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第三章 海底皇国へ
8 飛行艇
しおりを挟む「では、ユーリ殿下はこちらでお預かりさせていただく。さ、ユーリ殿」
玻璃がその大きな手をこちらに差し出して笑っている。
すぐにもそちらに駆け寄りたくなる気持ちをぐっと抑えて、ユーリは少し笑い返すと足を進めた。
互いの使節が、高原の真ん中で一馬身ほど離れてすれ違う。
その一瞬、瑠璃がじろりとこちらを睨んだ。
(うわ……)
思わずぞくりと背筋が寒くなる。
なんだろう。
今にも殺されそうな鋭い視線。
こういうのを、人は「殺気」と呼ぶのだろう。
どうしてこの人は、こんなに自分を憎悪の目で見つめるのだろう……?
が、それは本当に一瞬のことだった。瑠璃はすぐにユーリから視線をそらし、もはやそこに何もなかったかのような顔でふいと前方に向き直った。そのまま他の者を従えてずんずんイラリオン側へと歩み去っていく。
ユーリはまだそれを気にしながらも、玻璃のもとに歩み寄った。
「どうか、よろしくお願いします。玻璃どの……」
「ああ。済まぬな、ユーリ殿」
「え」
見上げると、玻璃はちらりと自分の弟の背中を見やってユーリに目配せをした。
「まだつむじを曲げている。そなたのせいではないから、お気になさるな」
「は、はい……。いえ」
ユーリは慌てて首を振った。
「さ。こちらへ」
差し出されてくる玻璃の大きな手に、思わず手を伸ばしかけたときだった。大きな背嚢を背負った小さな影が、二人の間に割って入った。ロマンである。
見れば少年は、あの瑠璃に負けず劣らずの厳しい目をして、玻璃をぐいと睨み上げている。
「大変失礼ながら。あまり気安く殿下にお触れにならないでくださいませ」
「ロ、ロマン……?」
差し出しかけた手のやり場に困って、ユーリは目を瞬かせた。
玻璃がふはは、と笑声をあげる。
「おやおや。此度も小さなお目付け役殿がご一緒か」
「当然にございます。わたくしは、ユーリ殿下づきの小姓にございますゆえ」
「見かけによらず、なかなかに勇ましい御仁のようだな。年に似合わぬ優秀さだと黒鳶からも聞いている」
「恐れ入ります」
何を言われても、ロマンは至極冷淡な態度を崩さない。
が、玻璃は鷹揚に笑っただけだった。
「まあ、ともかく。立ち話もなんだ。どうぞ皆さま、機内へ参られよ。遠慮は無用だ」
◆
促されるまま、アルネリオの一行が恐るおそるエイから伸びる階のようなものの上に乗ると、足元が勝手にするすると動き始めた。
一同が驚くうちにも、動く床が皆を「エイ」の中へと移動させてしまった。
玻璃が言うには、これは「飛行艇」と呼ばれるものらしい。これが空を飛び、そのまま海中に入って進むことも可能なのだそうだ。
「エイ」の中は、これまた何の金属でできているのか分からないが、つるりとした曲線の壁で構成された通路になっていた。玻璃に案内されるままついていくと、やがてそこが開けて広間のような場所になった。
広さはちょうど、皇帝の私的な応接間ほどはあった。そこここに、椅子やソファらしきもの、テーブルらしきものがある。どれも曲線を駆使したデザインであり、ゆったりと間隔をあけて設置されていた。
「皆さま、どうぞお好きな場所へ座られよ」
勧められて、おっかなびっくり座ってみると、ソファはすんなりと自分の体に添うように変形したようだった。座面は固すぎず柔らかすぎず、非常に座り心地がいい。
荷物を下ろして、ロマンがユーリのすぐ脇に立つ。玻璃が「そなたも座られよ」と勧めたが、ロマンは「いえ、わたくしはここで」と固辞した。
「まあ、そう言わず。発進するときだけは座っておかねば、危険な場合もあるゆえな」
玻璃に強いてそう言われ、ユーリにも何度か促されてようやく座る。座ってみて、ロマンもその椅子の性能にびっくり仰天したらしかった。
黒鳶もついてきているはずだが、先ほどから姿が見えない。例によって姿を消しているらしかった。
一同がそれぞれに椅子やソファに座ったのを見届けて、玻璃はわずかに側近の者に目配せをした。側近の者がほんの少し座席の肘置きに触れると、部屋のどこかから柔らかな女性の声が聞こえてきた。
「それでは、出発いたします。ご搭乗の皆さまは、お手元のランプが青く変わるまで、どうぞお立ちにならないでくださいませ」
流暢なアルネリオの言葉で女性がそう宣言すると、飛行艇全体が低い振動音をたて始めた。
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