ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
51 / 195
第五章 滄海の過去

7 山水の邸

しおりを挟む
 連れていかれたのは、もとの滞在先ではなかった。
 こちらの皇族たちが死者をいたむときによく使うという、広々とした別邸である。見た目はあの皇居の建物とよく似ていた。平屋建てで、流れる濃紺のいらかが美しいつくりだ。

「古めかしく見えるのは外観だけだ。人は最小限しかおらぬが、中はAIによる完全制御になっている。急に訪れても問題はない」

 玻璃がにこにこしながら説明してくれた。車の中でこそ下ろしてくれたが、それ以外はずっとユーリを腕に抱いたままだ。玻璃ほどの体格でないとは言え、ユーリだって一人前の大人の男である。重くないはずがない。
 何度も「もう大丈夫です、おろしてください」とお願いしているのに、この皇太子ときたら、ちっとも聞いてくれないのだ。
 ユーリたちの王宮とは違い、ここでは基本的に履物を脱ぐのであるらしい。
 抱かれた状態のままのユーリの足から、ロマンが「失礼いたします」と手際よく長靴ちょうかを抜き去ると、玻璃は悠然とやしきに入った。

 邸はいくつかの棟に分かれており、それらを典雅なつくりの渡り廊下のようなもの──のちに、玻璃が「渡殿」というのだと教えてくれた──でつながれている。それぞれの棟は回廊で囲まれ、みごとなしつらえの庭に面していた。
 アルネリオのそれとは違い、庭にはそれぞれに思想的な、また哲学的な意味があるのだという。
 だが、それがわからなくとも十分に美しかった。山水を模した岩や曲水、そこに遊ぶ魚たち。周囲を囲む木々の静かな佇まいは、不思議と見る人をほっとさせる。

 やがて玻璃は、とある部屋の前で立ち止まった。
 背後の二人に「ここでよいぞ」と笑いかける。
 黒鳶は短く「は」と頭を垂れて引きさがった。ロマンも彼に促されて心配そうに何度もユーリを振り返りながら退しりぞいていった。

 引き戸を開くと、そこは寝室であるようだった。
 いかにも滄海わだつみ式な調度に囲まれて、中央に大きな寝台がひとつある。天蓋のついた寝台は、アルネリオのものにも似ているような気がした。

滄海わだつみ式のものだけだと、どうにも寝床が硬いのでな。以前、俺の指図で少し仕様を変更している」
「そうなのですか」

 聞けば、もとは「御帳台みちょうだい」と呼ばれた貴人の寝床にあたるものが据えられていたのだそうだ。今はそれに少し手を加え、いわゆるベッドとさほど変わらない状態にしてあるらしい。
 玻璃はそこにユーリを下ろして座らせると、自分も隣に腰をおろした。
 大きな手がすっと頬に触れてきて、思わずユーリはびくりと身を竦める。

「……怖いか」
「あ、いいえ……。ただ、その」
「なんだ」
「ええっと……。緊張、しています」
「……そうか」
 その玻璃の吐息が頬にかかる。彼はもう、ユーリの耳のあたりに口づけを始めている。
「い、一応、女性と床を共にしたことはあるのですが。『こちら側』というのは、はじめてですので……なんというか」
「俺も、男を抱くのは初めてだ」
「え、そうなのですか」
「だが、ご安心召されよ。事前に──」
「あ!《すぴーど》なんとかいうあれですか」
「ふふ。そうそう」

 耳元で玻璃がくすくす笑うので、ひどくくすぐったい。
 要するに、玻璃は男同士のあれこれも、とっくに学習済みということらしい。だから安心して何もかも任せればよいのだと言っているわけだ。

「それにしても。アルネリオのお衣装というのは複雑だ。どうも勝手がわからんな」
 ユーリの詰襟あたりにふれながら、玻璃が苦笑している。そこをくつろげようとするのに、外し方が分からないらしい。しかも彼の手はかなり大きい。太い指先では、うまく外せないでいるようである。
「あ、お待ちを」
 ユーリは慌てて、自分で襟元を寛げた。
 そうしながらも、次々に玻璃のくちづけは降ってくる。額に、頬に、耳に、顎に。
 くつろげられた首筋にもおりてきて、背中にぞくりと電撃が走った。

「あっ……!」
「なかなか、敏感でいらっしゃるな」

 玻璃は笑って、今度は自分の衣服に手を掛けた。
 上着を滑り落とし、帯を緩めるだけで、見事な浅黒い胸筋が露わになる。長い銀色の髪が波のようにその顔を彩って、まさに海の王たる風情を醸し出す。
 英雄の彫像のようなそれを、ユーリはつい、うっとりと見つめてしまった。
 あの時、あの岩礁の上で初めて会ったときそのままの玻璃。

(ああ……きれいだ)

 この人は、美しい。
 そしてまた、なんという男としての色気だろうか。
 今から自分がこの人に抱かれるなんて、なんだか信じられないことのような気がした。こんな貧弱な自分が、まして男子おのこだというのに。こんな方にそんなことをしてもらってもいいのだろうかと、もやもやとまたあの疑問が頭をもたげる。
 と、両手で顔を挟まれた。

「ユーリ殿」
「……はい」
「もう、余計なことはお考えになるな。……いや、俺がもう考えさせぬ」
「玻璃、どの……」

 一瞬くしゃっと顔を歪めて見上げたら、そこから一気に抱き寄せられ、深く唇を奪われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

処理中です...