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第四章 この宇宙の片隅で
3 彫刻の男
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石が冷却されてからも、決してすんなりとはいかなかった。
今度はそこからもっと出力を落としたレーザービームを使い、少年とAIはほとんど彫刻でもするようにして、丁寧に男の体を取り出したのだ。後半は少年自身も腰のレーザー・ガンで少しずつ石を削り、AIの手助けをした。
やっと現れた男の体は、石の中心部で膝を抱え、丸まった姿勢で横になっていた。衣服はいっさいまとっていない。目も口もかたく閉じられ、頬はひどく青ざめている。唇はほとんど白色になっており、血色はないに等しい。
石の表面とそっくりに、皮膚は爬虫類の鱗のようにひび割れている。一見して、まったく生き物のようには見えなかった。逆にそれは本当に、本物の彫刻かなにかのようだった。
「パパ! パパったら……!」
少年は男の体に、ほとんどむしゃぶりつくようにして取りついた。しかし、指先が少し触れるだけでも、男の皮膚はひび割れた部分からぱらぱらと薄く剥がれ落ちた。
少年の心を、どうしようもない恐怖が支配する。
(まさか……もう、パパは)
うっかりするとそんな思いが心をべったりと闇色に染め上げそうになる。少年はそれを必死で振り払い、心の中から追い出した。
AIは一応、まだ「すぐに《胎》にもどせば間に合うはずです」と言ってくれている。それが唯一の励ましであり、救いでもあった。
男の体を傷つけそうで迂闊に触れることができないので、少年は普段は宇宙艇の底部に格納されている移動カプセルを使って男を運んだ。
カプセルは真っ白な細長い楕円形で、ほとんど表面に継ぎ目も見えない。それが少年の膝ぐらいの高さに浮かんで、するすると滑るように移動してくる。要は、飛行艇が超低空飛行をするのと同じ要領だ。
カプセルの上半分が音もなく両開きになると、中はちょうど人が一人横たわれるぐらいの寝台になっていた。
少年が壊れものでも扱うようにして男を抱き上げ、そろそろと寝かせると、扉はすぐに閉じられた。そのまま出てきた時と同様に滑らかに宇宙艇に吸い込まれて行く。
そこからあとはAIが受け持ってくれた。つまりそのまま、彼を宇宙艇内の《胎》へ移動させてくれたのだ。
(パパ……)
小型の《胎》の外側にはりつき、薄緑に発光する液体の中をゆらゆらと回っている男を見つめて、少年はずるずるとそこにへたりこんだ。一気に気が抜けて、疲労がどっと襲ってきたのだ。
前回のようにバラバラでこそないけれど。こんなことを、いったい何度経験しなくてはならないのだろう。
「ごめんなさい、パパ……。黙って出て行ったりして」
《胎》の表面を撫でる手の甲に、またぽろぽろと雫が落ちた。
別に、弱いのは自分だけではないのだ。すごく大人で、自分なんかよりもずっとずっと強いんだと思ってきたこの男だって、本当はこんなに弱い。こうしてこの星にたった一人で放置されれば、こんなにも簡単に自分の命を放棄する。この世をはかなんで、自死なんて選んでしまう。
(でも……でもさ)
いや、そうではない。
誰だって本当は弱いのだ。それはこの人だって例外ではない。
そして弱いからこそ、昔あのフランパパをひどく傷つけることになってしまったのだろう。きっとそうだ。
(だけど……)
しかし逆に、少年は胸のどこかがほんわりと、わずかに温かくもなるのだ。
自分が勝手にいなくなったことで、この男をここまで追い込み、傷つけてしまった。そのことは間違いなく悔やんでいる。痛みを覚えてもいる。それでもどうしても、どこかで喜んでいる自分もいたのだ。
だって「失いたくない」という強い思いがあればこそ、人はこうやって傷つくもののはずではないか。
(じゃあ、パパは……僕を大事に思ってくれてるの? ちゃんと、僕のことを)
だけど、まだまだ安心はできない。
それはまだ、あの「フラン」の身代わりとしてかもしれないからだ。
(でも……たとえそうだとしても)
少なくとも、それなら自分がこの惑星にこの男と共にいる意味はある、ということにはならないか……?
たとえ身代わりだとしても、そのことさえ自分が飲み込めるなら、受け入れられるなら。このまま彼の子供として、あのフランの身代わりとしてその側にいたっていいのでは──。
が、すぐに鋭く遮るものがあった。
(ううん──)
それは、閃くような思念だった。
(それは、イヤだ)
少年は音が鳴るほどに歯を食いしばった。
こればかりはどうしようもない。
自分はこの男に、ちゃんとこの自分自身を見て欲しいのだ。もちろん、ただの「子供」としてではなしに。ちゃんとこの人の「相手」として。
「フラン」だなんて、あの素敵なパパの名前をつけて身代わりのように育ててきたことだって、ちゃんと詰ってあげたいのだ。
ちゃんと、ケンカだってしたい。
その胸をぽかぽか殴りつけてみたいのだ。
そして、その上で求めて欲しい。
そればっかりは、やっぱり譲れないような気がするのだ。
あのフランパパだってきっと言う。「それを許しちゃダメだよ」って。
(でも、それもこれも……どうしようもないよね)
……あなたが、目を覚まさなければ。
少年は目を上げて《胎》の表面をそっと撫でた。その中の、もの言わぬ人の顔を黙って見つめる。
(目を覚まして、パパ。……そうしたら僕、今度こそ)
今度こそ、ちゃんと言うのだ。
あなたを愛してる。
心から愛してる。
……だから、ちゃんとこの僕を見て、と。
今度はそこからもっと出力を落としたレーザービームを使い、少年とAIはほとんど彫刻でもするようにして、丁寧に男の体を取り出したのだ。後半は少年自身も腰のレーザー・ガンで少しずつ石を削り、AIの手助けをした。
やっと現れた男の体は、石の中心部で膝を抱え、丸まった姿勢で横になっていた。衣服はいっさいまとっていない。目も口もかたく閉じられ、頬はひどく青ざめている。唇はほとんど白色になっており、血色はないに等しい。
石の表面とそっくりに、皮膚は爬虫類の鱗のようにひび割れている。一見して、まったく生き物のようには見えなかった。逆にそれは本当に、本物の彫刻かなにかのようだった。
「パパ! パパったら……!」
少年は男の体に、ほとんどむしゃぶりつくようにして取りついた。しかし、指先が少し触れるだけでも、男の皮膚はひび割れた部分からぱらぱらと薄く剥がれ落ちた。
少年の心を、どうしようもない恐怖が支配する。
(まさか……もう、パパは)
うっかりするとそんな思いが心をべったりと闇色に染め上げそうになる。少年はそれを必死で振り払い、心の中から追い出した。
AIは一応、まだ「すぐに《胎》にもどせば間に合うはずです」と言ってくれている。それが唯一の励ましであり、救いでもあった。
男の体を傷つけそうで迂闊に触れることができないので、少年は普段は宇宙艇の底部に格納されている移動カプセルを使って男を運んだ。
カプセルは真っ白な細長い楕円形で、ほとんど表面に継ぎ目も見えない。それが少年の膝ぐらいの高さに浮かんで、するすると滑るように移動してくる。要は、飛行艇が超低空飛行をするのと同じ要領だ。
カプセルの上半分が音もなく両開きになると、中はちょうど人が一人横たわれるぐらいの寝台になっていた。
少年が壊れものでも扱うようにして男を抱き上げ、そろそろと寝かせると、扉はすぐに閉じられた。そのまま出てきた時と同様に滑らかに宇宙艇に吸い込まれて行く。
そこからあとはAIが受け持ってくれた。つまりそのまま、彼を宇宙艇内の《胎》へ移動させてくれたのだ。
(パパ……)
小型の《胎》の外側にはりつき、薄緑に発光する液体の中をゆらゆらと回っている男を見つめて、少年はずるずるとそこにへたりこんだ。一気に気が抜けて、疲労がどっと襲ってきたのだ。
前回のようにバラバラでこそないけれど。こんなことを、いったい何度経験しなくてはならないのだろう。
「ごめんなさい、パパ……。黙って出て行ったりして」
《胎》の表面を撫でる手の甲に、またぽろぽろと雫が落ちた。
別に、弱いのは自分だけではないのだ。すごく大人で、自分なんかよりもずっとずっと強いんだと思ってきたこの男だって、本当はこんなに弱い。こうしてこの星にたった一人で放置されれば、こんなにも簡単に自分の命を放棄する。この世をはかなんで、自死なんて選んでしまう。
(でも……でもさ)
いや、そうではない。
誰だって本当は弱いのだ。それはこの人だって例外ではない。
そして弱いからこそ、昔あのフランパパをひどく傷つけることになってしまったのだろう。きっとそうだ。
(だけど……)
しかし逆に、少年は胸のどこかがほんわりと、わずかに温かくもなるのだ。
自分が勝手にいなくなったことで、この男をここまで追い込み、傷つけてしまった。そのことは間違いなく悔やんでいる。痛みを覚えてもいる。それでもどうしても、どこかで喜んでいる自分もいたのだ。
だって「失いたくない」という強い思いがあればこそ、人はこうやって傷つくもののはずではないか。
(じゃあ、パパは……僕を大事に思ってくれてるの? ちゃんと、僕のことを)
だけど、まだまだ安心はできない。
それはまだ、あの「フラン」の身代わりとしてかもしれないからだ。
(でも……たとえそうだとしても)
少なくとも、それなら自分がこの惑星にこの男と共にいる意味はある、ということにはならないか……?
たとえ身代わりだとしても、そのことさえ自分が飲み込めるなら、受け入れられるなら。このまま彼の子供として、あのフランの身代わりとしてその側にいたっていいのでは──。
が、すぐに鋭く遮るものがあった。
(ううん──)
それは、閃くような思念だった。
(それは、イヤだ)
少年は音が鳴るほどに歯を食いしばった。
こればかりはどうしようもない。
自分はこの男に、ちゃんとこの自分自身を見て欲しいのだ。もちろん、ただの「子供」としてではなしに。ちゃんとこの人の「相手」として。
「フラン」だなんて、あの素敵なパパの名前をつけて身代わりのように育ててきたことだって、ちゃんと詰ってあげたいのだ。
ちゃんと、ケンカだってしたい。
その胸をぽかぽか殴りつけてみたいのだ。
そして、その上で求めて欲しい。
そればっかりは、やっぱり譲れないような気がするのだ。
あのフランパパだってきっと言う。「それを許しちゃダメだよ」って。
(でも、それもこれも……どうしようもないよね)
……あなたが、目を覚まさなければ。
少年は目を上げて《胎》の表面をそっと撫でた。その中の、もの言わぬ人の顔を黙って見つめる。
(目を覚まして、パパ。……そうしたら僕、今度こそ)
今度こそ、ちゃんと言うのだ。
あなたを愛してる。
心から愛してる。
……だから、ちゃんとこの僕を見て、と。
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