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第三章 見知らぬ惑星(ほし)で
10 帰還
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「じゃ……みんな。どうもありがとう」
「ううん。帰り、どうか気をつけてね」
優しく微笑んでくれるフランに引き寄せられるようにして、少年はその傍に歩み寄った。フランが両手を開いてくれるのに吸い込まれるように抱きつくと、フランもまた、ぎゅっと抱きしめてくれる。
この短時間のあいだに、少年はすっかりこの人の腕の中が大好きになっていた。
「来てくれて、本当に本当に嬉しかったよ。アジュールに、よろしくね……」
「うん。ありがと、フランパパ……」
名残を惜しみながら体を離し、今度はヴォルフに向かい合う。男は抱いていた赤ん坊をフランに預けてこちらに向き直り、大きな手でがっしりと少年を抱きしめてくれる。
彼にそうされると、軽くて細い少年の体は持ち上がり、つま先がちょっと浮き上がってしまった。
はじめのうちこそ「なんだか怖いな」と思っていたこの人が、実は心根の温かい気さくな男であることがわかって、少年はひどく嬉しかった。
「いつでも戻って来いよ。バカ兄貴になんかされたら俺に言え? グーパンの一発ぐらいはかましてやっからよ」
「ふふ。……ありがと、ヴォルフパパ」
「おお。まかせろ」
言ってまたぽすぽすと頭を軽く叩かれる。
次は隣で「はやく、はやく!」と待ちかねていたセディだった。少年は彼を抱きしめた。セディが満面のにこにこ顔になる。
「僕のこと、見つけてくれてありがとね、セディ。どうか元気で」
「うん! また絶対ぜったい来てね、フラン兄ちゃん!」
最後は赤ん坊のテディ。少年は恐るおそるその子を抱かせてもらい、ぷりぷりした頬に頬ずりしてから、額に軽くキスをした。
「またね、テディ。いい子でね」
当の赤ん坊はというと、すでにすっかり眠そうで、半分船をこいでいる状態だった。
最後にもう一度、少年はフランに抱きしめられた。
「フランパパ、ありがとう。会えてとっても嬉しかったよ」
そう言ったら、フランはくしゃっと顔を歪めた。
「僕の方こそ。会いに来てくれて本当に嬉しかった。どうか元気でね、フラン。絶対にまた来るんだよ。僕もヴォルフも、みんな待ってるから」
「うん……」
フランにつられて、少年の目もまたじわりと危なくなる。
「実は、こんなことを君に言うのはどうかと思って迷ってたんだけど……」
その言葉どおり、彼はほんのちょっと言い澱んだ。
「どうか、アジュールのこと……よろしくね」
「うん。フランパパ」
少年はにっこり笑って言った。
自分でもなんだか不思議だった。彼らに会うまでは胸の中に抱えていた真っ黒なものが、今はきれいに消え去っている。それがひどく嬉しかった。
大丈夫。
僕はもう、大丈夫だ。
(あとは……パパだよね)
そう思って、鳩尾のあたりに気合いを入れる。
宇宙艇のハッチが閉じる最後の瞬間までみんなに手を振りまくってから、少年はようやくコクピットのシートに座った。
《発進準備完了。当機は発進シークエンスに移行します》
AIが無機的な声で宣言し、宇宙艇が発進する。
モニターに映された、地上で手を振る家族たちの姿がどんどん小さくなっていく。少年はそれに力いっぱい手を振りながら笑っていた。
(さよなら、フランパパ。ヴォルフパパ。セディ、テディ──)
両目から次々溢れるのは、来たときのそれとはまったく意味の違う雫たちだった。
そうして思うのは、残してきたあの人のこと。
実はあの人をたった一人で置き去りにしてきてしまったことが、ここへきて急に少年にとって心配になり始めていた。
今にして思えば、そこまでしなくても良かったのに。一時の感情で突っ走って、行き先も告げずに逃げてきてしまったなんて。彼は今、どんなに心配していることだろう。
あの、ほかには誰も住む者のない惑星で。
彼は今、どんなに孤独に苛まれていることか。
(待っててね、パパ。僕、すぐに戻るからね……!)
少年の気持ちに呼応するかのようにして、宇宙艇はあっという間に大気圏を突破した。そうしてあの惑星を飛び出た時と同様、即座に異空間航行に入った。
◆
その惑星に戻るには、再び数百時間を要した。
が、惑星に接近するための最後の異空間航行が終了した時、突如として異変が起こった。
唐突に船内が、ヴィイイイン、ヴィイイインと異様な機械音に包まれたのだ。
緊急事態警報だった。
少年はコクピット・シートから飛び上がった。
「なっ、なに? なにがあったの……!?」
《お急ぎください。地下ドームからの連絡です。異変を検知。《胎》が破壊されているとのことです》
「なんだって?」
《早急な原状の回復を。どうかお急ぎください──》
「ど、どうしてっ……!」
窓外にはすでに、あの惑星の黄味がかった姿が大きく迫りつつある。どうやら今はステルス機能が働いていないらしい。だがそれを除けば、星は出てきた時となんら変わりなく見えた。
(《胎》が破壊されたって……? じゃ、パパは……?)
そんな、まさか。
男の体は、まだ十分に治癒されていなかったはず。時期的なことを考えても、完全に治癒できているタイミングとは思えない。今あの《胎》から離れたら、どうなるか分からないのに。
どくんどくんと鼓動が激しくなっていく。
「急いで! 早く着陸してっ。お願い、早く……!」
少年の絶叫を乗せたまま、宇宙艇は速やかに着陸体勢に入り、大気との摩擦に船体を燃え上がらせながら、地表へ向かって降下していった。
「ううん。帰り、どうか気をつけてね」
優しく微笑んでくれるフランに引き寄せられるようにして、少年はその傍に歩み寄った。フランが両手を開いてくれるのに吸い込まれるように抱きつくと、フランもまた、ぎゅっと抱きしめてくれる。
この短時間のあいだに、少年はすっかりこの人の腕の中が大好きになっていた。
「来てくれて、本当に本当に嬉しかったよ。アジュールに、よろしくね……」
「うん。ありがと、フランパパ……」
名残を惜しみながら体を離し、今度はヴォルフに向かい合う。男は抱いていた赤ん坊をフランに預けてこちらに向き直り、大きな手でがっしりと少年を抱きしめてくれる。
彼にそうされると、軽くて細い少年の体は持ち上がり、つま先がちょっと浮き上がってしまった。
はじめのうちこそ「なんだか怖いな」と思っていたこの人が、実は心根の温かい気さくな男であることがわかって、少年はひどく嬉しかった。
「いつでも戻って来いよ。バカ兄貴になんかされたら俺に言え? グーパンの一発ぐらいはかましてやっからよ」
「ふふ。……ありがと、ヴォルフパパ」
「おお。まかせろ」
言ってまたぽすぽすと頭を軽く叩かれる。
次は隣で「はやく、はやく!」と待ちかねていたセディだった。少年は彼を抱きしめた。セディが満面のにこにこ顔になる。
「僕のこと、見つけてくれてありがとね、セディ。どうか元気で」
「うん! また絶対ぜったい来てね、フラン兄ちゃん!」
最後は赤ん坊のテディ。少年は恐るおそるその子を抱かせてもらい、ぷりぷりした頬に頬ずりしてから、額に軽くキスをした。
「またね、テディ。いい子でね」
当の赤ん坊はというと、すでにすっかり眠そうで、半分船をこいでいる状態だった。
最後にもう一度、少年はフランに抱きしめられた。
「フランパパ、ありがとう。会えてとっても嬉しかったよ」
そう言ったら、フランはくしゃっと顔を歪めた。
「僕の方こそ。会いに来てくれて本当に嬉しかった。どうか元気でね、フラン。絶対にまた来るんだよ。僕もヴォルフも、みんな待ってるから」
「うん……」
フランにつられて、少年の目もまたじわりと危なくなる。
「実は、こんなことを君に言うのはどうかと思って迷ってたんだけど……」
その言葉どおり、彼はほんのちょっと言い澱んだ。
「どうか、アジュールのこと……よろしくね」
「うん。フランパパ」
少年はにっこり笑って言った。
自分でもなんだか不思議だった。彼らに会うまでは胸の中に抱えていた真っ黒なものが、今はきれいに消え去っている。それがひどく嬉しかった。
大丈夫。
僕はもう、大丈夫だ。
(あとは……パパだよね)
そう思って、鳩尾のあたりに気合いを入れる。
宇宙艇のハッチが閉じる最後の瞬間までみんなに手を振りまくってから、少年はようやくコクピットのシートに座った。
《発進準備完了。当機は発進シークエンスに移行します》
AIが無機的な声で宣言し、宇宙艇が発進する。
モニターに映された、地上で手を振る家族たちの姿がどんどん小さくなっていく。少年はそれに力いっぱい手を振りながら笑っていた。
(さよなら、フランパパ。ヴォルフパパ。セディ、テディ──)
両目から次々溢れるのは、来たときのそれとはまったく意味の違う雫たちだった。
そうして思うのは、残してきたあの人のこと。
実はあの人をたった一人で置き去りにしてきてしまったことが、ここへきて急に少年にとって心配になり始めていた。
今にして思えば、そこまでしなくても良かったのに。一時の感情で突っ走って、行き先も告げずに逃げてきてしまったなんて。彼は今、どんなに心配していることだろう。
あの、ほかには誰も住む者のない惑星で。
彼は今、どんなに孤独に苛まれていることか。
(待っててね、パパ。僕、すぐに戻るからね……!)
少年の気持ちに呼応するかのようにして、宇宙艇はあっという間に大気圏を突破した。そうしてあの惑星を飛び出た時と同様、即座に異空間航行に入った。
◆
その惑星に戻るには、再び数百時間を要した。
が、惑星に接近するための最後の異空間航行が終了した時、突如として異変が起こった。
唐突に船内が、ヴィイイイン、ヴィイイインと異様な機械音に包まれたのだ。
緊急事態警報だった。
少年はコクピット・シートから飛び上がった。
「なっ、なに? なにがあったの……!?」
《お急ぎください。地下ドームからの連絡です。異変を検知。《胎》が破壊されているとのことです》
「なんだって?」
《早急な原状の回復を。どうかお急ぎください──》
「ど、どうしてっ……!」
窓外にはすでに、あの惑星の黄味がかった姿が大きく迫りつつある。どうやら今はステルス機能が働いていないらしい。だがそれを除けば、星は出てきた時となんら変わりなく見えた。
(《胎》が破壊されたって……? じゃ、パパは……?)
そんな、まさか。
男の体は、まだ十分に治癒されていなかったはず。時期的なことを考えても、完全に治癒できているタイミングとは思えない。今あの《胎》から離れたら、どうなるか分からないのに。
どくんどくんと鼓動が激しくなっていく。
「急いで! 早く着陸してっ。お願い、早く……!」
少年の絶叫を乗せたまま、宇宙艇は速やかに着陸体勢に入り、大気との摩擦に船体を燃え上がらせながら、地表へ向かって降下していった。
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