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第三章 海底皇国へ
7 親善使節交換
しおりを挟む「なっ……。おい、ユーリ! 危険だぞ。一人で近づくなっ!」
背後からイラリオンの声が追いかけてくる。それと共に、多くの足音が後に続いた。
駆け寄る間にも、玻璃の傍にいる人々の数が増えている。あちらも大体、こちらと人数は変わらなかった。これも事前に、玻璃が約束してくれていた通りのようだ。
(えっ……? あれは)
ユーリは思わず足を止めた。
健康的に肩の筋肉の盛り上がった偉丈夫の玻璃のそばに、ゆるやかに流れる紺色の長髪をした非常に美しい人が立っている。
背丈は玻璃の肩のあたりほどまでなので、ユーリと同じぐらいだろうか。衣服は玻璃と同じ種類のもので、色違いに見えた。玻璃は空色を基調としたものだが、この人の装束は菫のような紫である。
なにより驚いたのは、その美貌だった。思わず見とれてしまったほどである。
なんという白い肌。明らかに女性に使うことの多い形容だとは思うけれども、ああいうのを「白磁の肌」と言うのだろう。細身だが、見たところ男子のようだ。しかし、たおやかで品のあるその立ち姿は、わが国のどんな美姫にも引けをとらないほどのものである。
立ち姿と言ったが、今回の親善使節のみなはすでに、魚の尾から人の足へと体を変化させてきている。この青年も同様だった。
その表情をうかがって、ユーリは少し心配になった。上機嫌そのものの玻璃とは対照的に、彼はひどく不機嫌そうに見えたのだ。桜貝のような色をした形のよい唇はむっつりと閉じられたままで、口角は完全に下を向いている。腕組みをして、視線もずっとあらぬ方を見ているだけだ。
(ええっと……)
戸惑ってちらりと隣を見たが、次兄イラリオンはすっかりかの人に目を奪われ、ぼんやりと立ち尽くしているようだった。ぽかんと口を開け、美しい青年を凝視しているばかりだ。それはもはや、失礼に当たるのではないかとユーリが心配になるほどのものだった。背後の随行者たちの反応も、大体は似たようなものである。
当の青年の方ではそういう不躾な視線には慣れっ子なのか、それを右へ左へと面倒くさげに受け流しているようだ。
仕方なく、ユーリは兄の脇腹を肘で小突いた。
「兄上。参りましょう」
「……え? あ、ああ。うん」
やっと我に返り、イラリオンも姿勢を正した。そこからは落ち着いて、皆でしずしずと足を進め、玻璃たちに近づいていく。
玻璃がこちらを見てにこっと笑った。いかにも屈託のない温かな笑みだ。
「おお、ユーリ殿。久方ぶりだな」
「はい、玻璃殿。お待ちしておりました。お早いお着きでしたね」
なんとか笑ってそう答える。不思議なほどに胸の鼓動が跳ね上がって、それが相手に分かりはしないかと余計にどきどきしてしまう。
「まあ、こちらにはこいつがあるのでな」
玻璃は軽やかな笑声をたて、背後の「エイ」をちょっと顧みた。
「すごい乗り物ですね。空を飛んでいらっしゃるとは思いもよりませんでした。一体、どうやって動くのでしょうか」
訊いたら玻璃が、すいと頭上を指さした。
「基本的には、あの太陽の光を動力に変えている」
「ええっ?」
とても信じられず、こちらの皆はユーリともどもぽかんとした顔のまま、「エイ」と太陽とを見比べた。
「詳しく話せば長くなる。込み入った話は中で致そう。そちらの皆さまも、すぐにあちらにお連れするゆえ」
「は、はい。ええっと──」
ユーリはそこで、ちらりと彼の隣にいる青年を見た。先ほどから何となく、彼から非常に痛い視線が自分めがけて突き刺さってきている気がする。
「あの、そちらが弟君、瑠璃殿下でいらっしゃいましょうか」
「ん? おお。ほら、瑠璃。ご挨拶をせぬか」
兄に促される形で、瑠璃と呼ばれた美貌の人がわずかに一歩だけ前へ出た。
相変わらず、いかにも不承不承という顔のまま、ひょいとこちらに頭を下げる。
「海底皇国、滄海の帝、群青が第二皇子、瑠璃と申します。以後、お見知りおきを」
美麗な異国の貴人の口からすらすらとこちらの言葉での挨拶が流れ出るのは、なんだか夢でも見せられているような気分だった。玻璃と同様、例の「すぴーど」なんとやらで学習してきたものであろう。
声質も非常に耳に麗しく、見た目を裏切らないなまめかしさを持っている。が、それもまた彼の不機嫌の度合いを大いに表現しているように聞こえた。
ユーリはすぐに胸に片手を当てて一礼を返した。
「わざわざのお運び、ありがとう存じます、瑠璃殿下。この度は、我が国との親善大使を引き受けていただき、心より御礼を申し上げます。わたくしはこの国の第三王子──」
「いい。兄から聞いて知っている」
瑠璃はぷいと横を向いて言い放った。
いきなり言葉を遮られ、ユーリはへどもどする。
「え、ええっと……」
「こら、瑠璃。失礼ではないか」
即座に玻璃が弟を上から睨みつけたが、瑠璃はつんとそっぽを向いて聞こえないふりを決め込んでいる。
「えーと……。それで、ですね。こちらが我が兄、第二王子のイラリオンです。ここからは、兄が皆様を王宮までお連れします」
と、イラリオンが勝手にずいと前へ出た。
「お任せあれ。そちらの乗り物ほど快適ではありませぬでしょうが、しかとこのイラリオンが道程お守りいたしますゆえ」
にこにこと快活な笑みを浮かべて、まっすぐに瑠璃皇子の方を見ている。瑠璃はわずかに変な顔になったようだったが、「そうですか。どうかよろしく」と、またひょいと会釈をしただけで終わらせた。
玻璃が「やれやれ」といった顔で苦笑する。
「すまぬな、皆さまがた。ご覧の通り、我が弟ながらまだまだ中身はてんで子供なのだ。様々にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれぬが、なにぶんどうかよろしくお願い申し上げる」
「いえいえ。ご案じ召さるな。ささ、ルリ殿下。どうぞこちらへ」
手をとらんばかりにしてイラリオンが誘うのにも、瑠璃は目もくれない。が、そのまま使節の皆とともに落ち着いた足取りでこちらへやってきた。
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