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第二章 陸の国と海の国
6 再会
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「お、お訊ねしたいことは様々ありますが。まずはどうか、落ち着いてくださいませ」
「落ち着かねばならんのは、そなたの方だと思うがな」
「は、はあ……」
やや気の毒そうな顔で苦笑している男を前に、ユーリは真っ赤になって恥じ入った。まったくもって、その通りだ。これでこの国の王子だなどと、口が裂けても言えないような気分になる。
いま二人は、王族が使用する応接室で、ロマン以外の者を人払いし、ソファセットのところで対峙している。
ロマンは改めて香りのよい紅茶を淹れ、茶菓子を準備して二人の前に供してくれた。彼にはすでに、「これがあの時の『人魚』の男だ」と耳打ちしてある。少年は大いに驚いたようだったが、ユーリの慌てようを目の当たりにしているためか、少しも疑う様子はなかった。
ユーリは膝の上で両手の指をもみ合わせて、あれこれ考えた挙げ句にこう言った。
「ええっと……。何からお訊ねすればいいのやら──」
「面倒だな。なら、俺からかいつまんで説明しよう」
さらさらと、まるで母国語のように流暢にこちらの言語を操りながら、男はその言葉通り、本当にかいつまんであれこれと説明してくれた。
「まず、この言葉だが。先日耳につけていた同時通訳装置のデータも使って、その後大急ぎで習得させていただいた。いつまでもあんな無粋な物に頼りたくなかったのでな」
「同時通訳……でーた? え?」
「そなたと、直に話がしたかった」
にこりと笑う顔が、いい男ぶりをさらに上げる。艶を含んだ男らしい低音の声でそう言われると、ユーリはかっと耳が熱くなるのを覚えた。
「し、しかし……。あれから数日しか経っておらぬのに」
「数日? それはおかしかろう」
男は片眉をわずかに上げて、また苦笑。
「そなたらが牧歌的にもゆらゆらと帆船で船旅をし、四つ足の生き物に車を曳かせてのんびりとご帰還する間に、いったい何日あったと思う。その間に、こちらはさっさとスピード・ラーニングを完了させたというわけだ」
「すぴーど、ら……なんだって??」
言語そのものは確かにこちらの言葉なのに、中身はというとユーリの脳ではまったくもって理解に余った。ほとんどお手上げ状態である。
「次に、この足」
男はぽんと軽く自分の膝を叩いた。
「あの尾鰭のままでは、さすがに陸では動きづらかろう。ということで、元に戻した」
「もとに、もどす……?」
ということは、もともとはこの男、陸の人間だったということなのだろうか。
「我らは生まれ落ちた時、みな両足を持っている。呼吸については、水中、空気中どちらでも可能になっているのだがな。水陸両用というやつよ」
「……はあ」
「実を申さば水底にも、空気を擁した施設がある。そうでなくては、穀物やら野菜などの農耕が不可能だからだ」
「はあ」
「それで、ある程度の年齢になると尾鰭を手に入れるかどうかを決める。まあ、身分によってすでに決まっている者らもいるが。基本的に、貴族階級から上はみな尾鰭だ。食料生産に従事する、下層階級の者らには足つきが多い」
「……は、はあ」
「尾鰭に変えるにも、結構な金がかかるしな。畢竟、貧しい者らには高嶺の花ということにもなるわけだ」
そんなこと、滔々と説明されてもまったく理解が追いつかない。
「ええっと……つまり。あなた方は、もとは陸の人々でいらっしゃる……?」
やっとそう言ったら、男はにかっと笑った。よしよし、と頭を撫でんばかりの勢いで頷き返される。
「よくお分かりだな。その通りだ」
「あ、あの」
ついと顔を上げると、思った以上に男の顔が近かった。体躯が大きいだけに、身を乗り出してくるだけでぐっと距離が狭まるのだ。それでまた、ユーリの緊張は一気に段階をあげた。
「え、えっと。大変申し遅れましたが。先日は、この命をお救い頂いてまことに有難うございました。あなた様のお陰で、私はいまこうしてここに生きておられます」
やっとそう言って深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました。感謝の言葉もございませぬ」
ユーリと共に、ロマンも深く叩頭した。
「うん。まあ気にするな。あれはまことに運が良かった」
聞けば、普段であれば彼もあんな水面近くに昇ってくること自体がないのだという。海底の者たちは、陸の者たちとの交流を嫌うらしい。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
「あ。そうでしたね」
「これは失敬」
言って、男はすっと居住まいを正したようだった。
「俺の名は、玻璃。海底皇国の第一皇子にして、第一皇位継承者。つまり皇太子だな。今後とも、よろしく頼む」
「…………」
にこにこしている男を前に、ユーリもロマンも絶句した。
「ん? 聞こえなかったか。俺の名は──」
「いえ! いえいえいえっ!」
ユーリとロマンは二人して、首がもげそうなほど顔を横に振った。
「な……なんですって? 海底皇国?」
「……の、皇子様?」
「つまり、皇太子殿下……? は?」
なにそれ、意味がわからない、とさすがのロマンですら頭を抱え、大混乱している様子である。ユーリに至っては、ほとんど呆然自失である。
「あ……あの。はりい、殿──」
「ハリー、と最後は伸ばさない。『玻璃』、だ。ついでに申さば『殿』も不要。気楽に呼び捨ててくれ」
「あ、いや……そういう訳には」
「で? そなたの名は」
あっさり訊かれて、もはや完全にしどろもどろになる。
「えっと……えっと。ユーリ、です」
「こちら、ユーリ・エラストヴィチ・アレクセイエフ殿下です。この帝国アルネリオの皇帝、エラスト陛下の第三王子にして、第三王位継承者にあらせられます」
そこはさすがにロマンだった。さらさらと助け舟を出してくれる。
「『ゆうり』。なるほど、たおやかで典雅な名だな」
男はさも満足げに微笑んだ。後の身分どうのこうのには、ほとんど関心がないようである。
「そなたによく似合うている」
「は……えっと。あ、ありがとうございます……??」
なんだろう。
なんとなく、男として扱われている気がしないような。
「ほかにも色々と用件はあるが。まずは、こちらへ寄せて頂いた第一の目的を申し上げよう」
「は? はい……」
ぼんやりしていたら、ついと大きな男の両手に片手を包み込まれて驚いた。びくっと手を引こうとしたが、思わぬ力で握りこまれている。
ぐぐっと紫水晶の瞳が寄ってきて、どかんと心音が跳ね上がった。
「ユーリ・エラストヴィチ・アレクセイエフ。そなたを貰い受けにきた」
「……は?」
場の空気が凍り付いた。
「落ち着かねばならんのは、そなたの方だと思うがな」
「は、はあ……」
やや気の毒そうな顔で苦笑している男を前に、ユーリは真っ赤になって恥じ入った。まったくもって、その通りだ。これでこの国の王子だなどと、口が裂けても言えないような気分になる。
いま二人は、王族が使用する応接室で、ロマン以外の者を人払いし、ソファセットのところで対峙している。
ロマンは改めて香りのよい紅茶を淹れ、茶菓子を準備して二人の前に供してくれた。彼にはすでに、「これがあの時の『人魚』の男だ」と耳打ちしてある。少年は大いに驚いたようだったが、ユーリの慌てようを目の当たりにしているためか、少しも疑う様子はなかった。
ユーリは膝の上で両手の指をもみ合わせて、あれこれ考えた挙げ句にこう言った。
「ええっと……。何からお訊ねすればいいのやら──」
「面倒だな。なら、俺からかいつまんで説明しよう」
さらさらと、まるで母国語のように流暢にこちらの言語を操りながら、男はその言葉通り、本当にかいつまんであれこれと説明してくれた。
「まず、この言葉だが。先日耳につけていた同時通訳装置のデータも使って、その後大急ぎで習得させていただいた。いつまでもあんな無粋な物に頼りたくなかったのでな」
「同時通訳……でーた? え?」
「そなたと、直に話がしたかった」
にこりと笑う顔が、いい男ぶりをさらに上げる。艶を含んだ男らしい低音の声でそう言われると、ユーリはかっと耳が熱くなるのを覚えた。
「し、しかし……。あれから数日しか経っておらぬのに」
「数日? それはおかしかろう」
男は片眉をわずかに上げて、また苦笑。
「そなたらが牧歌的にもゆらゆらと帆船で船旅をし、四つ足の生き物に車を曳かせてのんびりとご帰還する間に、いったい何日あったと思う。その間に、こちらはさっさとスピード・ラーニングを完了させたというわけだ」
「すぴーど、ら……なんだって??」
言語そのものは確かにこちらの言葉なのに、中身はというとユーリの脳ではまったくもって理解に余った。ほとんどお手上げ状態である。
