69 / 195
第七章 変わりゆく帝国
8 遠いあなたに
しおりを挟む
《見事だったな。ユーリ殿》
「は、玻璃どのっ……!」
通信用の腕輪で、玻璃が連絡してきたのだ。
ユーリはぱっと腕輪に耳をくっつけた。
《すべて見ていた。よくやって下さった。ただ今の顛末はすべて、こちらの機器で録音・録画してあるゆえな。お父上にはそれもついでに、証拠として差し出されればよかろうよ》
「玻璃どの……」
ああ。
いまここに、彼の大きな胸があればいいのに。
まだ震えているこの体を、あの素敵な太い腕でしっかりと抱きしめてもらえたらよかったのに。
そうしたらどんなにか、自分は安堵できたか知れないのに──。
(いや。いやいやいや!)
つい甘い気持ちに傾きそうになる自分を、ユーリは必死で𠮟咤した。
「あ、ありがとうございます。でも、本当に何もできなくて、お恥ずかしいことばかりです。何もかも、玻璃殿のご協力のお陰にございます」
そう言ったら、玻璃は「なんの」と軽やかに笑ってくれた。
《黒鳶も、よくやってくれた。他の領地でも、ことはおおむね順調に進んでいるようだ。忍びの皆のお陰だ、礼を言うぞ》
「とんでもなき事にございまする」
黒鳶がユーリの腕に向かってすっと頭を下げた。
そうして、いつになく柔らかな声で言った。
「さ。ユーリ殿下はさぞやお疲れにございましょう。飛行艇に戻りましょう。ロマン殿、どうか殿下に、あなたのいつもの温かいお茶を差し上げてくださいませ」
「はい! もちろん!」
ロマンが嬉しそうに頷いた。
ぴかぴかの明るい笑顔である。そこにはもう、かつてこの男に対して疑心暗鬼になっていた少年の面影はどこにもない。
それに、なんとなくその頬がいつもよりも赤い……ような。
(……いやいやいや。私の見間違いだろう)
しかし、どうしてこう羨ましい気持ちになっているのかがよく分からない。
自分は玻璃に会ってから、どうも心のどこかが変になりっぱなしなのだ。
ユーリはゆっくりと腕輪をさすりながら言った。
「ありがとうございました、玻璃殿。……それでは、また」
《ああ。次にそなたに会える日を楽しみにしているぞ。それでは》
「はい。私も……玻璃どの」
ユーリはほんわかと自分の胸がぬくもるのを覚えながら、ロマンや黒鳶には見えないように、そっと腕輪に口づけた。
(……会いたいな)
そう思ったら、急に想いが胸から溢れてしまいそうになった。唇を噛んでぐっと堪え、腕輪を見つめて苦笑する。
まだだ。
まだ、正式に玻璃殿に会うわけにはいかない。こちらの国で十分に成果をあげ、父にも、またあの兄たちにも、彼の本当の価値をわかってもらう必要がある。海底皇国と友好関係を結ぶことの大きな意味を知ってもらう必要があるのだ。つまり、ユーリと玻璃との婚姻を心から認めてもらう必要が。
そのためにこそ、自分は玻璃の勧めに応じ、こうして各領地を回る計画を実行することにしたのだから。
もちろん今では、あまりにひどい各地の状況を知り、理由はそんな単純なことだけではなくなっているけれども。
(待っていてくださいね……玻璃殿)
心の中で、あのおおらかな笑顔を思い描いてふっと微笑む。
自分はきっと、この計画を成し遂げる。
そうして必ず、胸を張ってあなたに会おう。
その時こそ。
自分は誰に後ろ指をさされることもなく、あなたの伴侶になれるだろうから。
「は、玻璃どのっ……!」
通信用の腕輪で、玻璃が連絡してきたのだ。
ユーリはぱっと腕輪に耳をくっつけた。
《すべて見ていた。よくやって下さった。ただ今の顛末はすべて、こちらの機器で録音・録画してあるゆえな。お父上にはそれもついでに、証拠として差し出されればよかろうよ》
「玻璃どの……」
ああ。
いまここに、彼の大きな胸があればいいのに。
まだ震えているこの体を、あの素敵な太い腕でしっかりと抱きしめてもらえたらよかったのに。
そうしたらどんなにか、自分は安堵できたか知れないのに──。
(いや。いやいやいや!)
つい甘い気持ちに傾きそうになる自分を、ユーリは必死で𠮟咤した。
「あ、ありがとうございます。でも、本当に何もできなくて、お恥ずかしいことばかりです。何もかも、玻璃殿のご協力のお陰にございます」
そう言ったら、玻璃は「なんの」と軽やかに笑ってくれた。
《黒鳶も、よくやってくれた。他の領地でも、ことはおおむね順調に進んでいるようだ。忍びの皆のお陰だ、礼を言うぞ》
「とんでもなき事にございまする」
黒鳶がユーリの腕に向かってすっと頭を下げた。
そうして、いつになく柔らかな声で言った。
「さ。ユーリ殿下はさぞやお疲れにございましょう。飛行艇に戻りましょう。ロマン殿、どうか殿下に、あなたのいつもの温かいお茶を差し上げてくださいませ」
「はい! もちろん!」
ロマンが嬉しそうに頷いた。
ぴかぴかの明るい笑顔である。そこにはもう、かつてこの男に対して疑心暗鬼になっていた少年の面影はどこにもない。
それに、なんとなくその頬がいつもよりも赤い……ような。
(……いやいやいや。私の見間違いだろう)
しかし、どうしてこう羨ましい気持ちになっているのかがよく分からない。
自分は玻璃に会ってから、どうも心のどこかが変になりっぱなしなのだ。
ユーリはゆっくりと腕輪をさすりながら言った。
「ありがとうございました、玻璃殿。……それでは、また」
《ああ。次にそなたに会える日を楽しみにしているぞ。それでは》
「はい。私も……玻璃どの」
ユーリはほんわかと自分の胸がぬくもるのを覚えながら、ロマンや黒鳶には見えないように、そっと腕輪に口づけた。
(……会いたいな)
そう思ったら、急に想いが胸から溢れてしまいそうになった。唇を噛んでぐっと堪え、腕輪を見つめて苦笑する。
まだだ。
まだ、正式に玻璃殿に会うわけにはいかない。こちらの国で十分に成果をあげ、父にも、またあの兄たちにも、彼の本当の価値をわかってもらう必要がある。海底皇国と友好関係を結ぶことの大きな意味を知ってもらう必要があるのだ。つまり、ユーリと玻璃との婚姻を心から認めてもらう必要が。
そのためにこそ、自分は玻璃の勧めに応じ、こうして各領地を回る計画を実行することにしたのだから。
もちろん今では、あまりにひどい各地の状況を知り、理由はそんな単純なことだけではなくなっているけれども。
(待っていてくださいね……玻璃殿)
心の中で、あのおおらかな笑顔を思い描いてふっと微笑む。
自分はきっと、この計画を成し遂げる。
そうして必ず、胸を張ってあなたに会おう。
その時こそ。
自分は誰に後ろ指をさされることもなく、あなたの伴侶になれるだろうから。
0
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる