『実家』だよ……」
隣でフランが肩を落とす。セディはそのそばで、相変わらずけたけた笑っている。
「わっぷ。あぶう!」
ヴォルフの腕に抱かれたテディも、父親の髭面をぺちぺち叩いて、わけもわからずきゃっきゃと笑っていた。
少年の目の中で、そんな優しい家族の姿がまた一気に熱く滲んだ。
「あり、がと……。みんな──」
「わっ。フ、フラン……?」
いっぺんに泣き出した少年を、フランの両腕がが恐るおそる抱いてくれる。少年は今度こそ、ためらいなくその体にしがみついた。
その胸で、こそっと小さく囁いてみる。
「あの……あのね、フランパパ」
「うん? なあに?」
「もっと……いっぱい、ぎゅーってして……?」
「…………」
フランはそこで、ぴたりと一瞬動きを止めたようだった。
しかし次の瞬間には、もう息もできないくらい、少年の体は力いっぱい彼の両腕に抱きしめられていた。
その上から、ヴォルフの太い腕が巻き付いてきてフランごと抱きしめられる。
「あーっ! ずるいよパパたち。ぼくも、ぼくもー! フラン兄ちゃーん!」
言ってセディが腰にぎゅっと抱きついてくる。その手がちょうど、少年の脇腹あたりをまさぐった。
「わ、ちょっと……!」
「きゃっはは! うきゃーい!」
ベビー・テディの小さな手も、髪や項をわしゃわしゃと触ってくる。こそばくってたまらない。
「うっひゃ、くすぐった……ちょっ、やめて! セディ……うわっは!」
「やーだーよー! こしょこしょこしょ~!」
なんだかもう、むちゃくちゃだ。
「やめてって……あはっ、うひゃあっ、あははははっ……!」
気がつけばもう少年は、ぽろぽろ零れるものもそのままに、みんなにぎゅうぎゅうに抱きしめられ、こそばされまくって身をよじり、大口を開けて笑い転げていた。
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