ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
96 / 195
第十章 予兆

1 遺伝情報管理局

しおりを挟む
 帝都青碧せいへきから数十キロ離れた浅瀬の海底。海底皇国滄海わだつみの《天体観測局》は、そこにある。
 地球外の天体の動きなどを観測し、今後の気象の予測を立てたり、隕石をはじめとする外界からの飛来物を除去することなどを目的とする施設である。
 基本的には局内のほぼすべてがAI(人工知能)による制御で稼働しており、生身の人員は多くない。
 日々観測され、集積されてゆくデータを解析、分類して整理するところまではAIの仕事である。担当の局員は、そうやってまとめられた資料に目を通し、気象予報局や海底開発局、宇宙開発局をはじめとする各局へ必要事項を伝達するのが主な仕事だ。

「……あれ」

 閑散としたその部局の一角で、局員である中年男はとあるデータを前に片眉をあげた。
 なんとなく、いつも見ているのとは違う部分に目が留まったのだ。
 AIは人間のようには物事の「意味」を理解しない。あらゆる事象は数値化された物事の集合体としての認識しかしないのがAIだ。情報につながりを持たせ、意味を読み取るのはどこまでいっても人間の目と脳の仕事である。

「これは……なんだ?」

 明らかに、地球上の気象とは無関係。だがこのデータは、この惑星系から遠く離れたとある宙域に今までとは異なる小さな動きがあることを示している。
 男はしばらくそのデータを前に、はて、と首をかしげて考え込んだ。が、やがてぽりぽりと後頭部を掻くと、おもむろに画面上の通信開始マークに手を滑らせた。
 当然、この不思議な現象について上層部うえのご意見をうかがうために。

 だが、男はもちろん知らなかった。
 自分が行った最初のこの報告が、これから起こるあの一連の事態の、ごくわずかな先鞭に過ぎなかったのだということを。





 《七日七夜の儀》が明けた翌日。
 玻璃は先日の約束どおり、ユーリとロマンを伴ってとある場所へ出かけた。お忍びということで、ほかには例によって黒鳶のみである。《エア・カー》は外から中が見えないように窓に特殊な加工がしてあるものだった。あの御簾と同じことで、内側から外は見えても、外からだと窓が真っ黒に見えるだけらしい。
 今日の玻璃は、先日の婚儀の時よりは少し格式をさげた「直衣のうし」と呼ばれる出で立ちである。対するユーリはアルネリオ式の軍装に似た装束にマント姿だ。

 細い管状の「道」を抜けて飛んで行った先は、帝都のあるセクションから二つほど離れたセクションの中央部だった。セクションとは、滄海わだつみを外から見たときの、巨大な珊瑚の皿ひとつひとつのことを指す。
 帝都である青碧せいへきは、全体のほぼ中央に位置するセクションに存在するが、今回の訪問先はやや郊外にあたるセクション内にあった。
 と、《エア・カー》に搭載されている《えーあい》による女性の声が、相変わらずの落ち着いたトーンでアナウンスをした。

《ほどなく『遺伝情報管理局』に到着いたします。車が停止するまで、どうぞそのままお待ちください》

 そうなのだった。玻璃はあの日、ユーリの願った言語学習機関への訪問の前に、まずこちらに来ることを提案したのである。
 「遺伝情報管理局」は、周囲を広々とした芝生に囲まれた閑静な研究所だった。建物そのものは、以前ユーリたちが親善使節として宿泊した施設とよく似た雰囲気だ。
 ただし、都市部にある建物ほど背は高くない。穏やかな銀色の壁と曲線を多用したデザインで、全体に落ち着いた佇まいだ。そう言われなければ、ここが最先端の科学技術をになう施設だとは思えないほどである。
 一同がエア・カーを降りた場所には、すでに迎えの者たちが待ち構えていた。
 みな首元のつまった揃いの白い衣服である。形は以前、あの幼い兄妹たちを迎えにきた者らとよく似ていた。
 中でもひときわ背の高い痩せた初老の男が、玻璃の前へ進み出てくる。すっかり白くなった短い癖毛は、どうにかなでつけられたようにあちこちが飛び出して見えた。表情はごく温厚なものである。
 彼が深々と頭を垂れると、周囲の者もそれに倣った。

「皇太子殿下。この度のご成婚、まことにおめでとう存じます」
「うむ。苦しゅうないぞ、柏木かしわぎ。これがそのくだんの俺の配殿下、ユーリだ」

 カシワギ、というのが男の名前であるらしい。紹介されて、男は改めてこちらを向くと胸に手をあて、うやうやしく頭を下げて来た。周囲の一同も同じである。ユーリも慌てて頭を下げた。

「皇太子配殿下。遺伝情報管理局、局長の柏木と申します。こちらにいる局員ともども、以降はしばらく殿下のお世話をさせて頂くことになろうかと思います。どうぞお見知りおきくださいませ」
「あ、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「すまぬがこのあとも色々と予定が詰まっている。なるべく急いで頼むぞ、柏木」
「は。では皆さま、どうぞ中へ」

 玻璃に促され、柏木はすぐに他の者に目配せをして建物のほうへと一同をいざなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...