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第三章 見知らぬ惑星(ほし)で
9 しばしのお別れ
しおりを挟む「えーっ。フラン兄ちゃん、本当に帰っちゃうの? つまんないーっ!」
「わがまま言わないの。言ったでしょ? 彼には大事な人が向こうに残っているんだから。無理は言えないよ」
「えー。でもお……」
ぶつぶつ言いながら歩くセディを宥めながら、赤ん坊を抱いたフランが少年の隣を歩いている。ヴォルフは少年をはさむようにしてその横を歩いていた。手には道を照らすためのライトを持っている。
周囲はすっかり夜の景色になっていた。この惑星には衛星がいくつかあって、今はそのうちの二つが半分の形になって中天にあがっている。空は輝く星でいっぱいだ。まるで砂を撒いたように、暗い夜空を彩っている。
その星空を切り取っているのは、周りを囲む森の木々の影だった。
「じゃあさー、もうちょっとだけ。三日……ううん、一日だけでもいいよ。うちに泊まってもらおうよー。ぼく、もっとお兄ちゃんに見せてあげたいものがあるんだ。もっといっぱい遊びたいー!」
「ごめんね、セディ」
隣から力いっぱい腕をつかまれて訴えられ、少年は困った顔になった。
「でも僕、あっちのパパをもう何十日もほったらかしでこっちに来ちゃってて……。すごく心配なんだ。なんにも言わずに飛び出してきちゃったもんだから。やっぱり、早く戻らなくちゃいけないなって」
「えーっ。でもさあ……」
セディが唇をとんがらせてなおも抗議しようとしたら、横にいたヴォルフが「しつっけえぞ」と、でかい手で彼の頭をぺしっとはたいた。
「いつまでもごちゃごちゃ言うんじゃねっつの。これからはこいつだって、いつでもこっちに来られるんだからよ。だよなあ、ジュニア? また来るだろ?」
「え? は、はい……うん」
そうこうするうち、一同は少年が森の中に隠していた宇宙艇の近くまでやってきた。とは言え、少年が傍に近づくまで、その姿は森に溶け込んでまったく見えなかった。
「うわっ! すげえ」
宇宙艇が空気の中からにじみ出るように姿を現すと、セディは心底びっくりしたようだった。大きな目をぱちくりさせ、口をぽかんとあけている。さすがに慣れているらしいフランとヴォルフは、ごく普通の顔で眺めているだけだったけれども。
「ねえねえ。ちょっと見てもいい?」
セディがそう言ってせがむので、フランはベビー・テディを抱いたまま、しばらく一緒にその周りをめぐった。セディが目を輝かせて「あれは? なにするもの」などとフランを質問攻めにしている。フランはそれにいちいち答えてやっていた。
少し離れた所からそれを眺めていたら、隣から小さく低い声がした。
「ありがとな。ジュニア」
ヴォルフだった。
「もっと詰ってくれたって良かったのによ。なんだかんだ言ったって、俺らはお前を置いて逃げたんだぜ?」
少年は驚いて、自分よりもだいぶ丈の高い男の顔を見上げた。
「……ううん。だって、あれはフランパパもヴォルフパパも悪かったわけじゃないんだから」
というか、先ほどそう言ったのはこの男自身ではないか。それに、敢えて言うなら「悪かった」のはあちらのパパだ。
が、男はちょっと口の端を歪めて苦笑した。
「ま、あの時ゃフランのためにそうは言ったがよ。人間の気持ちなんてもんは、そう杓子定規にゃいかねえもんだろ?」
「…………」
そこで、男はちょっと言葉を切った。
「……実はよ。お前を残してこっちに来てからな。あいつ、しばらくはずーっと泣き暮らしててよ──」
「えっ……」
少年は驚いて男を見上げ、フランの方をちらっと見た。
「『僕のせいだ』、『あの子を置いてきちゃった』、『ひどい目に遭わせちゃった』って、そりゃもう見てらんねえ感じでな。メシもまともに食わねえし、ろくに眠りもしねえしよ」
少年は絶句した。
そうだったのか。さっき、フラン自身はそんなこと、おくびにも出さなかったのに。実際には彼が、そこまで自分のことで心を痛めてくれていたなんて。
「……で、だな。それで俺もお前の弟か妹、速攻で作ることにした。もちろんフランは『そんなのまだ考えられない』っつて乗り気じゃなかったんだが。そこはもう、俺の方がちょっと強引な感じでな。それがあいつのためだと思ったからよ」
ヴォルフは顎などしごきながら、「なにしろ百発百中だかんなあ」とごにょごにょ言った。もちろん、少年にはよくわからないことだった。
「けどそりゃあ、お前のことがどうでもいいからじゃねえんだ。それだけは違う。そこんとこだけは、もしお前に会えたら絶対に言いてえと思ってた。ずうっとな」
「ヴォルフパパ……」
少年はすでにいつのまにか、彼をこの名で自然に呼んでいる自分に気づいた。
そうだ。この男も、間違いなく自分のパパなのだ。それがここへきてやっと、じんわりと自分の腑に落ちたような気がした。それからちょっと躊躇ったけれど、顔を上げてしっかりともう一度ヴォルフを見た。
「わかってるよ、ヴォルフパパ。ぼく、フランパパのことも、ヴォルフパパのことも……セディもテディも、大好きだよ」
言ってしまってから急に恥ずかしくなり、「ほんとうだよ」と小さな声で付け加えて少し自分のつま先を見下ろす。と、後頭部にとん、と男の大きな手が降りてきた。そのままぽんぽんと軽く叩かれる。
「さすがはあいつの子だな。立派なお兄ちゃんだ。……そのまま、まっすぐ育ってくれよな」
「ヴォルフ、パパ……」
ヴォルフの手にあるライトで照らされている宇宙艇と、その周りを回っているフランたちの姿が、またじんわりと滲んでいた。
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