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第五章 滄海の過去
6 くちづけ
しおりを挟む漏れ出そうになる嗚咽を必死にこらえ、そのせいで余計にぼろぼろと涙をこぼし、くしゃくしゃの顔になっているユーリ王子を、玻璃はしばらく下から見上げていた。
王子がごしごしと手の甲で何度も拭うのに、つぎつぎに零れるものはどうにも止まらないようだった。
玻璃はゆっくりと立ち上がり、静かに訊ねた。この細身の王子の体を、すぐにも骨も砕けんばかりに抱きしめたいのを抑えながら。
「よろしいのか? ユーリ殿」
「ふ……ふえ、えぐっ……」
王子の応えは、もはや人語になっていない。
玻璃はそっと苦笑すると、両手で王子の顔をはさみこみ、その顔を覗き込んだ。
「……そなたに、触れてもよいのだろうか」
ユーリの顔が一瞬びくりと止まり、次に激しく縦に振られる。
玻璃はようやく腕を広げて、可愛い人の体を存分に抱きこんだ。巨躯の玻璃がそうすると、細身の王子の体は簡単に腕のなかにおさまった。
「さあさあ。もう、お泣きになるな」
「ひっく……うえっく」
そのまま幼子にするようにして背中をさすり、髪を撫でて頭をぽすぽす叩いてやる。そうしたら、胸元から響く王子の声はさらに高くなった。
「多分に誤解があったとは申せ、つらい思いをおさせして申し訳もないことだった。今後はこうしたことがないよう、十分に気をつけよう」
「ひぐっ……えぐ」
相変わらず、泣き声以外の応えは聞けない。
玻璃は軽く苦笑すると、上から王子の髪にくちづけを落とした。
そこから額に、こめかみに、頬にと唇をずらしていくにつれ、王子がゆっくりと顎をあげてきた。
「ここに欲しいのだ」と、その唇が訴えている。
玻璃はわずかに微笑むと、彼の求めにそっと応じた。
ユーリ王子の唇は、かすかに海の味がした。
◆
「はっ、ふ……んん」
最初はついばむだけだったキスは、すぐに深いものになった。
しかし、ユーリは拒まなかった。それどころか、つま先立ち、玻璃の胸元を掴み寄せ、頭の後ろに腕を回して、目だけでさらに先を求めた。
玻璃は舌を絡めながらも口角を引き上げて、ぐいとユーリの腰を抱きよせてくれる。
くちゅくちゅと、甘い水音が耳を犯す。
玻璃の大きな手がユーリの背を撫で、脇腹から尻へかけてゆっくりと撫でおろすと、びりっと背筋に電撃が走った。
「んうっ……!」
だが、逃げない。
むしろぴたりと互いに胸をつけるようにして、玻璃の舌を貪りつづける。脳の中心が、じんじんと痺れていく。
「ふあ……ん」
足の間のものに、どんどん熱が集まっていく。たまらず腰を揺らしたら、玻璃がまたくすりと笑ったようだった。
「おつらそうだな」
「い、いえ……」
だが、それは本当だった。気持ちが通じ合ったのだとわかっただけで、どうしてこんなに興奮してしまうのだろう。くちづけだけなら、先日来なんどもやっているではないか。それなのに。
もじもじと両腿を擦り合わせるようにしていたら、ひょいとその場所を玻璃の手のひらが包んできた。
「んあっ……!」
「ご無理をなさるな。もうこんなに、固く張り詰めさせておられる」
「や、……やだ」
言わないで、と言おうとした唇を、またぐちゅりと唇で塞がれる。
「ん……んん」
「だが、お許しください」
「え?」
ぼうっとした頭で見上げたら、いきなりひょいと抱き上げられた。
「うわっ……!?」
「ご無礼の段はお許しを。さすがに、故人たちの目の前で致すわけには参らぬゆえな。少々、堪えてくださるか」
「え、あ、あの、玻璃どの……わわっ!」
目をぱちくりさせていたら、玻璃はユーリを横抱きに抱いたまま、あっというまに踵を返し、石台を後にしていた。
◆
「えっ……?」
ロマンは一瞬、固まった。
それまで少年は命じられた通り、黒鳶とともに《悼みの庭》とよばれるその広場の入り口で二人の貴人を待っていたのだったが。
そこへ、両手で顔を覆ったユーリを抱いて、玻璃が大股に戻って来たのだ。
ロマンがまず何より心配したのは、大事な王子のご体調のことだった。
「で、殿下! いかがなさいましたか──」
「大事にあらず。さ、疾く車に戻るぞ」
「は」
まごまごしているのはロマン一人だった。黒鳶は来たとき同様、主人の言葉に短く答えて急ぎ足にあとに続くばかりだ。
ロマンも慌ててそのあとを追った。
《エア・カー》に乗り込んでそっとユーリの表情を窺ってみて、ロマンはようやくホッと胸をなでおろした。
王子は単に、大泣きした自分のお顔が恥ずかしかっただけらしい。紅く上気しているとはいえ、その表情は穏やかで満ち足りたものだった。
どうやら、お心は通じたらしい。
(よかった……。これなら)
もう自分が、海底皇国の皇族たちの閨事情などを王子にご説明申しあげなくてもよいらしい。それは大変助かったので、その意味でもホッとした。
隣に座る男をちらりと見やると、黒鳶もさりげなくこちらを見ていたようだった。そうして目だけで、わずかに頷き返してくれた。
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