ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第二章 陸の国と海の国

7 求婚

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「も……貰い受ける??」
「いえっ! そ、それはお待ちくださいっ!」

 ロマンが凄まじい勢いで割って入ったのは、やっとユーリが声を出せたのとほぼ同時だった。もはや二人の間に割り込んで、目の前の男から体でユーリを守るような体勢である。必死の形相になっていた。

「先日、お二人の間に何がおありだったかは存じ上げませぬが。いかに海の皇太子殿下であらせられましても、ユーリ殿下のお命を『はい左様ならば』とばかり、差し上げるわけには参りませぬっ!」
「え?」
「いや。待て」
 ユーリの目が点になり、男がたちまち半眼になる。
「だれが『命を貰い受ける』などと申したのだ。小姓どのも、少し落ち着け」
「し、しかしっ!」
 ロマンは頬を上気させて肩をそびやかしている。
「ほかに、どんな『貰い受ける』が存在すると──」

 言われてみれば確かにそうだ。ユーリも不審に思って男を見つめた。男は男で、もはや「案ずるな」とばかり、こちらを見つめて苦笑している。

「なるほど、そうであったな。そなたたちとこちらでは、相当に科学技術の程度が異なることは聞いていたが。どうやら、互いの理解に相当な齟齬がある。ならばもう少し言葉を尽くすといたそう」
 
 言ってすいと立ち上がると、男はユーリの目の前で床に片膝をつき、再び彼の手をとって両手で包み込んだ。

「これは正式な申し入れだ。そなたを俺の妻としてめとりたい。いずれ海底皇国の皇となる俺のそばで、共に生きてはくれまいか」
「……は?」
「はああっ!?」

 ユーリはほとんど呆然自失。
 対するロマンは逆上して、不敬も忘れて大声を上げてしまっている。

「なっ……何をおっしゃっているのです!」
「あの、あのう……ハリ殿」
 ユーリはやっとのことで声を絞り出した。
「ええっと、わたくしはこれでも一応この国の王子……つまり、男子おのこなのでございますが……?」
「そうだな。それはよく存じ上げている」

 言って笑みを含んだ男の目線が、ちらりとユーリの足の間の、あらぬ場所を撫でたようだった。その途端、ユーリは自分の耳がかっと熱くなるのを覚えた。
 そういえば救われたあの時、この男はしっかりとユーリのその場所に触れていたのだった。
 肝心のものはかなり縮こまっていたとはいえ、あれでこちらの性別を取り違えるなんてことは、万に一つもないはずなのだ。
 それなのに。
 男はもはや完全に男前な顔で、にこにこ笑っているばかり。

「で。それが?」
 ロマンの怒りが激発した。
「『それが?」ではございませぬ! まさかとは思いますが、海の皇太子殿下はご乱心召されておいでなのですか!? でなければこともあろうに、我が国の尊き王子殿下を、おっ、女子おなごのように扱って冒涜なさるおつもりか!?」
「滅相もないことを。俺は至極、大真面目だ」
「な、なんっ……」
口幅くちはばったいことを申すようだが。さらに申さば『女子として扱うことが冒涜だ、辱めだ』と申すそなたの認識の方が、よほど当の女子おなごらに対して無礼というものではあるまいか」

 男の目が、ぎらりと一瞬怒りの灯影ほかげをうつしたのを見てユーリは慌てた。

「あ……の。申し訳ありませぬが」
 ロマンを片手で押しとどめ、間に入る。
「ご覧の通り、自分は男子おのこでございまして。我が姉妹のうちのだれか一人いちにんをご所望ということならともかくも。私自身があなた様の、その……奥方にというのは、無理と言うにも無理がありすぎ──」
「ん? 左様なことはないぞ」
「え?」

 ロマンへ向けていた鋭い眼光をすぐに和らげ、男はユーリを再び見つめて来た。一転して、ひどく優しげなまなざしである。なにやら背筋をぞくりとするものが走った。それだけで蕩かされてしまいそうな気分になる。
 あちらの王宮の女たちも、さぞやこの皇太子の甘い囁きで腰を砕けさせていることであろう。要するに男としても、彼と自分とでは大違いなのだ。

「確かに今のそなたたちにとって、この申し出はさぞや面妖なことであろうな。無理もない。だがこちらの国ではそれは、さほど問題にはならんのだ」
「ど、どういうことにございましょう」
「つまりだ。互いに求め合い、まことに子が必要と思う者らであるのなら、こちらでは男と男が、また女と女がつがうことが可能なのよ。また、その二人で子を為すことも可能である」
「ええっ?」

 ユーリは仰天した。さっきから、ずっと目を白黒させっぱなしだ。
 男の目の色がさらに楽しげなものになった。

「いや無論、そなたの姉君や妹御ともなれば、さぞや愛らしい姫君らであらせられよう。それは露ほども疑うものではないのだが。なにぶん俺は──」

 言いかけて、男はぐいとユーリの手を引き、上体を前方へ傾けさせた。男の顔がぐっとこちらに近づいてくる。

「今はともかく、そなたが欲しい」
「な……っ」

 紫水晶の瞳にまっすぐに射抜かれて、ユーリの全身がこちんと固まった。
 命を救われたあの時、何度もされた接吻パツェルーイを鮮やかに思い出す。
 不思議なことに、それは決して不快ではなかった。不快に思うということが、むしろ不自然に思えるほどだった。
 とはいえこの国では、男女以外の婚姻など認められてはいない。そもそも子を為すために結婚という制度があるわけで、それ以外のつがいなど認める必要を感じない、ということなのだろう。
 だが、この男はそうは言わなかった。
 男が男と番いあっても、女が女と番いあってもいいのだと。
 そういう形で紡がれる関係を、一抹も後ろめたいものと考えていないらしい。

(ああ……。だからか)

 だからあの時、この男はあれほどまっすぐに自分を求めてくれたのだ。
 いや、いきなりあんな熱い接吻を交わすというのは、いかな王族であったとしても強引にすぎるし、いかがなものかとは思うけれども。

「ま……ままま、待ってくださいまし! そ、そのようにいきなり、いきなりっ……は、はしたのうございますっ!」

 隣でロマン少年が全身真っ赤になって叫んだので、やっとユーリの思考は現実に戻ってきた。
 気が付けば男の両手が自分の背中と腰に回って、今にも接吻されそうになっている。

「うわっ! いや、ちょ、ちょちょちょっと待ってくださいませ、ハリー……いえ、ハリ殿っ!」
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