38 / 195
第四章 親善交流
6 滄海の秘密
しおりを挟むもといた滞在場所へ戻ってから、ユーリは玻璃を引き留め、自室に招待することにした。自分とロマンにあてがわれた部屋である。黒鳶とロマンは同席していたが、波茜は玻璃に目配せされると、静かに部屋を辞していった。
「なにか、訊ねたいことがおありかな」
いかにも察しのいい玻璃は、ロマンがまた淹れてくれた紅茶を愉しみながらそう訊いた。表情も声もごく寛いで、ゆったりとしたものだ。
「はい。実は先刻、お父君から直接のお声を賜りました」
「ああ。だろうな」
黙って聞いていたロマンの目が、そこでぱっと見開かれた。無理もない。彼にはユーリと群青のやりとりはいっさい聞こえていなかったはずだからだ。ロマンはそれでも何も言わず、心配そうにこちらを見つめている。
「お気づきだったのですか?」
「もちろんだ。父はずっと、そなたと直接話がしたいと申していたからな」
「そうだったのですか……」
「それはそうだろう。皇太子たる我が息子が、あの《天井》でいきなり見つけて命を救うことになり、そのまま執心してしまった曰くつきの男子だ。しかも蓋を開けてみれば、なんとアルネリオの王子ときている。こちらの老人連中にしてみれば、なにか裏があるやもと、疑心暗鬼になるのは無理もない話なのだからな」
「な、なるほど……」
言われてみれば確かにそうだ。
こちらはこちらで重臣たちが、海底皇国になにか密かな謀略でもあるのではあるまいかと様々に心配したものだった。玻璃の国とてそれは同じだったということらしい。
ユーリは紅茶をひと口飲みくだすと、言いにくそうに口を開いた。
「そ、そのう……。お訊きしにくいことなのですが」
「ああ。なんでも遠慮なく申してくれ」
「はい。ええっと……先ほど、お父君から言われたのです。『我が国の窮状を、我が子、玻璃と共に救ってほしい』と。あれはいったい、どういう意味だったのでしょう」
「ふむ。やはりその話だったか」
玻璃にとっては、十分予想の範疇だったらしい。眉ひとつ動かさず、もう一度紅茶を啜ってカップを皿に戻すと、男は少し威儀を正してこちらに向き直った。
「その前に、申し訳ないのだが。これは、わが国の大いなる秘密に関わる話だ。誰かれ構わず聞かせてよい話ではない。すでにほとんど退席して貰ってはいるが、もう少し人払いをお願いしても構わぬだろうか」
「え──」
今度はユーリとロマンが同時に声をあげた。
この場合、「去れ」と言われているのはロマン少年に決まっている。黒鳶は玻璃の腹心だ。この件についてはとっくに飲み込んでいるはずだから。
「いえ、あの……!」
ユーリは慌てた。
「ロマンなら大丈夫です。この者は歳こそ若いですが、歳には似合わぬしっかり者。決して、余計なことを口外するような短慮な少年ではありませぬ。そうだな? ロマン」
「はい! もちろんですとも」
ロマン自身も必死の形相だ。いや、今にも玻璃に噛みつかんばかりの顔と言うべきか。ユーリはハラハラして、思わずソファから腰を浮かしかけた。
「衷心よりお約束申し上げます。今ここでお聞きしたこと、このロマン、口が裂けても口外などいたしませぬ。それに、ここでユーリ殿下をお一人にするわけには参りませぬ。たとえ、わたくしの命に替えてもでございますっ!」
「……そうか。承知した」
玻璃はにこりと笑うと、「まあ落ち着け」と言わぬばかりにゆったりとソファに腰かけ直した。案外あっさりしたものだ。要は、ロマンの覚悟のほどを見たかっただけなのだろう。
「では、お話し申し上げよう。おふたりとも、心してお聞き願いたい」
そうして、玻璃の話が始まった。
以前聞いていたとおり、海底皇国は遥かな昔、陸地から海へと逃れ出た人々によって創られた国である。
当時、陸上での争いから逃れることができた人々は多くなかった。彼らを礎にして、今の皇国が形作られることになったのである。
そこまで言って、玻璃はふとこちらを見つめた。
「ユーリ殿は、お気づきだったか? さきほど、父のそばに妃の姿がないことに」
「えっ? あ、いいえ……。でも、そう言えば」
群青の近くには、近侍らしい者の姿は何人も見えたが、皇后にあたるらしい方のお姿はいっさいなかった。こうした公式の場には女性の皇族を出さないのがこちらの国のやりかたなのかも知れないと思って、特に気にも掛けなかったのだが。
玻璃はごくあっさりと言った。
「母は、随分昔に他界している。弟、瑠璃が生まれてすぐのことだった」
「……あ」
胸がずきりとして、ユーリは一瞬言葉を失った。
そうか。この方々のご母堂さまは、すでに儚くおなりなのか。
ユーリがお悔やみの言葉を申し上げようとするのを遮るように、玻璃はにこりと笑ってあとを続けた。
「実は、こうしたことはこの国では珍しくない。長く生きられる者は非常な長命になれるのだが、ひどく短命な者が増えている。それも凄まじい勢いで、身分の高低にも関わらずにな」
玻璃の紫水晶を思わせる瞳が、ふと遠くを見るものになった。
「子を産む年齢になれた母は、むしろまだ幸せだったと言えよう。実際、そこまで育つことも叶わずに命を虚しくする者らがあとを絶たぬ。年端もいかぬ子らの墓ばかりが増えてゆく。そちらのお国よりもはるかに優れた医療技術が存在するにも関わらず、な」
「…………」
ユーリは絶句して玻璃を見つめた。ロマンも体を固くして、やや青ざめた顔で玻璃を凝視している。
一体どういうことなのだろう。
これほど豊かで、優れた科学技術をもつ人々が。そんな風に、命の危険に怯えて日々を暮らしているなんて──。
ユーリの気持ちを察したように、玻璃はゆっくりとこちらを見た。
「理由は、至極簡単なのだ。血が、濃くなりすぎた。それだけのことよ」
「血が……? それはどういう──」
「皇族とて同じことだ。実は俺が生まれる前にも、父と母から生まれた何人もの皇子や皇女が亡くなっている」
「ええっ……」
「俺と瑠璃の間にも、本当は三名ばかりの弟妹があった。それらもいずれも、早くに命を虚しうしたのだ」
「な、なんてこと……」
それ以上は何も言えず、ユーリはうつむいて唇を噛んだ。膝の上の拳をかたく握りしめる。
「問題というのは、そのことよ」
玻璃は静かにそういうと、またひたとユーリの顔を見つめてきた。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる