ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
26 / 195
第三章 海底皇国へ

7 親善使節交換

しおりを挟む

「なっ……。おい、ユーリ! 危険だぞ。一人で近づくなっ!」

 背後からイラリオンの声が追いかけてくる。それと共に、多くの足音が後に続いた。
 駆け寄る間にも、玻璃の傍にいる人々の数が増えている。あちらも大体、こちらと人数は変わらなかった。これも事前に、玻璃が約束してくれていた通りのようだ。

(えっ……? あれは)

 ユーリは思わず足を止めた。
 健康的に肩の筋肉の盛り上がった偉丈夫の玻璃のそばに、ゆるやかに流れる紺色の長髪をした非常に美しい人が立っている。
 背丈は玻璃の肩のあたりほどまでなので、ユーリと同じぐらいだろうか。衣服は玻璃と同じ種類のもので、色違いに見えた。玻璃は空色を基調としたものだが、この人の装束はすみれのような紫である。
 なにより驚いたのは、その美貌だった。思わず見とれてしまったほどである。

 なんという白い肌。明らかに女性に使うことの多い形容だとは思うけれども、ああいうのを「白磁の肌」と言うのだろう。細身だが、見たところ男子のようだ。しかし、たおやかで品のあるその立ち姿は、わが国のどんな美姫にも引けをとらないほどのものである。
 立ち姿と言ったが、今回の親善使節のみなはすでに、魚の尾から人の足へと体を変化させてきている。この青年も同様だった。
 その表情をうかがって、ユーリは少し心配になった。上機嫌そのものの玻璃とは対照的に、彼はひどく不機嫌そうに見えたのだ。桜貝のような色をした形のよい唇はむっつりと閉じられたままで、口角は完全に下を向いている。腕組みをして、視線もずっとあらぬ方を見ているだけだ。

(ええっと……)

 戸惑ってちらりと隣を見たが、次兄イラリオンはすっかりかの人に目を奪われ、ぼんやりと立ち尽くしているようだった。ぽかんと口を開け、美しい青年を凝視しているばかりだ。それはもはや、失礼に当たるのではないかとユーリが心配になるほどのものだった。背後の随行者たちの反応も、大体は似たようなものである。
 当の青年の方ではそういう不躾な視線には慣れっ子なのか、それを右へ左へと面倒くさげに受け流しているようだ。
 仕方なく、ユーリは兄の脇腹を肘で小突いた。

「兄上。参りましょう」
「……え? あ、ああ。うん」

 やっと我に返り、イラリオンも姿勢を正した。そこからは落ち着いて、皆でしずしずと足を進め、玻璃たちに近づいていく。
 玻璃がこちらを見てにこっと笑った。いかにも屈託のない温かな笑みだ。

「おお、ユーリ殿。久方ぶりだな」
「はい、玻璃殿。お待ちしておりました。お早いお着きでしたね」
 なんとか笑ってそう答える。不思議なほどに胸の鼓動が跳ね上がって、それが相手に分かりはしないかと余計にどきどきしてしまう。
「まあ、こちらにはがあるのでな」
 玻璃は軽やかな笑声をたて、背後の「エイ」をちょっとかえりみた。
「すごい乗り物ですね。空を飛んでいらっしゃるとは思いもよりませんでした。一体、どうやって動くのでしょうか」
 訊いたら玻璃が、すいと頭上を指さした。
「基本的には、あの太陽の光を動力に変えている」
「ええっ?」

 とても信じられず、こちらの皆はユーリともどもぽかんとした顔のまま、「エイ」と太陽とを見比べた。

「詳しく話せば長くなる。込み入った話は中で致そう。そちらの皆さまも、すぐにあちらにお連れするゆえ」
「は、はい。ええっと──」

 ユーリはそこで、ちらりと彼の隣にいる青年を見た。先ほどから何となく、彼から非常に痛い視線が自分めがけて突き刺さってきている気がする。

「あの、そちらが弟君おとうとぎみ瑠璃るり殿下でいらっしゃいましょうか」
「ん? おお。ほら、瑠璃。ご挨拶をせぬか」

 兄に促される形で、瑠璃と呼ばれた美貌の人がわずかに一歩だけ前へ出た。
 相変わらず、いかにも不承不承ふしょうぶしょうという顔のまま、ひょいとこちらに頭を下げる。

「海底皇国、滄海わだつみの帝、群青が第二皇子、瑠璃と申します。以後、お見知りおきを」

 美麗な異国の貴人の口からすらすらとこちらの言葉での挨拶が流れ出るのは、なんだか夢でも見せられているような気分だった。玻璃と同様、例の「すぴーど」なんとやらで学習してきたものであろう。
 声質も非常に耳に麗しく、見た目を裏切らないなまめかしさを持っている。が、それもまた彼の不機嫌の度合いを大いに表現しているように聞こえた。
 ユーリはすぐに胸に片手を当てて一礼を返した。

「わざわざのお運び、ありがとう存じます、瑠璃殿下。この度は、我が国との親善大使を引き受けていただき、心より御礼を申し上げます。わたくしはこの国の第三王子──」
「いい。兄から聞いて知っている」
 瑠璃はぷいと横を向いて言い放った。
 いきなり言葉を遮られ、ユーリはへどもどする。
「え、ええっと……」
「こら、瑠璃。失礼ではないか」

 即座に玻璃が弟を上から睨みつけたが、瑠璃はつんとそっぽを向いて聞こえないふりを決め込んでいる。

「えーと……。それで、ですね。こちらが我が兄、第二王子のイラリオンです。ここからは、兄が皆様を王宮までお連れします」
 と、イラリオンが勝手にずいと前へ出た。
「お任せあれ。そちらの乗り物ほど快適ではありませぬでしょうが、しかとこのイラリオンが道程お守りいたしますゆえ」
 にこにこと快活な笑みを浮かべて、まっすぐに瑠璃皇子の方を見ている。瑠璃はわずかに変な顔になったようだったが、「そうですか。どうかよろしく」と、またひょいと会釈をしただけで終わらせた。
 玻璃が「やれやれ」といった顔で苦笑する。

「すまぬな、皆さまがた。ご覧の通り、我が弟ながらまだまだ中身はてんで子供なのだ。様々にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれぬが、なにぶんどうかよろしくお願い申し上げる」
「いえいえ。ご案じ召さるな。ささ、ルリ殿下。どうぞこちらへ」

 手をとらんばかりにしてイラリオンがいざなうのにも、瑠璃は目もくれない。が、そのまま使節の皆とともに落ち着いた足取りでこちらへやってきた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...