「次に、この足」
男はぽんと軽く自分の膝を叩いた。
「あの尾鰭のままでは、さすがに陸では動きづらかろう。ということで、元に戻した」
「もとに、もどす……?」
ということは、もともとはこの男、陸の人間だったということなのだろうか。
「我らは生まれ落ちた時、みな両足を持っている。呼吸については、水中、空気中どちらでも可能になっているのだがな。水陸両用というやつよ」
「……はあ」
「実を申さば水底にも、空気を擁した施設がある。そうでなくては、穀物やら野菜などの農耕が不可能だからだ」
「はあ」
「それで、ある程度の年齢になると尾鰭を手に入れるかどうかを決める。まあ、身分によってすでに決まっている者らもいるが。基本的に、貴族階級から上はみな尾鰭だ。食料生産に従事する、下層階級の者らには足つきが多い」
「……は、はあ」
「尾鰭に変えるにも、結構な金がかかるしな。畢竟、貧しい者らには高嶺の花ということにもなるわけだ」
そんなこと、滔々と説明されてもまったく理解が追いつかない。
「ええっと……つまり。あなた方は、もとは陸の人々でいらっしゃる……?」
やっとそう言ったら、男はにかっと笑った。よしよし、と頭を撫でんばかりの勢いで頷き返される。
「よくお分かりだな。その通りだ」
「あ、あの」
ついと顔を上げると、思った以上に男の顔が近かった。体躯が大きいだけに、身を乗り出してくるだけでぐっと距離が狭まるのだ。それでまた、ユーリの緊張は一気に段階をあげた。
「え、えっと。大変申し遅れましたが。先日は、この命をお救い頂いてまことに有難うございました。あなた様のお陰で、私はいまこうしてここに生きておられます」
やっとそう言って深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました。感謝の言葉もございませぬ」
ユーリと共に、ロマンも深く叩頭した。
「うん。まあ気にするな。あれはまことに運が良かった」
聞けば、普段であれば彼もあんな水面近くに昇ってくること自体がないのだという。海底の者たちは、陸の者たちとの交流を嫌うらしい。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
「あ。そうでしたね」
「これは失敬」
言って、男はすっと居住まいを正したようだった。
「俺の名は、玻璃。海底皇国の第一皇子にして、第一皇位継承者。つまり皇太子だな。今後とも、よろしく頼む」
「…………」
にこにこしている男を前に、ユーリもロマンも絶句した。
「ん? 聞こえなかったか。俺の名は──」
「いえ! いえいえいえっ!」
ユーリとロマンは二人して、首がもげそうなほど顔を横に振った。
「な……なんですって? 海底皇国?」
「……の、皇子様?」
「つまり、皇太子殿下……? は?」
なにそれ、意味がわからない、とさすがのロマンですら頭を抱え、大混乱している様子である。ユーリに至っては、ほとんど呆然自失である。
「あ……あの。はりい、殿──」
「ハリー、と最後は伸ばさない。『玻璃』、だ。ついでに申さば『殿』も不要。気楽に呼び捨ててくれ」
「あ、いや……そういう訳には」
「で? そなたの名は」
あっさり訊かれて、もはや完全にしどろもどろになる。
「えっと……えっと。ユーリ、です」
「こちら、ユーリ・エラストヴィチ・アレクセイエフ殿下です。この帝国アルネリオの皇帝、エラスト陛下の第三王子にして、第三王位継承者にあらせられます」
そこはさすがにロマンだった。さらさらと助け舟を出してくれる。
「『ゆうり』。なるほど、たおやかで典雅な名だな」
男はさも満足げに微笑んだ。後の身分どうのこうのには、ほとんど関心がないようである。
「そなたによく似合うている」
「は……えっと。あ、ありがとうございます……??」
なんだろう。
なんとなく、男として扱われている気がしないような。
「ほかにも色々と用件はあるが。まずは、こちらへ寄せて頂いた第一の目的を申し上げよう」
「は? はい……」
ぼんやりしていたら、ついと大きな男の両手に片手を包み込まれて驚いた。びくっと手を引こうとしたが、思わぬ力で握りこまれている。
ぐぐっと紫水晶の瞳が寄ってきて、どかんと心音が跳ね上がった。
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