ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
50 / 195
第五章 滄海の過去

6 くちづけ

しおりを挟む

 漏れ出そうになる嗚咽おえつを必死にこらえ、そのせいで余計にぼろぼろと涙をこぼし、くしゃくしゃの顔になっているユーリ王子を、玻璃はしばらく下から見上げていた。
 王子がごしごしと手の甲で何度も拭うのに、つぎつぎにこぼれるものはどうにも止まらないようだった。

 玻璃はゆっくりと立ち上がり、静かに訊ねた。この細身の王子の体を、すぐにも骨も砕けんばかりに抱きしめたいのを抑えながら。

「よろしいのか? ユーリ殿」
「ふ……ふえ、えぐっ……」

 王子のいらえは、もはや人語になっていない。
 玻璃はそっと苦笑すると、両手で王子の顔をはさみこみ、その顔を覗き込んだ。

「……そなたに、触れてもよいのだろうか」

 ユーリの顔が一瞬びくりと止まり、次に激しく縦に振られる。
 玻璃はようやく腕を広げて、可愛い人の体を存分に抱きこんだ。巨躯の玻璃がそうすると、細身の王子の体は簡単に腕のなかにおさまった。

「さあさあ。もう、お泣きになるな」
「ひっく……うえっく」
 そのまま幼子にするようにして背中をさすり、髪を撫でて頭をぽすぽす叩いてやる。そうしたら、胸元から響く王子の声はさらに高くなった。
「多分に誤解があったとは申せ、つらい思いをおさせして申し訳もないことだった。今後はこうしたことがないよう、十分に気をつけよう」
「ひぐっ……えぐ」
 相変わらず、泣き声以外のいらえは聞けない。
 玻璃は軽く苦笑すると、上から王子の髪にくちづけを落とした。
 そこから額に、こめかみに、頬にと唇をずらしていくにつれ、王子がゆっくりと顎をあげてきた。
 「ここに欲しいのだ」と、その唇が訴えている。

 玻璃はわずかに微笑むと、彼の求めにそっと応じた。
 ユーリ王子の唇は、かすかに海の味がした。





「はっ、ふ……んん」

 最初はついばむだけだったキスは、すぐに深いものになった。
 しかし、ユーリは拒まなかった。それどころか、つま先立ち、玻璃の胸元を掴み寄せ、頭の後ろに腕を回して、目だけでさらに先を求めた。
 玻璃は舌を絡めながらも口角を引き上げて、ぐいとユーリの腰を抱きよせてくれる。
 くちゅくちゅと、甘い水音が耳を犯す。
 玻璃の大きな手がユーリの背を撫で、脇腹から尻へかけてゆっくりと撫でおろすと、びりっと背筋に電撃が走った。

「んうっ……!」

 だが、逃げない。
 むしろぴたりと互いに胸をつけるようにして、玻璃の舌をむさぼりつづける。脳の中心が、じんじんと痺れていく。

「ふあ……ん」

 足の間のものに、どんどん熱が集まっていく。たまらず腰を揺らしたら、玻璃がまたくすりと笑ったようだった。

「おつらそうだな」
「い、いえ……」

 だが、それは本当だった。気持ちが通じ合ったのだとわかっただけで、どうしてこんなに興奮してしまうのだろう。くちづけだけなら、先日来なんどもやっているではないか。それなのに。
 もじもじと両腿を擦り合わせるようにしていたら、ひょいとその場所を玻璃の手のひらが包んできた。

「んあっ……!」
「ご無理をなさるな。もうこんなに、固く張り詰めさせておられる」
「や、……やだ」
 言わないで、と言おうとした唇を、またぐちゅりと唇で塞がれる。
「ん……んん」
「だが、お許しください」
「え?」

 ぼうっとした頭で見上げたら、いきなりひょいと抱き上げられた。

「うわっ……!?」
「ご無礼の段はお許しを。さすがに、故人たちの目の前で致すわけには参らぬゆえな。少々、こらえてくださるか」
「え、あ、あの、玻璃どの……わわっ!」

 目をぱちくりさせていたら、玻璃はユーリを横抱きに抱いたまま、あっというまに踵を返し、石台を後にしていた。





「えっ……?」

 ロマンは一瞬、固まった。
 それまで少年は命じられた通り、黒鳶とともに《悼みの庭》とよばれるその広場の入り口で二人の貴人を待っていたのだったが。
 そこへ、両手で顔を覆ったユーリを抱いて、玻璃が大股に戻って来たのだ。
 ロマンがまず何より心配したのは、大事な王子のご体調のことだった。

「で、殿下! いかがなさいましたか──」
「大事にあらず。さ、く車に戻るぞ」
「は」

 まごまごしているのはロマン一人だった。黒鳶は来たとき同様、主人あるじの言葉に短く答えて急ぎ足にあとに続くばかりだ。
 ロマンも慌ててそのあとを追った。
 《エア・カー》に乗り込んでそっとユーリの表情を窺ってみて、ロマンはようやくホッと胸をなでおろした。
 王子は単に、大泣きした自分のお顔が恥ずかしかっただけらしい。紅く上気しているとはいえ、その表情は穏やかで満ち足りたものだった。
 どうやら、お心は通じたらしい。

(よかった……。これなら)

 もう自分が、海底皇国の皇族たちの閨事情などを王子にご説明申しあげなくてもよいらしい。それは大変助かったので、その意味でもホッとした。
 隣に座る男をちらりと見やると、黒鳶もさりげなくこちらを見ていたようだった。そうして目だけで、わずかに頷き返してくれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...