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第七章 変わりゆく帝国
12 ひとり寝 ※
しおりを挟むひとり寝の夜は、ひどく寂しい。
もうすぐあの方に逢えるのだとわかっていても、だから今夜の心と身体が寂しくならない、というものでもないからだ。
「んっ、……あ」
王宮内の自分の寝室。深夜である。
ユーリはこのところ、ひとり自分の体を慰める夜が増えていた。
もちろん、先に黒鳶にだけは「しばらく私の寝室には入らないでくれないか」と断っておく必要はあるけれど。そうでなければ、あの男は姿を隠して、いつでもどこにでも忍び込むことができるのだから。
もちろん、それが彼の仕事である。ユーリや隣の小部屋で休むロマンを守るためだ、仕方がない。わかっているが、いちいちこんなことまで申告しなくてはならないこちらの身にもなって欲しいものだと思う。
……いや、最初にしれっと「別段、自分は構いませぬが」と言われてしまって「そんなわけにはいかぬッ!」と真っ赤になって叫んだのは自分だけれど。あのときの黒鳶は、ほとんど「それがどうした」と言わんばかりで、いささかも動じた様子がなかった。まったく、要人警護に慣れた男には敵わない。
ともかくも。
毎回ロマンには聞こえぬように気を遣いながらユーリがこっそりと耳打ちするのを、あの男は眉ひとつ動かさずに「了解いたしました」と答えるのみだ。なにやら、どうにも理不尽だった。どうしてこちらばかりが一方的に、燃え上がりそうな羞恥に耐えなくてはならないのだろう。
それにしてもあの男、いったいいつ寝ているものやら。
(……いや。他のことは考えるな)
黒鳶のことがあるので、とにかくあまり時間はない。
あの男、せいぜい一刻ぐらいの間しか席を外してくれないのだから。
そっと寝間着のあわいから手を差し入れてみる。あの人に触れられた場所を思い出しながら、肌の上をそうっとなぞる。
脇腹からそろそろとなぞり上げて、胸の先にあるものをこりこりと押しつぶす。
「んん……ん」
ぞくぞくと覚えのある快感が腰の奥に集まり始め、もぞりと両足をこすり合わせる。そこにできた谷間に、するりと右手を忍びこませる。
「は……はり、どの……」
掠れた声で呼んでみるが、もちろん返事をする人はいない。
あれから。
ユーリは次々とほかの地方にも飛んで、この地に蔓延る不正の数々を少しずつ明らかにしていった。それには、思った以上に時間がかかった。
もちろん、父から任命されたこの計画の担当官たちにも同様に働いてもらっている。彼らには、やはり玻璃から借り受けた高性能の飛行艇と「シノビ」たちがついていた。
情報はすぐに父エラストに届けられ、問題のある貴族には即座に監査の命が下る。不届きな官吏は解任され、新たに皇帝の息のかかった者が任命される。と同時に、腐敗しきった地主連中の首もどんどんすげかえられていった。
このあたり、相当あの玻璃が協力してくれている。
滄海の忍びたち、つまりあの黒鳶の手下にあたる者らの活動の成果が、十分に生かされているというわけだ。彼らは長年、このアルネリオの状況を具に観察し情報を得てきた。いわば諜報の手練れたちである。
黒鳶自身はなにひとつそれを誇るような様子はなかったが、ユーリは心底から感謝していた。彼らの情報があってこそ、今回の活動が円滑にまた迅速に行えているからである。
正確な情報と、それに基づいた決断・行動の素早さ。これに勝るものはない。
ユーリは自然に、玻璃からそんなことを学んでいる気がしている。
「あ……ふっ」
玻璃の厚い舌の感触を思い出しながら、指を口の中に差し入れ、舌と顎の裏をなでる。くちくちと、淫猥な水音が寝台の天蓋の中で渦を巻く。
正直いって、自分の指などでは物足りない。本当はあの人の、本物が欲しい。
あの人の本物の……指と、舌が。
内腿を撫でていた右手を、そろりと足の間のものに触れさせる。そこはとっくに力を持って、寝間着の下穿きを押し上げていた。
そのままゆるゆると布地の上から扱く。快感がぞわぞわと、滲みるように増していく。
「んう……んっ」
びくん、と尻をはねさせる。
が、まだ達してはいない。
──と。
《ユーリ殿。……起きておられるか》
いきなり、思い描いていた人の声がした。
「え!? わっ……!」
ぎょっとして飛び上がったら、股間に差し入れていた手が変な風にねじられたまま体重が乗ってしまった。思わず悲鳴を上げる。
腕輪の向こうで、玻璃がちょっと沈黙した。
《……なにか、取り込み中だっただろうか。すまぬ》
「いっ……いえ。いえいえいえ!」
見えているわけはないのに、必死で首を横に振る。
そんなに素直に謝られるにしては、恥ずかしすぎる状況だった。
「た……大したことでは、ありません。お気になさらず」
こんなこと、口が裂けても言えるものではない。まさかたった今、あなたを想って自分の体を慰めていたんだなんて。
「な、なにか大切なお話でも……?」
声に不自然な響きを混ぜ込まないよう細心の注意を払いつつ訊いたら、玻璃はほんの少し笑ったようだった。
《いや。今夜はただ、そなたの声が聴きたくなっただけなのだが》
「そ、そうですか……」
《用がなくては、いけなかったか?》
「い、いえ! とんでもない──」
首と耳が、かあっと熱を持つ。
むしろその逆。用などなくても、声を聞きたいと思ってもらえているだけで嬉しい。
いや本当は、あなたにここにいて欲しいのだけれど。
と、玻璃の声が急に、ぐっと色気の度合いを増やした。
《なにをなさっていたか、と訊くのは野暮だな。……なんなら、お手伝い申し上げようか》
「え、ええっ!?」
つい大きな声を出してしまって、慌ててシーツで自分の口を塞ぐ。黒鳶はともかく、ロマンに聞こえては一大事だ。そのまま腕輪を口元に寄せ、ぼしょぼしょと囁いた。
「て、手伝うって……あの、玻璃どの」
《まあ、良いではないか。こういう触れ合いもまた一興。俺もいい加減、そなたに触れたくて堪らぬし》
ちゅ、と軽い音が聞こえたのは、恐らく腕輪に口づけをした音に違いなかった。二度、三度とそれが聞こえて、どんどん体温が上がってくる。
《……で? どこまでおやりになったところかな。良ければこのままお相手いたそう》
(う、うわああああ!)
あっさりすべてを見抜かれて、ユーリはもう全身、真っ赤に茹で上がるほかはなかった。
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