ルサルカ・プリンツ 外伝《瑠璃の玉響》

るなかふぇ

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第五章 主従

6 御子誕生

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 玻璃皇太子殿下とユーリ配殿下のあいだに初めての御子がご誕生になったのは、それから十日ほどあとのことだった。
 御子様は御名みなを「浅葱あさぎ」と号されることになり、群青陛下から寿ぎを受けたあと、東宮御所に移られた。
 国じゅうがすでにお祝いムード一色である。かつて皇太子妃と御子を喪った皇太子にあらたな配偶者が現れ、再び御子に恵まれたのである。玻璃殿下をおいたわしく思ってきた臣民たちの喜びは、藍鉄ならずとも一入ひとしおというものであろう。
 街のあちこちに祝賀の旗が掲げられ、にぎにぎしく飾り付けられた商店の店先には「御子さまご誕生セール」なる文言が並び、晴れやかな便乗商法でにぎわっているらしい。

 御子さまの臣下・臣民へのお披露目はまだ数か月先のことになるが、弟君である瑠璃殿下は祝辞をのべるため、いち早く東宮へ出向かれた。当然、藍鉄もお供をする。
 応接の間に現れた玻璃殿下とユーリ殿下は、まことにお幸せそうなお顔だった。ユーリ殿下の腕に抱かれたおくるみの中にいらっしゃる小さな赤子が、くだんの浅葱殿下だ。

(これはまた、お美しい)

 玉のようにつやつやとした赤い頬に、すでに理知的なものを備えたかのように見える空色の瞳。おぐしは玻璃殿下ゆずりの銀色だ。
 
「うわあ、うわあ……。本当にお可愛らしい。ぷくぷくで、つやつやで……それになんだろう、この小さなお手! 話に聞いたことはあるけれど、ほんとうに紅葉もみじのようだね」

 ひととおり格式ばった祝いの言葉を述べられてから、ユーリ殿下からそっと赤子を抱かされた瑠璃殿下は、慣れないことでおっかなびっくりになりながらも、もはや大喜びのご様子だった。

「お髪の色は兄上ゆずり。おの色はユーリ義兄上あにうえゆずりなのですね。ああ、本当にお可愛らしい。しかもとても賢くていらっしゃいますよ、この方は! お瞳がまことに理知的に輝いておられますもの。将来が、今からまことに楽しみです……!」

 もはや手放しの褒めようだ。
 そのお顔には、もはやなんのかげりも屈託も見えなかった。もともとお美しいかんばせが花のようにほころんで、今や光り輝くようである。御子様もお美しいが、御子様を抱かれる瑠璃殿下とひとつになると、まことに完成された一幅の絵のようだった。
 玻璃殿下と配殿下が、なにか思うところのある瞳をしてこちらを見、互いに目配せをしておられる。……まあ、気のせいかもしれないが。

 今、藍鉄は姿を現した状態で部屋の隅に跪いている。
 配殿下側には黒鳶が同様に黒ずくめの姿を晒して控え、そのそばには配殿下の側近、ロマン少年が立っていた。
 黒鳶はいつもの固い無表情だが、ロマン少年はちらちらと瑠璃殿下とこちらを盗み見る様子である。こう見えてなかなか敏い少年だ。すでに結構なことがになっていることだろう。
 そうでなくてもこのところ、瑠璃殿下は目に見えて明るく、にこやかになられ、それに伴ってさらにお美しくなられた。玻璃殿下とユーリ殿下も、その理由はすでに察しがついておられるようだ。

(知らぬは瑠璃殿下ばかりなり、か)

 胸の裡だけで半眼になりつつも、藍鉄自身はすべて素知らぬ顔で通した。
 その場で少し茶菓などを喫されてご歓談をされたあと、ご退出の時間となった。瑠璃殿下が両殿下に丁寧に暇乞いとまごいをし、部屋を退出されていく。藍鉄もいつものようにその後へついて行こうとした。
 と、するりと隣に玻璃殿下が近づかれた。
「藍鉄」
 やや腰をかがめて耳元に囁かれる。「は」と少し頭を下げると、機嫌がいいながらもいつもより一段低いお声が続いて聞こえた。
「色々と苦労を掛けると思うが、わが弟をよろしく頼むぞ」
「……は?」

 さすがの藍鉄も絶句した。大変な無礼だということすらつい失念してしまい、まじまじと殿下を見返してしまう。
 玻璃殿下はいつもの鷹揚な笑みを浮かべ、くはは、と低く笑声を洩らされた。軽く背中を叩かれる。

「何も言うな。俺は何も知らぬゆえ。……さ、く行くがよい。瑠璃が廊下で地団太を踏みだすまえにな」
「は、はは」

 すっと低くこうべを垂れてから、藍鉄もすぐに部屋を辞した。
 廊下に出ると、渡殿の手前のあたりで案内の者を止まらせて、瑠璃殿下が腕組みをしてこちらを睨んでおられるのが見えた。

「何をやってるんだよ。ぐずぐずするな、お前らしくもない」
「は。申し訳ありませぬ」
「用は済んだ。とっとと帰るぞ! 藍鉄」
「は」

 すでに午前中に出仕はこなされ、朝議にもお出になった。午後はこちらにお邪魔する予定になっていたので、あとは自由時間である。普段なら、兄君の補佐であれこれと仕事が入っているのだが、本日は午後だけ休暇になった。
 殿下がここまで帰りを急がれる理由は、ただひとつだ。

 離宮にお戻りになった途端、殿下は周囲の者らをさっさと人払いして、AIによる監視システムを切り、藍鉄とふたりきりになった。
 長椅子に座ってひょいひょいと白足袋を脱ぎ、亀甲文様のほうの紐をしゅるしゅると解いていかれる。

「殿下。左様な──」

 自分の前で、平気な顔をしてそんな薄着にならないで貰いたい。そうでなくても遂に身分の一線を越えてしまった自分である。
 先日、唇に触れて以来、殿下はどんどん積極的になられている。だが今の藍鉄としては、それを全部受け止めるわけにはいかないのだ。
 そう思ううちにも、もう殿下は袍を放り出し、ひとえ指貫さしぬきだけの姿になって藍鉄に抱きついてこられている。

「はやく。藍鉄──」
「殿下──」

 とはいえ、求めてこられるのは接吻のみだ。……そのはずだ。
 実は唇ばかりでなく、殿下は「体のどこにでもして構わぬ」などと平気でおっしゃる。もちろん、それに唯々諾々と応じるつもりはさらさらない。
 そこすら越えてしまったら、その先はもう目の前になってしまうからだ。

 だというのに殿下ときたら、こちらが求めに応じた途端、指貫を穿いた足をひょいとこちらの腰に掛けてこられる。
 これを誘惑と言わずしてなんと言うのか。
 それやこれやで藍鉄は、相変わらず自分の自制心の見極めに心底苦心する羽目になっている。

(……やれやれ)

 そうは思いつつ、胸の高鳴りは抑えきれない。
 求められるまま殿下の甘い唇を味わいつつ、藍鉄は胸の奥でくすりと苦笑した。

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